Extra 3rd 鳴子 本当は、「風邪」が「なにを(キー)」だったんです。ごめんなさいUPその3 好きという言葉は、鳴子君からだった。 「わい、久瀬さんのこと好きや」 鳴子君が、私の大好きな全開の笑顔でそう言った。 「わ、私も好き」 「ホンマか! せやったら、わいの彼女になって」 そんな感じで、私と鳴子君のお付き合いは始まった。 鳴子君は、正義の味方みたいな人だ。弱いものいじめなんてしょうもな、強い奴に噛みついてなんぼといった感じ。同じ部の今泉君とはよく衝突しているけれど、クラスで嫌なことを押しつけようとしている人間とかには、空気を悪くすることなく「みんなでやろうや」とあの笑顔で言うので、鳴子が言うなら仕方ないという雰囲気になる。きっと私が言ったところで押しつける相手が私になるだけなのだろうから、鳴子君の人徳なのだと思う。 鳴子君は、根性と優しさにあふれた、大きな器の正義の味方なのだ。 そんな正義の味方は、純情な人だった。最初は交換日記ならぬ交換メールから、という感じで一日交代でお互いの話とか前の日の返事をメールでした。部活や家族の話題では長くなって、勉強とかの話だと短くなる鳴子君の手紙は、私を楽しませてやろうという空気が詰まっている。一方の私は面白いことも言えないので、交換日記なのに毎回二日間悩みに悩んでメールを作成していた。再度確認のために言うならば、私たちはクラスメートだったので、部活とか家のこと以外はお互い承知していたりすでに会話していたりするのだけれど、文章として受け取ることが重要だったのかもしれない。 委員会や用事があって遅くなるときは、鳴子君が帰りに送ってくれることになっていた。それ以外の日は部活が終わるのを待っていると遅くなるから、応援にくるのは良いけど、待ってないで暗くなる前に帰れ、というのが鳴子君から何度も念押しされた約束ごとだった。一度鳴子君を待っていたら、すごく怒られて、久瀬さんが危ない目に遭ってないかなんてこと考えたくないし落ち着かないから頼むから明るいうちに帰ってくれという内容のことを暗い帰り道で言われたので、それ以降は明るいうちに帰るようにしている。鳴子君が自転車に乗っている姿は男らしくて素敵だったので、以前からよく部活の見学には行っていた。鳴子君は応援への感謝の言葉を必ず返してくれるので、律儀な人だなと思った。 二人で帰るのにも慣れた頃、時々手を繋ぐようになった。お互い緊張してしまうのか、すぐじわりと湿る手のひらに、顔を見合わせて毎回笑う。 体育祭の打ち上げの帰り道に寄った公園で、ぎゅうっと抱きしめられたとき、幸せすぎてこれは壮大な夢かもしれないと思った。鳴子君の腕が弛んで、向かい合わせに目があったので、心臓が破裂するかと思ったと伝えたら、ぶつかるような勢いの触れるだけの口付けの後、またぎゅっとされた。唇がジンジン痛かったので、夢じゃないんだと思いながら、鳴子君の背中に腕を回したら、鳴子君がビクッとしたのが伝わってきて、なんだか幸せだなと思った。 帰り道には手を繋いで、時々ぎゅっとされて、たまーに二人きりのときにキスをしながら、お付き合いを続けていた最初の冬のことだった。 「鳴子君大丈夫?」 「久瀬さんそんな顔すんなや! ちょお熱あるだけなんやから」 そう言う鳴子君の声はガラガラとかれていて、時折咳をする様子は、辛そうだ。 ここ数日、鳴子君は調子が悪そうだった。最初は鼻が詰まるところから、次に喉がかれはじめて、咳がでて、そして今日のお昼に真っ赤な顔をした鳴子君は、担任に自宅へ強制送還された。「レースなんや!わいが出場せぇへんかったら負けてまう!」とがらがら声で叫ぶ鳴子君だったけれど、熱のせいで力が入らないのか暴れていてもあっさりと担任と副担に抱えられてしまった。 放課後鳴子君の家に直行すると、弟君たちがわらわらと彼女や彼女やと言いながら、鳴子君の部屋に案内してくれた。部屋の真ん中に、布団、その中で鳴子君は横になっていた。弟君たちが用意したのだろうか、みかんとスポーツドリンクと、駄菓子の酢イカと水色の棒ゼリーが置いてあった。どうやら、弟君たちが自分のおやつを兄ちゃんにと置いていったらしい。微笑ましい。 「今頃レースやろなー、クソ、杉元負けたらど突き倒す」 「そんな、理不尽な」 今日三対三で行われる部内レースに鳴子君は出る予定だったのだけれど、この風邪のせいで強制送還されてしまったため、代打で杉元君が出ているらしい。 「わかっとる、今度会うたら礼言うわ」 早くなおさんとあかんな、と笑う鳴子君はまだ熱が高いようで赤い。顔も、髪も真っ赤で、燃えているみたいだ。多少調子が悪くても、明日学校来るんだろうなぁ。自転車乗るんだろうなぁ。 