夢  | ナノ


3位 新開 早朝夢の中ですけべしようぜ!(腐ってるかんじの本)


 私のクラスには、とてもおいしい男子がいる。名前は新開隼人君。どの辺がおいしいのかと言えば、まずは立ち位置がおいしい。中学のころから同じ部活の福富君と仲がよいのに、山神と呼ばれ人気の高い東堂君とも仲が良い。極めつけは荒北君ともよくじゃれあっている姿を見る。福富君との信頼関係、東堂君との悪ふざけ、荒北君とのボケツッコミ。それぞれになかなかに良い感じで絡んでいる。
 おいしすぎるわと思いつつ、今日も朝一の巡礼と称した自転車競技部の朝練の見学をしていた。ちなみに、なぜ放課後練ではなく朝練なのかと言えば、単純に見学者が少ないので多少遠くからでも静かで見やすいからである。朝練の見学者は、大抵顔ぶれが決まっている。そして、どちらかといえばおとなしいタイプの人間が多い。すぐ近くで見ているというよりは、ちょっと遠巻きに見学している女子がほとんどだ。女子の黄色い歓声が少ない朝の方が、のびのびとレギュラー候補の三年四人組はキャイキャイじゃれあってくれるので、大変よろしいと思うわけである。
 今日も七月だというのにまだ涼しい早朝五時、人気のない校舎横に設置されたベンチに座って見学する。飽くまでも大人しく他人に迷惑をかけない方法をとる、それが生をおやつにさせていただく者としての礼儀である。今日も早速東堂君と新開君が二人で何かやらかしたのか荒北君に怒られているところを、すぐ横の福富君がなにを考えているのかいまいち掴むのが難しい鉄仮面で見ているという構図にウハウハである。やっぱり、福富君と荒北君の二人が攻めか。でも、そうなると福富君はやっぱり東堂君というよりは新開君との方がしっくりくる。じゃあ荒北君は東堂君…
 みなさんお気づきだろうか。私の思考が腐っていることに…目覚めたのは果たしていつだっただろうか。きっと、中一で出会った詩織(腐)と仲良くなったのが、原因だったのだろう。当時人気だったスポーツアニメをきっかけに仲良くなった詩織は、徐々に私をその世界へと引きずり込んだ。彼女は相変わらず二次元の妄想専門だが、私は目覚めてしまったのだ…三次元の妄想に。
 私は悪くない。強豪と言われる運動部のレギュラー候補でありながら、イケメンでしかも仲が良いのが悪い。わかってますよ。荒北君に彼女がいるのも、東堂君が女子にモテるのも、福富君に密かに思いを寄せる本気女子が多いのも、新開君のいまいち掴みきれないところに惹かれる女子が多いのも。
 だって仕方ないじゃない。萌えてしまったんだもの。なぜ萌えてしまうのか。そこに萌があるからだ。そんな言い訳を心の中で唱えつつ、今日もいつも通り見学しつつ妄想していたのに。

 校舎横にある、めったに使われない、埃っぽい第二体育倉庫。屋根を叩く雨音、屋根から落ちた滴がポチャリと水たまりに落ちる音。そして、私の心臓が恐ろしく強く鳴っている。
 目の前に、新開君。彼の前髪からはポタポタと滴が垂れている。朝練で着ていたジャージはびしょ濡れで、張り付く感覚が気持ち悪いと彼は裸の上半身をさらしている。いつもなら、ごちそうさまです、と目に焼き付けるところだ。彼が持っているあの薄い冊子さえなければ。
「やだなぁ、新開君」
「んー、”嫌だって言ってるくせに、こんなになってる”だっけ?」
 にこりと笑う新開君の目が、恐ろしい。それ以上に、左手であの本を持ちながら、易々と体育祭障害物競走用のマットに私を押し倒し、マウントポジションをとって右手で体をまさぐってくる新開君に、驚く。新開君が遊び人というデータは私にはなかった。
 なにより、怒りはもっともだけど、その右手の冊子は私が書いたんじゃない!
 だって、私的に新開君は受けだし!!
 それにしても、乞われて何度かお菓子をあげたことがあるくらいしか接点のない新開君が、私を押し倒すなんてどういうことだ。
…そうだ、こんなこと、ありえない。
 あ、夢だ。
 これ、夢だわ。
 急激に、心臓の音が落ち着く。直接触れられていたわき腹の感覚が遠ざかった。

