夢  | ナノ


Extra 1st 今泉


 本当は、風邪がなにを(キー)だったんです。ごめんなさいUP。


 珍しく、隣の席の今泉が風邪をひいた。隣の席になって一週間強、今泉は外見がクールっぽいから頭良くみえるけど、実はお馬鹿だと思う。時々来る、赤髪の男子との会話は、毎回進歩なく不毛だ。ちょっとは大人になれよ今泉。
 でも馬鹿は風邪ひかないはずなのに、なんで風邪ひいてるんだろう。ああ、馬鹿をこじらせて風邪ひいたのか。
 今泉に対して当たりがきついのは、許して欲しい、だってこの席は、私に対する女子の当たりがきついのだ。なりたくてなったわけじゃない。前の方の席の子と交換しようとしたのに、座高が高いから前はやめろと言ったのは担任である。一応言っておくなら、私は別に背が特別高いわけじゃない。163、ぼちぼちのはずだ。それをクラスメートの面前で気にしているのに担任の野郎言いやがって!あの時、私は今泉が鼻で笑ったのをしっかり聞いた。この耳で聞いた!
 あー、ムカムカする。
 隣からは、今泉の鼻をすする音と、咳が聞こえてくる。チラリと見てみれば、鼻はズルズル、喉はガラガラ、おまけにほっぺたが赤い。熱も出ているんだろう。
 心配した今泉ファンの女子が早退したらと奨めても、なんでだか頷かない。
 なんでも、今日は部活で3対3で対抗レースをするらしい。自分が休むと同じチームの奴が負ける、とかなんとかブツブツ言っている。どっから出てくるんだ、その自信。
 予鈴が鳴って、ファンの女子たちが自分のクラスへ戻っていく。スカート短っ!
「周りにうつすから帰ったらいいのに」
 小さくぼやいた私の声を、地獄耳の今泉は聞きつけたらしい。あの目つきの悪い視線が私の横顔に刺さる。知るか。
「病人の時くらい気遣えねぇのかよ」
 ガラガラ声で私に今泉は言った。さっきの女子にもらったらしいのど飴の袋を開けようとして、うまく開けられないらしく、舌打ちしている。
「病人なら病人らしく保健室でも行って寝てたら」
「寝たら起きられる気がしねぇ」
「そんな状態で、よくオレが出ないとチームがって言えるね。逆に考えられないの、こんな体調の自分が走ってもチームの足引っ張るだけだってさ」
 熱で指先もうまく動かせないくせに。馬鹿じゃないのか。
「思わねぇ」
 言い切って、今泉はプルプル指を震わせながらのど飴の袋を開けようとした。結局うまく開けられないままのど飴は今泉の指から脱走して、なぜか隣の私の机の上に飛んできた。レモン200個分のビタミンC入りの、イチゴのど飴…どっちだよ。
 返せ、という気力もないのか、今泉はため息をついて他ののど飴を開けようとした。
「前から思ってたんだけど、今泉って馬鹿だよね」
 私がのど飴の包装の切れ目に力を入れれば、あっさりとピンク色ののど飴がこんにちわ、と顔を見せてくれる。右隣の今泉に、包装ごと突き出す。
「いらないの?」
 今泉は、きょとんとした顔をしながら、イチゴののど飴を受け取った。のど飴も沁みるのか、すこし顔をしかめたけれど、少しして落ち着いたようだった。
「さ、さんきゅ」
 小さなかすれた声が届く。のど飴なんて、焼け石に水だ。
 だって、私はその風邪を知っている。先週の私がまさに今の今泉だったからだ。
 私は喉の痛みはあっても咳は出なかったし、鼻水だってだいぶマシだった。でも、熱があがるときのあの不快感は言い表せるものじゃない。
 今泉と私はあまり喋らない。席替えで隣になった初日に、どんな会話をした結果そうなったのかは忘れたけど、お互いいけ好かない奴、となったからだ。
 それでも、先週私が風邪をひいていたこと自体は知っているだろう。私が辛辣な言葉を投げつけても、それこそ先週の自分に言うべきうつす前に帰れという言葉を使っても、オレが風邪をひいてるのはお前のせいだとは決して言わない今泉が、悪い奴なんかじゃないってことくらい分かっている。
 でも、今更素直に今泉と接することができるほど、私はかわいく出来ていない。
 カバンからウサギ柄のひざ掛けと、使い捨ての貼るカイロとマスクを取り出す。ひざ掛けを今泉の頭にかぶせて、それに驚いている今泉に何か言われる前にカイロとマスクを机の上に放り投げた。
「あにすんだ」
 頭に掛かったひざ掛けをのろのろと除けながら、今泉がジトリと私を見る。
「もう使わないし、邪魔だから、それあげる」
 しばらく、机の上と手に持ったひざ掛けを見比べて、今泉はのそのそとひざ掛けを肩に掛けた。マスクをつけて、カイロを背中に貼っている。
「次の授業、先生に当てられそうになったら教えてあげてもいい」
「どうした、気持ち悪ぃ」
 嫌そうな顔をする今泉が、心底むかつく。やっぱり悪い奴ではなくても嫌な奴だ。
「今日のそのレースで勝ったら、明日久瀬さまのおかげでございますって言いなさいよ」
「はぁ?なんで久瀬のお陰なん、ゲホ、勝つのはオレの力、ゲホ」
 あーあー、もう、私も大人になれよ。
「冗談通じないの?面白くない奴」
「さっきの久瀬の目は本気だった」
 ばれてら。
 仕方ない。龍角散のタブレットを蓋を開けて、今泉の机の上に置いてやる。
「もう開いてるやつで悪いけど、咳き込ませたお詫びにあげる」
 今泉は、ぼんやりとタブレットの容器を見つめながら、口をもごもごさせて、そしてぼそりと。
「久瀬には嫌われてると思ってた」
「嫌いじゃないよ、あんたがモテる男なのが悪い」
「そんなのオレのせいじゃねぇ」
 知ってるし。そんなの知ってるけど、それで済むほど女子の世界は甘くないのよ。
「久瀬って、オレのこと好きなんじゃねぇの」
「はあ〜?! なに言ってんだこのスカシ野郎! 一回ぶっ倒れて頭打ったらその勘違い思考回路治るかもよ。今そこで立ち上がって後ろに倒れてみたらいいんじゃない?」
 ちょっと甘い顔したらすぐこれだ。私のタイプはどちらかというと穏やかな優しい人である。
「あー、むかつくし腹立つ。でも言い返す気力がねぇ」
 ゲホゲホと咳き込みながら、今泉は机に突っ伏した。
「まあ、言ったことは守るわよ」
 次の授業の教師は、おしゃべりには煩いが、授業の邪魔さえしなければ寝ている生徒にはあまり頓着しない。
「頼む」
 ガラガラ声で言う今泉は弱弱しい。
 少しだけ、ほんの少しだけ、多分無理だろうけど、今泉が放課後のレースで勝てたらいいのにと思った。