「鳴子君、ちゃんと風邪治してから、自転車乗ってね」 「わかっとる」 ニコ、と私の大好きな笑顔で笑う。きっと、私がいる限り、鳴子君は眠れないだろう。 「今日授業とSHRで配られたプリント。鳴子君は来週までに提出すればいいから、慌てなくていいって」 透明のファイルに挟んだプリントを、鳴子君の寝る布団の横に置く。もう少し、一緒にいたいけれど、風邪は休息が一番の薬だ。 「おおきに。あ、久瀬さんもう帰ってまうんか」 鞄を閉じて立ち上がろうとする私を見て、鳴子君がちょっと寂しそうな顔をした気がした。そんな顔をするのは狡い。反則だ。もう一度、正座に座り直して鳴子君をのぞき込む。 「眠るのが一番の薬だよ」 「せっかく彼女が来てくれてるんやし、ゆっくり二人でしゃべれるなんて滅多にないやろ。もう少しここにおってや」 口を尖らせながら、畳の上のスカートの端っこを、鳴子君の指が掴んだ。なんなの、この人は私を殺す気なのかもしれない。多分、熱があるせいなのだと分かっていても、胸がキュンキュンしてしまった。 「側にいたいけど、鳴子君が眠れないじゃない」 「せっかく久瀬さんが側におるのに眠ったらもったいないやろ」 ストレートな表現が、うれしくて、でも恥ずかしい。 もう、眠って体を休めて欲しいのに、鳴子君にここにいてなんて言われたら、どうしていいか分からなくなる。でも、こんなに辛そうな鳴子君に、私が側にいることで無理をさせたくない。 ありったけの勇気を総動員して、私は鳴子君に言った。 「駄目、寝ないと駄目!」 「久瀬さん厳しいわ」 しゅんとしながらも、鳴子君はスカートの端から手を離さない。困ったよりうれしいが勝ってしまいそうで、困る。意を決してスカートを握る鳴子君の左手を握ると、その手は熱くって、驚くくらいだった。私が手を握ったことで、鳴子君はスカートの端を離してくれた。握った私の手を、熱い手のひらがぎゅうっと握り返してくる。 「やっぱ側にいてくれるんか」 熱で潤んだ鳴子君の瞳がキラキラ輝いたように見えた。負けそうだ、でも、勝つ!自分に! 手を握ったまま鳴子君に顔を近づけると、鳴子君がニコリ、と笑った。 「私、帰る」 途端に曇る顔を、目を閉じて見ないようにして、鳴子君にキスをした。ふにゃりと触れる唇は、やっぱり私よりも熱い。一秒にも満たない時間が長く感じた。 顔が熱くなるのを自覚しながら鳴子君を見ると、鳴子君は、目をまん丸にしながら私を見ていた。 「う、うつすと早く治るっていうから、もらってくね!」 恥ずかしくて、自分馬鹿かもと思って、急いで立とうとした私を引き留めたのは、鳴子君の左手だった。握った私の手を、強く握りしめていた。離してもらおうと手を上下に振っても、離してくれない。 「いやや、そんなん。久瀬さんが風邪ひいてまうくらいなら、わいがひいてる方が万倍ましや」 ぐいっと手を引かれたと思ったら、気づけば私は熱いくらいの布団の上に仰向けになっていて、鳴子君に見下ろされていた。 「返してや」 鳴子君の顔が近づいてきて、今度は鳴子君からキスされた。やっぱり、熱い。いつの間にか閉じていた瞳を開けると、すぐ目の前に微笑む鳴子君。 「もうちょいだけ、一緒にいて?」 そこまでが体力の限界だったのか、鳴子君の熱い体が私に覆い被さってくる。首筋に、鳴子君の熱い息がかかって、こそばゆい。のしかかってくる体は重いし、思ったより硬かったけれど、それが心地よいと思ってしまうのは、のろけなのだろうか。 「ちゃんと、眠るさかい、眠るまで側におって」 ぎゅう、と背中に腕が回ってきて、抱きしめられた。 「ふ、布団かけないと、体冷えるよ」 「おう」 半端にかかっている布団を、鳴子君は手足を使って器用に引き寄せて、のそのそと体にかけた。再び、ぎゅうと抱きしめられる。 「寝たら、帰るよ?」 「それまでは、ここにおってや?」 鳴子君の熱い頬が、私の首筋に擦り寄せられる。あ、またキュンとしてしまった。 いるよ。ここにいるから。 早く治ってね。 数分後、穏やかな寝息をたてはじめた鳴子君の赤い髪を視界の端に入れながら、うつせば風邪が早く治るなんて話は、きっとイチャイチャしたい恋人たちが考えたに違いないと思った。 エクストラの経緯にていては、詳しくはmemo2013/01/22やらかした!!の記事を参照してください。 鳴子君でした。 私の欲望丸見えな話ですみません。鳴子君が大好きすぎてすみません。 鳴子君にだったら、だまされてもいい。だって、鳴子君はよっぽどじゃなきゃ人をだまさないと思うのです。 23巻では私鼻から血を噴くかと思いました。変態でごめんなさい。 これで、今度こそ企画終了です。 ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました。 |