 いつも通りの見学だった。いつもと違ったのは、数分前に蛇の道は蛇”あげるから読んでみて”と手渡された新開×福富の同人誌を持っていたことだ。自分たちでコピーしたものを綴じて作ったらしいその本は、ペラペラと薄い。どっちかっていうと、私的には福富君×新開君なんだけどなぁ、と思いつつも受け取って、多分、すぐ読み終わると思って読み始めたとたん、眠ってしまったのだ。
 そういえば、サイクルジャージで新開君と福富君が抱き合ってチューしてるシーンを見た気がする。きっと、その辺から眠ってしまったのだろう。今日の一限目で行われる予定の小テストのために夜更かししたから、眠かったし、その同人誌で読んだ内容が夢の中でごっちゃになって、こんな夢を見ているのだろう。
 なんだ、そうか。夢なのか。それだったら大丈夫だ、問題ない。
「なーんだ、夢なら夢ってもっと早く気付けばよかった!」
 身体が動かないのも、きっと金縛りかなにかなのだろう。脳は活動してるけど、身体が動かせないっていうあれ。
 夢の中の新開君は、かすかに目を見張って、そしてゆるりと笑った。こめかみから頬を通って首筋を伝う雨水が、色っぽい。眉間から鼻筋を通ってふっくらとした唇に至った雫は、新開君の赤い舌に舐めとられた。
「夢なんだ?」
 わき腹を伝う新開君の手のひらが、少しずつ上にあがってくるのがわかるけれど、夢だからだろう、いまいち感覚がない。
「だって、ありえないし。新開君やけに色っぽいし」
 新開君が、こんなに色気むんむんな人とは思えない。近寄る女子に飄々と対応する普段の姿からは、こんな新開君は想像できない。同人誌を読んだ影響なのだろう。
「ふうん?」
 新開君は、同人誌を放り出して左手を私の頭のすぐ横に突いた。ぱたぱたと、新開君の髪の毛から私の顔に、雫が降り注ぐ。目の中に落ちてきて、左目を反射的に閉じた私の顔に、新開君の顔が近づく。
「新開君って、夢の中でもイケメンだね」
 でも、そろそろ目覚めてほしい。どっちかというと、こういうことは福富君とか荒北君相手にやってほしい。というか、やられてほしい。
 べろり、と頬を舐められた。額、小鼻、あご、瞼。雨粒を舐め取っているようだが、その感覚もない。首筋を伝って、うなじに流れた雨水を唇で吸い取って、そのまま生え際を吸われた。いつの間にか新開君の右手は私の脇を擦るのをやめていて、ひっつめた私のお団子を解く。
「頭まとめるの大変なのに。あ、目が覚めたらまたどうせ縛るしいいか」
「抵抗されないのも、寂しいな。誰でも良いの?」
 掠れた声で新開君が言って、私の首筋に顔を埋めながらため息をつく気配が伝わってくる。一度、新開君が身体を起こして、両手で私の制服のリボンを解く。私に見せ付けるように、カーデのボタンをゆっくりと、一つ一つ外す。
「透けてる」
 新開君が、いやらしく笑いながら、右手の人さし指で私の心臓の上あたりを押した。ああ、雨に打たれたから透けてるのか。そういえば、そういう設定だった。でも、寒くもなんともない。
「上下バラバラ色気ゼロのブラとパンツだけど」
「どうせ脱ぐから構わないよ」
 白いシャツの首元のボタンから、新開君は器用に外していく。三つ目まで外して、新開君はそれまでの雰囲気を払拭して、いつもの理性の宿る瞳で私を見た。
「久瀬さん。これは夢なんかじゃないし、もう一つ、このボタンを外したらこのままオレは引くつもりはないんだけど」
 四つ目のボタンを指で弾いて、新開は私に言った。
「夢だとしても、抵抗しないのはどうしてかな? オレなんてどうでもいいから? それとも…」
 新開君の両手が、私の頬を覆う。ぬくもりも、なにも感じない。当然だ、夢だから。でも、なんでだろう。その手が少しひやりとしていて、湿っていたなと頭の片隅で思うのは。
「オレのこと、好きだから?」
 あれ、なんて答えたんだっけ?
 え、答えたってなに?
 音は聞こえない、でも、私は何かを新開君に告げた。
 途端に、新開君の唇が、私の唇を覆った。角度を変えて何度も唇が重なって、苦しくなってその隙間で喘ぐように口から空気を吸ったら、今度は口内に新開君の舌が侵入してくる。もちろん、夢だから触れられた唇に感覚はないのに、頭のなかで水音が響いて厭らしかったのを覚えている。新開君の唇に翻弄されている間に、宣言通り色気のない下着は脱がされていて、横に転がっていた。いつの間にか、新開君の身体が私の身体にピタリとくっついていて、人肌ってあったかくて気持ちいいなと思ったのだ。それ以降、私にはこれっぽっちも余裕はなくて、意識もしなかった部分が反応するのが恥ずかしくて、あったかくて、熱くて、どこか現実離れした夢の中で浮かされているようで、でも、そうだ。
 痛かった。
 そうだ、夢じゃないと思ったのは、あの痛みがあったからだ。
 目じりからぼろりと涙が零れて、遠ざけようと両手で新開君の肩を突っ張る腕ごと抱え込まれて、あやされながら涙を吸われて、声を出すのがいやで唇を噛めば口付けられて、久瀬さん、とごめん、を耳元で優しく繰り返しながら、新開君は。