『昨日レースで勝ったのはオレの実力だ』
 次の日、今泉は席に着いた私に朝一でそう書いてあるメモ帳を突きつけてきた。
「ああ、昨日レース出たの?」
 コクリ、と頷く今泉は昨日に比べてだいぶ調子がよさそうだ。筆記で伝えてくるあたり、声の調子は悪いらしい。
 うつらうつらしながら午後まで教室で授業をやり過ごした今泉は、どうやらあの体調でレースに出て、しかも勝ったらしい。どうなってんだ。
『相手チームのスプリンターが先週から風邪ひいてて、結局杉元が出た』
 …風邪?
「そ、そう。今泉ってやっぱり頑丈にできてんだね、よかったね」
 まさか、今泉の風邪ってその部員から…いやいや、分からないじゃないか。隣の席の方が、うつす確率としてはやっぱり高いだろう。私が先週常時マスクをしてたとしても、どれだけ手洗いに気をつけていたとしても、咳はほぼしていなかったとしても。
 マスクの下で、満足そうに今泉が笑ったのが分かった。なに勝った、みたいな顔してんのよ。なんか良くわかんないけど腹立つわ。
 一時間目の授業の準備を始めた私の横で、今泉はウサギ柄のひざ掛けを当たり前のように自分の膝にかけていた。
「あ、調子良くなったならそれ返して」
『邪魔だからあげるって言っただろ』
 今泉がフン、と鼻で笑う。
「なに言っちゃってんのよ、あげるって言ったのはマスクとカイロと龍角散で、普通に考えてひざ掛けは貸してるだけに決まってんでしょ?」
 今泉は、私の言葉を無視して一時間目の授業の準備を始めている。
「ちょっと、なに聞こえないフリしてんの?ウサギ柄とか今泉のイメージじゃないでしょうが。ファンの子にちょっと頼めばもっとカッコイイやつプレゼントしてもらえるわよ」
 だから返せと言外に告げても、今泉はしばらく私をじぃっと見つめるだけだった。うう、見てくれだけは良いのだ、この男。十秒ちょっとで、私がたじろぐと、今泉がふっと笑った。
『オレはこれがいい』
 なんだ、この男。ちょっと毛玉ついてるこのひざ掛けが欲しいとは。
「今泉、実はウサギ好きなんだね。キャラが違いすぎて買えないんだ」
『お前って馬鹿だよな』
 ハッ、と馬鹿にしたように私を見て、今泉は教科書とノートの準備に戻った。
「お、お前に言われたくないわバカ泉!」

 翌日、驚くほど上等な海外製のひざ掛けを今泉から渡されて、後でネットで値段を確認して、今泉の金銭感覚にちょっと引いた。







 詳しくは、memoの2013/01/22のやらかした!!の記事を参照してください。
 今泉はモテ野郎なので、報われないくらいが丁度良いとおもいます。
 この話では、ヒロインも今泉もどっちも馬鹿だと思います。








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