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6位 手嶋 去年路地裏で嫉妬(テスト)


 この話の手嶋です。

 オレの幼なじみは、バカだ。
 勉強ができないとか、そういう方向でバカなのではない。勉強面ではむしろオレよりも頭が良い。
 母親同士が知り合いだったため、オレとみちるは小さい頃からよく遊んだ。頭の回転は悪くないのに迂闊な行動の多いみちるは、小さい頃からなにかやっては失敗して、純太ちゃん純太ちゃんと泣きながらオレの袖を引っ張っていた。うれしいとき、悲しいとき、辛いとき、人見知りなみちるが呼ぶのは決まってオレで、時々邪魔だなと思いながらも、純粋に向けられる好意に、オレは知らず知らずのうちに優越感を抱いていた。
 歩いて三分もかからない距離にあるみちるとオレの家は、ちょうど学区の境にあった。小学校からは別々になると知ったときのみちるの泣きっぷりといったらすさまじく、泣きわめくことはなかったが、起きている時間は朝から晩までしくしくと泣き続けたので、オレはみちるの目が溶けてなくなるんじゃないかと心配になった。毎日遊ぼう、今日はオレが来たから、明日はみちるがオレんちに来いよ、と言ったら、やっとどうにか泣きやんで、ぱんぱんに浮腫んだまぶたの下の、涙にまみれた瞳を輝かせたみちるが、不細工な顔だったのにかわいいなと思った。
 小学一年生の頃は、約束通り、毎日遊んだ。今日はうち、明日はみちるんち。ランドセルを置いたら、宿題を持ってどちらかの家に集合する。一年生の内容なんてどこも似たり寄ったりだから、宿題の内容は違っても、大して気にすることなく片づけて、その後近くの公園で遊んだ。夕方にはどちらかの家に戻って、教育テレビ。落書きをしながら見ていると、どちらかの母さんが「おじゃましてごめんねぇ」と迎えに来て、家に帰る。その繰り返し。
 でも小学校の友達が増えて、男同士の遊びが楽しくなってくると、それが二日に一度になり、三日に一度になり、結局はオレが気まぐれに遊びに行くときだけになった。みちるは、最初オレの家に来て待っていたけれど、そのうち来なくなった。それでも、遊び相手がいなくてつまらない時にみちるの家にいけば、純太ちゃんだとみちるは喜んでオレを迎えてくれたから、いい気になっていたんだ。
 ロードバイクとの出会いも、それに拍車をかけた。みちるの前で乗ってみせれば、純太ちゃんカッコイイねー!とぴょんぴょん跳ねて全身で喜んでくれた。オレは強いんだと勘違いしたのも、ある意味みちるのせいだ。その勘違いは、大会に出るようになってあっさりとなくなった。オレは、入賞すらできなかった。
 格好悪い。
 最初は、大会見に来いよとみちるを誘っていたが、そのうち来るなと遠ざけた。
 みちるにちやほやされて、いい気になっていただけで、オレは特別でもなんでもない凡人だった。凡人である自分を認識していく一方で、みちるは徐々に女の子になっていった。
 同じ目線だったみちるとは、中三になるころには俺の鼻の高さ辺りにつむじがくる身長差になった。丁度髪が側にくるからか、シャンプーかなにかの匂いがして、落ち着かない。あんまりあっさりと擦り寄ってくるので、ちょっと遠ざけるつもりでみちるの肩を軽く押したら、みちるの体は予想以上に軽くて薄くて、尻餅をつかせてしまった。純太ちゃんひどい!とプリプリ怒りながらみちるは抗議してきたけど、その時は正直それどころじゃなかった。

 オレが自転車競技部のある総北高校に進学するつもりだという事は、言うまでもない周知の事実だった。中一のころから担任に伝えていた進路だったが、そこそこ偏差値のある県立高校だったため人気が高い。苦手な教科が足を引っ張って、模試の結果はC〜Bを行ったり来たりしていた。
 みちるは勉強をすることに苦を感じないタイプらしく、これといった部活や放課後活動もしていなかったためか、成績が良かった。オレ以外の人間には緊張するため無理らしいが、オレが分からないところを聞きにいくと、明るく笑いながら一つ一つ教えてくれた。外や誰かがいるところでは、気恥ずかしくてそっけなくなってしまうみちるへの態度も、二人きりなら心地良い空間として過ごすことができるからか、以前のように接することができた。

