夢  | ナノ


2位 荒北 五十年後田舎で妄想(メイク)


 コンビニが大して便利ではない距離にある田舎に住んでいる私の家の、歩いてほんの数分先に住んでいるじいちゃんとばあちゃんは、孫の私からみてもなかなかに仲が良い。口が悪いじいちゃんのことをばあちゃんが上手に受け止めて、なにをやるにも要領の悪いばあちゃんのことを器用なじいちゃんが悪態をつきながらもフォローする。元々は神奈川でバリバリに働いていたじいちゃんは、歳をとって呼吸器を弱くしたばあちゃんのために早期退職制度を利用してこのど田舎での永住を決めたらしい。なかなかの愛妻家だ…あれで口が悪くなければいいのに。
 ばあちゃんに良く似たお父さんの長女である私は、悲しいくらいにじいちゃん似の目をしている。高校に入学してからは、それなりに化粧でごまかすことができるようになったわけなのだが、じいちゃん似であることをとても喜んでくれていたばあちゃんは、少し寂しそうにしていた。
 そんなばあちゃんの調子が悪くなったのは、化粧にも慣れてきた高一の六月頃だ。肺のせいで心臓に負担がかかっていたとかなんとかで、外出することもままならない状態になってしまった。六月中旬に一週間大きな病院で精密検査をして、その後また家に戻ってきたばあちゃんは、帰ってこれてよかったわ、と静かに微笑んだ。検査の結果、肺も心臓も弱っていたけれど、体調不良の原因は、胃がんだったらしい。体力的にも年齢的にも、がんの進行具合からも手術は不可能で、抗がん剤にも耐えられないだろう、という医師からの話があったのだと、お父さんから聞いた。
 じいちゃんもばあちゃんも、医師の話は全て聞いて、その上でじいちゃんは病院で少しでもできる治療を探そうと言い、ばあちゃんは家でじいちゃんと過ごしたいと言った。結果は、ばあちゃんの勝ちだ。じいちゃんは、ばあちゃんのお願いにとことん弱い。
 ばあちゃんは、半年か、長くて二年と言われた。それでも、ばあちゃんは産まれたときからずっと知っているばあちゃんのまま、会いに行けば、静かに微笑んで私を向かえてくれた。逆に、困ったのがじいちゃんだ。あんなに口うるさくて、すぐに手がでて、仏頂面だったじいちゃんは、最近常にばあちゃんの隣に座って思いつめたような目で黙り込んでいる。
「じいちゃん、あれじゃばあちゃん監視してるみたいだよ」
「うるせえ、分かってる」
 ばあちゃん似の弟(じいちゃんは弟に弱い)の言うことなら聞くかと思って言わせても、頭を小突かれて終わりだった。私のことはぽかすか殴っても、弟のことはなかなか殴らなかったじいちゃんだったのに。重症だ。
 高校帰りに毎日じいちゃんちに行ってばあちゃんたちの様子を見に行っていたのだが、最近はばあちゃんが喜ぶので、自宅に帰って化粧を落としてから会いに行くことにしている。じいちゃんには、不評だ。誰に似たと思ってるんだと言いたい。
「あれ、じいちゃんは?」
 めずらしく、ばあちゃん一人だった。一階の居間を整理して、じいちゃんとばあちゃんはその部屋をメインに暮らしている。少し背中を上げた状態で、ばあちゃんは本を読んでいた。
「買い物行ってるの、どうしても国府田屋の梅ドラが食べたいって我がまま言って」
 ふふふ、と笑うばあちゃんは、一回り小さくなったように見える。国府田屋は、隣町にあるこの辺では有名な和菓子やだ。朝と夕方にそれぞれお店にならぶ梅ドラが有名で、並ばないと買えない。きっと、じいちゃんはあと一時間は帰ってこられないだろう。
「じつは、お願いがあるの」
 ばあちゃんは、私を手で呼び寄せながら、いたずらっこのような目をした。

「はい、こんな感じ?」
「あらあら、やっぱり毎日お化粧してる子は違うわねぇ」
 ばあちゃんのお願いは、化粧をして欲しいということだった。ひとっ走りして自分のメイク道具を持って、ばあちゃんに化粧をした。薄く化粧をしたばあちゃんは、ほんの少しだけ顔色が良くなったように見える。
 昔から、ばあちゃんが化粧しているところをあまり見たことがない。授業参観とか、冠婚葬祭とか、そういった特別なこと以外では化粧しないのは、じいちゃんが化粧品の匂いに煩いからなのだとお父さんから聞いたことがある。
「顔色を隠したいのよ、おじいちゃんが心配そうにジロジロ見てきて、口は静かになったけど、視線が煩いったらないんだから」
「確かに息がつまりそう」
「まあ、おじいちゃんだから許すわよ」
 自分の分はまた買えばいいから、とメイク道具とシートタイプのメイク落としをベッドサイドのばあちゃん用の引き出しに入れた。