「夢じゃなかった気がする!!」
 がばり、と上半身を起こして目が覚めた。ドッドッ、と心臓が痛いくらいに鳴っている。
 ああ、夢か。
 枕元の携帯は、まだ朝四時すぎで、外はまだ薄暗い。
 大学に通うために一人暮らしをはじめた。まだ馴染みの浅いこの部屋に住み始めてまだ一ヶ月。
 携帯が、メールの着信があることをランプの点滅で知らせていた。
『眠っちゃったのか? おやすみ』
 一体、この目覚めの悪い夢を見るのは何度目だろうか。最近は見ることがなかったのに、きっとあの声を聞きながら眠ったせいだ。

 あの日のことを、思い出す。
 いつも通りアップ中の四人組をにやにやと見つめていると、急に天気が怪しくなった。ごろごろと遠くで鳴り始めたと思ったら、数分後には土砂降り。私が普段見学に使っているベンチは、日陰になるし目立たなくて良いのだが、なにぶん屋根がない。妄想に忙しく対応が遅れた私は、雨が降り出して初めて屋内へ避難しなければと気づいた。もう制服ごとびしょびしょだったので、諦め半分でベンチを後にして数m進んだところで、同人誌の存在を思い出した。やばいやばいみちるうっかり☆テヘペロ☆とか思いつつ振り返ると、雨に打たれながらベンチの忘れ物に手を伸ばす新開君がいた。
「久瀬さん忘れ…もの…オレ、と、寿一?」
 表紙にでかでかと新開×福富と書かれた同人誌を手に取って新開君はまじまじと見つめている。まずい。サァーっと血の気が引くのを感じながら、新開君に駆け寄る。
「ちがう! 私の友達の知り合いのおじさんの妹の旦那さんの親戚にすごくマイナーなんだけど魔法使いのちょっぴり根暗な新開君てキャラのでるマンガ書いてる人がいてそのキャラの相手が福富リンコちゃんていう萌え系美少女でそんな二人のちょっと切ないラブを描いたファンアートだからお願いします返してくださいそのままそっと返してください」
 言い訳しながら両手を戴くようにしている私を、新開君は目を丸くしながら見ている。そりゃそうだろう、新開君からすれば私は同じクラスの文系ひっつめ団子メガネ女子(地味)なのだから、弾丸のように喋る人間だとは思っていないはずだ。雨に濡れて、服が重い。髪は張り付くし、メガネの視界も雨に濡れて悪い。でも、それどころじゃなかった。
「これ、返してほしいの?」
 頭から、顎から、雨の滴を垂らしながら、新開君が今までに見たことのない顔で、私に笑う。いつも紳士然とした笑顔の新開君の笑顔が、意地悪く見えるのは状況に追いつめられた私の心のせいなのだろうか。
 何度も大きく頷く私の目の前で、しかし新開君は同人誌を高く持ち上げて真ん中あたりのページを開いた。
 終わった…
 まだ読んでいない私も知らないその同人誌の中身。ご丁寧に箱根学園と書かれたサイクルジャージを着た二人が絡んでいる(肉体的に)。新開君と私の視界を釘付けにしたその見開きの二人は、少し少女マンガちっくで目がキラキラしていて、線が細い。
「へえ、これが魔法使いのちょっぴり根暗な新開君と萌え系美少女の福富リンコちゃんなんだ」
 もう、言い訳は無駄だ。まさか、同級生に友人との濡れ場を妄想されているとは思っていなかっただろう。さぞかし不快なことだろう。せめて、誰が書いたかばれないうちに、現物を回収して逃げるしかない。腐ったオタクの汚名は私だけが被ればいい。…クッ!
 ジャンプして同人誌を奪取しようとした私の動きは、新開君にはお見通しな上、丸見えだったらしい。あっさりと避けられた。チクショー!
 もう一回、と手を伸ばす私の腕を、新開君は逆に捕らえた。
「久瀬さん、いろいろ聞きたいこと、あるからさ。ちょっとおいでよ。別に教室とかでも良いけど、あんまり人いないところの方が、いいんでしょ?」
 一つ一つ区切りながら、私に言い聞かせるように新開君は言った。奪うのは無駄だと私に言い聞かせているようだった。大人しく頷くと、新開君は満足そうに笑って、私の手を離した。
 そのまま、第二体育倉庫に連れ込まれ、鍵のかかった室内で、私は途中まで夢だろうと現実逃避しながら新開君と致してしまったのだ。途中からは私も抵抗したが、四つ目のボタンを外したら引くつもりはないという言葉の通り、新開君は私の抵抗を綺麗に封じ込めた。
 いつの間にか、嵐のような時間が去って、私はマットの上に横座りしながら、ぼんやりと転がった同人誌を見つめていた。この本のせいで…と憎く思わないでもない。
 元々びしょ濡れの服のまま押し倒されたからか、マットの上は悲惨なことになっている。マットの横に投げ捨てられている制服も、埃にまみれている上にグシャグシャで皺だらけ。いくら七月とは言っても、濡れたマットの上に裸でいるのは、寒い。グシャン、とくしゃみをすると、二段だけの跳び箱に腰掛けて頭を抱えていたトレパン姿の新開君の肩がビクリと震えた。冷静に考えて、なんでこいつとやっちゃったんだろう、と後悔しているところだろうか。でも、私も初めてだったのだから、気持ちは分かるがそんなに分かりやすく落ち込まないでいただきたい。凹む。