 中三の夏休み後すぐの模試の結果が返ってきた日のことだった。
 夏休み中、みちるにつきっきりで勉強を教えてもらったお陰か、総北の判定はAになっていた。どの科目もほぼ均等に点数が取れていた。
 オレは、浮かれた気分でみちるの家へ向かっていた。この結果を見せたら、みちるは何て言うだろうか。きっと、純太ちゃんすごい!って笑って手を叩いてくれるだろう。
 もう少しでみちるの家に着くというところで、通り過ぎた一つ後ろの曲がり角から、みちるの声が聞こえてきた。声を掛けようとして、けれどみちる以外の人間の声がしたので口をつぐむ。このままだと、みちるたちと鉢合わせをしてしまう。オレは、コソコソとすぐ横の薄暗い路地裏に隠れた。みちると喋っている人間の声は、男だった。路地裏のなるべく奥へ進んで、息を潜める。
 自然と二人の会話が耳に入ってきた。
「久瀬ってどうして総北希望なんだよ、お前頭良いんだし、別んとこ受ければ?」
「でも、総北なら家から自転車で通えるし」
「総南大附属だって、自転車で通えるだろ。オレもそこ行く予定なんだ」
「バスケ強いもんね、総南大」
「総南大附属からスカウトきてさ、県内だとやっぱあそこの設備が頭一つ抜けてるし」
「すごいね、スカウトとか本当にあるんだねぇ。さすがはバスケ部元エース」
 総南大附属のバスケ部と言えば、最近全国に行くようになった強豪だ。きっと、みちるとしゃべっている男はバスケの才能がある奴なのだろう。みちるは気付いていないようだが、そいつがみちるに好意を抱いているのは明らかだった。
 ムカつく。
 馴れ馴れしくみちると喋ってんじゃねぇよと思ってから、自分の現状を思い出して滑稽すぎてむなしくなった。一方はスカウトのくるバスケの才能にあふれた人間で、対するオレはロードは弱い、勉強もそこそこ、外見だって飛びぬけてはいない、凡人だ。みちるが男と喋ってることに驚いてこんな薄暗い路地裏に隠れるくらい、メンタルも弱い。
 頼むから俺に気付かず早くどこかへ行ってくれ、と祈る俺の願いは叶わなかった。
「久瀬はさ、あの、付き合ってる奴とか…」
「あ! 純太ちゃ…じゃなくて手嶋君!」
 道路から二メートルは奥に入って息を潜めていたオレを、みちるは目ざとく発見したらしい。
 そっとみちるの声のした方を見れば、オレに駆け寄ってくるみちるの後ろに、180後半はタッパのありそうな、男のオレから見ても嫌味のない、整った外見の男が立っていた。
「じゅ、手嶋君なにやってるの? なにかいた?」
 キラキラと目を輝かせながら、みちるがオレに問いかけてくる。
 オレはみちると後ろの男とを交互に見る。当たり前だが、その色男はむっとした顔をしていた。
「ね、猫がいたような、いなかったような…」
「あー、お隣さんちのルイ君かなぁ。あの子人見知りだから全然触らせてくれないんだよ」
 手嶋君残念だったね!とか言って笑うみちるの笑顔は、昔から変わらない、純粋さで。
「おい、後ろのあの人、放っといていいのかよ。行けよ」
 行って欲しくなんてない、でもオレが引き止めるなんて、そんなのみっともなく思えて。
「あ、そう言えばそうだった。里井君っていうんだけど、文化祭のクラスの準備で遅くなったから送るって。やっぱ暗くなる前に着いちゃった。だから大丈夫って言ったのに。手嶋君以外の男子といるのって気遣うから苦手」
 オレだけに聞こえる小ささで言って、みちるはべえっと舌を出した。みちるの言葉に、ほんの少しの優越感と、里井君とやらへの哀れみと、気を遣わないってことは男だと思われてないってことなんだろうという憤りとを感じた。
「里井君、私手嶋君と帰るから大丈夫。ありがとう、ばいばーい!」
 オレのすぐ前に立ったまま、路地から通路へでるそぶりも見せずに、みちるは里井君に大きく手を振った。里井君は、苦笑しながらみちるに手を振って去って行った。去り際に、オレに鋭い視線を投げつけて。
 そんなことしなくても大丈夫だ里井君、男と認識されているだけ、お前の方が先を行っている。
「手嶋君が平日にうちに来るなんて珍しいね! どうしたの?」
 ニコニコと笑ってオレを見上げるみちるは、かわいい。外見は、普通なのだろう。でも滲み出る純粋さとか、もう理由なんてみちるだって分からないのだろうオレへの好意とかが、オレに向けられると、もうどうしていいのか分からなくなる。
 黙って模試の結果を突き出す。いつの間にか握り締めてしまっていたらしく、くしゃくしゃになっていた。みちるはそれを伸ばしながら目を通して、そしてニコニコしながらバンザイ、と言った。
「良かったね! 夏休み頑張ってたもん。あれ? 嬉しくないの?」
「う、嬉しいから来たんだよ!」
 みちるの手から模試の結果を奪い取って、押しのけるように路地裏から道路へと出た。みちるもあわててオレの後ろを追って道路へ出てくる。
「手嶋君、今日うちでご飯食べてきなよ」
「模試の結果言いにきただけだから、帰る」
 みちるの家は、それこそ目の前だ。
「今度遊びにいくねー! メールするから」
 走り出したオレの背中に、みちるの声がぶつかる。少し走って肩越しに振り返ると、みちるはまだオレのことを見ていた。
「見てないで、家の中入れよ!」
「わかったー」
 みちるは大きく手を振って、家の中に引っ込んだ。
 みちるは、バカだ。
 誰がどう考えたって、オレなんかよりさっきの里井君とかいう奴といる方がいいに決まってる。
 みちるは、バカだ。
 オレが気まぐれに会いに行くだけで、あんなに嬉しそうに笑って、喜んで、目を輝かせて。
 でもきっと、オレが一番、かっこ悪くてバカなんだろう。







 拍手お礼の二人がなんとなく不完全燃焼だったので、手嶋視点で。
 手嶋君は、自分のことを客観的に見つめることができているところが、強さだと思います。
 なんていいますか、手嶋君カッコイイってことです。









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