夢  | ナノ


純太ちゃん


 母親同士が仲がよくて、小さな頃からよく遊んでいた純太ちゃんとは、お互いの家まで徒歩3分の距離ながらも学区の境で小中と別々の学校へ通っていた。
 幼稚園、小学校ではお互いの家を行き来して仲良く遊んでいたけれど、純太ちゃんが自転車に目覚めてからはさっぱり相手してもらえなくなった。たまに声をかけてきたかと思えば、タイムを計ってくれとか、トレーニングの周回のカウントだとか、筋トレの脚押さえとかそんなのばっかり。
 一番酷かったのは、どうしても今日行きたい大会があるから付き合ってくれと給水係をさせられて、ゴール後そのまま置いていかれたことだろうか。純太ちゃん曰く、コースの途中で回してみたい場所を見つけたとのことで、私のことはすっかり忘れてゴール後そっちへ直行したのだという。一時間経っても、夕方になっても現われない純太ちゃんに怒りの電話をかけ続けること5回目、やっと通話の反応があったときには、思わず泣きそうになった。
 小さいころから、そうだった。純太ちゃんが面白そうと何かをみつけて、私は手をひかれて付いていく。そのうち純太ちゃんはその何かに夢中になって私の手を離して、そして私ごと忘れてしまうのだ。その度に泣いたり怒ったりする私の声でやっと存在を思い出し、困ったように笑いながら手を握り返してくれたけど、今はそれもない。自転車に夢中になったまま、私のことはずっと忘れっぱなしだ。