寒いけど、仕方がない。外に出ないと乾燥した洋服は着られない、でも服を着ないと外に出られない。違和感全開の股間を中心に軋む体を叱咤しながら、水色の少しヨレっとしたブラとシャツを手にとる。ブラを着けて、シャツに腕を通そうとしていると、新開君がいつの間にか私の隣に跪いて私の腕を掴んで止めた。
「そんなの着たら、風邪ひく」
 速乾性の違いなのか、シャツよりも軽いジャージの上を私の肩に掛けると、アンダーシャツを着て外に出て行った。え、どこ行った。のろのろと、肩に掛けられたジャージに触れる。部活のトレーニングで着ている姿を何度も見たことのある、ジャージだ。こんな手触りだったのか。
 なんでこうなったんだろう。雨で自転車に乗れなくてむしゃくしゃしてるところに、とどめの同人誌で鬱憤が溜まったからだろうか。
誰でも良かったんだろうか。
 胸に、鋭いものが、ストンと刺さったようだった。鋭すぎて、もう痛いとも感じられない。ただ、刺さった事実が悲しくて。私って、馬鹿なんじゃないか。
「帰ろ」
 濡れた衣服を着けるのは気持ち悪かったけど、それでもここでメソメソしているよりは百倍ましだ。早く、着替えたい。からりと乾いた服を着れば、忘れられる気がする。冬服のスカートを着て行っても、きっと誰も気付かない。教室で、何事もなかったように新開君にあいさつしたら、どんな顔をするだろうかと加虐的なことを考えながら、ジャージを畳んで跳び箱の上に置き、埃まみれの制服を身に着けて、立ち上がる。少しよろめくけれど、歩けないわけじゃない。
 目をそらしたくなるような惨状のマットを放置するわけにもいかないだろうが、今処理することができるほど元気でもない。汚れた面を内側にするようにして丸めて、転がして倉庫の隅っこに移動させた。後でバケツとブラシを持ってきて洗えばいいだろう。
「よし」
「なにがよし、なの」
 声のした方を振り返ると、息を切らした新開君が紙袋を抱えて入口に立っていた。
「風邪ひくって言っただろ。なんでそんなの着るんだ」
 険しい顔をした新開君が私にまっすぐ歩み寄ってきて、紙袋を突きつけてくる。
「これ、着て」
 紙袋を受け取って中身を見ると、いかにも慌てて突っ込みましたという感じで学校指定のジャージが丸めて入れられていた。一枚取り出して広げてみると、胸元には新開の刺繍。
「私はもう制服着ちゃったし、新開君が着たらいいよ」
 ジャージを紙袋に戻して、紙袋を新開君に差し出す。彼もここを出て行ったままの、アンダーシャツとトレパン姿だ。きっと体は冷えている。けれど、差し出した紙袋を無視して、新開君は私を無言で見つめてくる。数秒して、受け取る意志がないことが分かったので、私は紙袋を床に置いた。
「じゃあ、ここに置いとく」
 そのまま、入口に向かった。とにかく着替えたい。
「ごめん。最低だよなオレ。ごめん。だから、そんな格好で外に出ないでくれ」
 切羽詰った新開君の声がして、つい立ち止まってしまう。
 そんな格好、と言われても。みっともないだろうことは分かるけれどそこまで懇願されるような格好なのだろうか。頭がボサボサだからだろうか。手櫛で髪を整えてみる。
 ふわりと、後ろから暖かいもので覆われた。さっきの新開君のジャージだった。スカートまで隠れてしまう丈のソレに驚いていると、後ろから腕が伸びてきて、チャックが一番上まであげられた。袖を通していない状態でチャックをしめられたので、身動きしにくい。
「首とか、うなじとか、跡残ってるんだ、ごめん」
 肩を掴まれて、体を新開君の方へ強制的に向けられる。よろよろとする私を、新開君の腕が支える。
「これでおしまいにはさせない。久瀬さんが言ったんだ、オレだったら嫌じゃないって」
 そうだったかもしれない。新開君なら、嫌じゃないと言った気がする。
「毎朝久瀬さんが部活見に来てくれてて、舞い上がってた。朝練見に来てるときは、びっくりするくらい楽しそうに笑うのに、クラスではオレに笑いかけてくれないのが気になってね。オレじゃなくて、寿一とか尽八とかを見てるのかなと思ったけど、オレのこと見てるときも多いし、久瀬さんは自転車競技が好きなのかなって」
 腐った妄想が好きですみません。
「まさか、俺と寿一がそういうことしてる話を読んでるなんて思わなくて、勝手に裏切られたって思ってさ。ちょっと意地悪して怖がらせてやろうとしただけだったのに、久瀬さんが止めないから。歯止めをかけるつもりで聞いたのに、嫌じゃないなんて言うから…ごめん。そんなの言い訳だ」
 新開君が、両手で私の頬を覆う。私よりもほんの少しだけ温度の低い手のひらが、触れ合うことで交じり合って、同じ温度になった。
「久瀬さんのことが好きみたいなんだ」
 好きみたいってなに、とかいろいろ思うところはあるけれど、新開君の瞳が縋るようだったから。
「許してくれるまで、なんにもしない。オレと付き合おう」
 頬に触れていた手が、そっと離れた。