「あーあ、もう卒業しなきゃいけないんだよね」
「卒業って、なにが」
 ガレージで自転車の整備をする純太ちゃんの後ろで、体育座りをしながら呟いた私の言葉に反応があった。お互い中学三年生、もう1月だ。幼馴染と言ってもいつまでも純太ちゃんの後ろを追いかけてばかりはいられない。
 純太ちゃんが小学校も中学校も、同じだったらよかったのに。そしたら、きっと、一緒に学校行ったり、宿題やったり、委員会やったりできた。自転車に夢中だって寂しくない。
 純太ちゃんは、自転車競技部のある総北高校を受験するらしい。らしいというのは、本人には聞いていないからだ。純太ちゃんのおばさんから聞いた。
「いつまでも、純太ちゃ…手嶋君の後ろを追いかけてちゃいけないってこと」
 中学に入ってから、純太ちゃんと呼ぶと純太ちゃんて呼ぶなよと不機嫌になるので、手嶋君と呼ぶことにしている。心の中ではずっと純太ちゃんのままなので、油断するとすぐ外に出てきてしまうけど。
「まあ、総北行ったら自転車であんまり相手できないだろうけど、でも登校とかなら一緒だろ。急に卒業とか大げさなこと言うなよ」
 純太ちゃんは背中を向けて整備しながら、さみしかったら自転車競技部のマネージャーやればいいさなんて笑ってる。やっぱり、知らないんだ。やっぱり私のことなんて置き去りの忘れっぱなしだ。
「私総北行かないけど」
「はぁ?」
 ジャージ姿の純太ちゃんが、やっと、振り向いた。今日はじめて仏頂面の私と純太ちゃんの目が合う。私が純太ちゃんの後ろに座ってもう三十分は経つのに。
「私、東京の高校に行く」
「東京!?」
「ちなみに12月に推薦で合格してる。四月から東京の女子高生って決定済み」
「合格してんの?」
「ちなみにセーラー」
「そんなのどうでもいい」
 セーラー服の女子高生ってポイント高いと思うんだけど。
「なんで総北じゃないんだよ」
 無表情で私に詰め寄る純太ちゃんが、結構怒っていることが、付き合いの長い私には分かる。忘れっぱなしなのに、なんで怒るのよ。
「私には、総北じゃなきゃいけない理由なんてなかったんだもん」
 同じ高校に入ったって、登校が一緒なのはきっと最初だけ。すぐあの自転車に乗って朝から晩まで私を置いて走るようになっちゃうんだ。同じ学校にいて寂しいくらいなら、遠くの学校に行って純太ちゃんなんて忘れちゃうくらい忙しい学生生活を送ってやる。
「何で言わないんだよ」
「聞かれなかったし」
「聞かれなかったら言わないのかよ」
「純太ちゃんだって総北行くって私に言ってない」
「この辺じゃあそこしか自転車競技部ないんだから言わなくたって分かるだろ」
「分かってたけどだったらなんなの」
「お前、俺と一緒の学校行きたいって言ってただろ」
「もう純太ちゃんと同じ学校行きたいって思わなくなった!」
 純太ちゃんから目をそらして、膝に顔を埋めた。
「一緒にいても忘れられちゃうなら、もういい」
 カチャカチャとおそらく整備の道具を箱に戻している音がする。
 布の擦れる音がして、私のすぐ右隣に私と同じように純太ちゃんが座った。
「マジで総北受けないの」
「もう制服採寸しちゃったし」
「受験してみて、合格したら家族に相談して検討するとかさ」
「お母さん昨日入学費入金したって言ってた」
 私の言葉を最後に、一分以上は二人の間を沈黙が支配していたけど、それを破ったのは純太ちゃんだった。
「…忘れられちゃうってなんだよ。忘れてんじゃなくて居心地いいから喋んないんだろ」
「大会会場に私のこと忘れてった」
「あれは本当に悪かったって。ちゃんと迎えに行っただろ」
「二時間後にこの自転車でね!!」
 顔を膝に埋めたままで、まっすぐ前を指差す。さっきまでせっせと純太ちゃんが整備していた自転車だ。もちろん二人乗りなんてできない自転車だったから、結局真っ暗な中を二人で駅まで歩いて帰った。
 純太ちゃんが来るまで、暗くて、寒くて、寂しくて、その時思ったんだ。
 私ばっかり追いかけて、私ばっかり待ってて、ばっかみたい! ずっとこのまんまなんて、そんなの癪だし、やってらんないって。
「帰る」
 お尻を叩きながら立ち上がると、隣に座った純太ちゃんの体温で少しだけ温まった右がまた冷えた。
「まだ、話してる途中だろ」
 純太ちゃんが、めずらしく弱い口調で私に言った。小さい喧嘩は純太ちゃん、大きい喧嘩は私。昔から、二人の喧嘩の勝ちの法則は変わらない。
「話したって、もう何も変わらないもん」
 私は東京の高校へ進学するし、純太ちゃんはきっと総北に進学する。
「登下校に時間かかるから手嶋君のとこにも来れなくなるけど、インハイ出るときには教えてね。じゃあ整備中邪魔してごめんね。がんばって」
 何か言われる前に、ガレージから出た。勝手口からおばさんにあいさつして、走った。もうすぐ夕日でオレンジに染まる路地を走って後ろを振り向いても、純太ちゃんは追いかけてこない。
 私は純太ちゃんのことなんか忘れちゃって、純太ちゃんは私のことばっかり追いかけるようになればいいのに。
 やってらんない!
 ばかみたい!
 私が、ばかみたい。
 どこかの家の夕食のにおいがする。
 犬の遠吠え、救急車の音。いつも通りの町の音。
 待てよって、追いかけて来てよ。
 純太ちゃんの声を期待するけど。
 立ち止まっても、後ろからは足音も、純太ちゃんの声もしない。
「ホントは、総北行こうかと思ってたよ」
 寂しくても、いいかって。一緒にいられたらそれでいいやって。
 でも、それでも忘れられちゃって、とっても寂しかったら。
「ばっかみたい」
 私も、純太ちゃんも、きっと馬鹿なんだ。




 あれ、なんかお礼っぽくない感じの終わりになってしまった…











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