 結局、私は返事ができず、でも新開君は好きなように行動したので、ずるずると友人以上恋人未満という関係でお付き合いしている。別々の大学に進学した今も。
 案外真面目な男だった新開君は、約束通りなんにもしない。部活の練習がない日には、ロードに乗って私のアパートに来て扉に寄りかかって待っていたり、電車で私の大学に迎えに来たりする。一緒に買い物をしたり食事を作って食べたりはするが、ニアミスでの接触はあってもそれ以上はない。日々の出来事をメールで受け取り、週末夜には電話がかかってくる。昨日も、その電話の途中に私は眠ってしまった。新開君の声を聞きながら入眠したからあんな夢を見たのだろう。
 あの出来事から、もうすぐ一年になる。あの一件はお互い様だったし、そのせいで新開君の青春の貴重な一年間が無駄になったわけだから、許すもなにもないと思っている。新開君の友人には彼女になる予定の久瀬さんですと紹介され、私の友人には彼氏になる予定の新開ですとあいさつをする、へんてこな関係もそろそろはっきりさせなければならない。
 携帯をいじって、新開君の番号を呼び出す。通話のボタンを押して、二回の呼び出しのコールの後、新開君の少し掠れた声が聞こえた。
「久瀬さん、なにかあった」
「朝早くにごめん。私、あの一件はお互い様だと思ってるんだけど、えっと、許す、それだけ」
「それって」
「あと、私あの同人誌読んでなかったし、そもそも新開君はあの頃の私の中では受けだったの!」
 言いたいことを言って、通話終了のボタンを押した。
 言ってやった。あの件は、お互い様だけど、どうしてもこれだけは言いたかった。
 今は、違うけど。
 断然、新開×福富です。






 この後、ロードで駆けつけた新開君に食われますよ。
 新開君は紳士で、常に使用期限内の避妊具を持ち歩いているから、作中でもきちんと装着しているヨ☆







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