 ばあちゃんが毎日薄化粧をするようになって、一週間後くらいだった。じいちゃんとばあちゃんの好物をお母さんが買ってきたのだが、来客があって届けに行けないので私が会いに行くときに届けて欲しいと言われた。大きさのわりに重い袋の包装紙に見覚えがある。時折じいちゃんたちが二人で出かけて私たちにもお土産に買ってきてくれていた、ゼリーだろうか。
 大好きなの、と満面の笑みでゼリーを食べていた今よりふっくらとした頬のばあちゃんの笑顔を思い出す。どうせだから、驚かせてあげようと、そっと玄関の引き戸を開け、居間に忍び寄る。その途中から、じいちゃんとばあちゃんの声が聞こえてきた。居間のドアは開いていたのでそっと中を窺えば、じいちゃんは私の方に背を向けてベッドサイドの椅子に座っていた。ばあちゃんは、やはり背中を少し上げた状態で、じいちゃんと喋っている。
「ったく、化粧なんざすんな、臭ぇし」
「あら、いつまでも美しくいたいっていうのは女心でしょ」
「…オレが化粧の匂いが嫌いだっつったら、ずっと化粧しなかったじゃねぇか」
「一番見て欲しい人が化粧しなくて良いって言うなら、別にする必要ないじゃない?」
「体調悪ぃのに、オレから顔色隠すためにわざわざ化粧すんなっつってんだよ」
「お化粧くらいで体力なんて使わないわよ」
「どうしても化粧するなら、オレがやってやっから」
「嫌よそんなの、あなた器用だけど、化粧にはセンスってものがあるのよ?」
「みちるよりはセンスあるダロ」
「あら、みちるだなんて懐かしい。…ねぇ、中一で会って、もう五十年以上経つのよねぇ。あっという間。ねぇ、荒北君?」
「全然あっという間じゃねぇし。長かっただろうがどう考えても」
「そうかしら? ねえ、最近、お化粧しながら考えることがあるのよ。このコンパクトに魔法がかかっていたら、お化粧して若返って、中学一年生に戻れるのにって」
 ばあちゃんの手には、私があげた、ドラッグストアでよく売っている二千円もしないファンデーションが握られていた。
「あら、そんな顔しないでよ。違う人生送りたかったっていうことじゃないの。逆よ、あんまり幸せだったから、もう一回あなたと過ごしたいって思ったの。だって本当にあっという間だったんだもの」
 ばあちゃんの微笑みは、静かだ。もうずっと、声を上げて笑うばあちゃんを見ていない。声を上げて笑うことが、もう辛いのだろうと思う。
「ああしなきゃよかったっていうのじゃなくて、あなたとあれもしたかったし、あそこにも行きたかったし、あの人とも会っておきたかったって、そういう欲張りばっかりよ」
「みちるは、ずりぃんだよ。オレが我がまま言って好き放題してるように見えて、大事なところは全部お前の我がままが通ってる」
 じいちゃんが、ばあちゃんを名前で呼ぶのは、久しぶりに聞いたな、とふと思った。
「知らなかったの? 私が我がままで、欲張りなこと」
「知ってたに決まってんだろ。バカだな、みちるは、ホントにバカだ」
「あなたほどじゃないわよ。あ、わざわざ夜にこっそり息してるかどうか顔覗き込んで確認するのやめてちょうだい」
「な! 知ってたのか!」
「だってあなた布団から出るときがさがさ音するから、目が覚めちゃうんだもの」
「寝たふりしてたのか」
「寝たふりよ、優しいでしょ、あなた気付かれたら恥ずかしくて死んじゃうかと思って」
「だったら言うな、ずっと寝たふりしてろ! じゃなけりゃ寝るときイビキかいてろ」
「最初は知らないふり続けようと思ってたんだけど、いい感じで眠ってるときに来るから、もういいかと思って」
 ばあちゃんは、笑う。
「それに。…いいじゃない。眠っているときなら」
「…よくねぇよ! 勝手に、そういうこと言ってんじゃねぇ、クソッタレ!」
 その後、じいちゃんも、ばあちゃんも黙り込んでしまった。
 私は中に入ることもできなくて、十分後にやけに明るく弟が玄関を開けるまで、その場に立ち竦んでいた。
 二人で入った居間のじいちゃんとばあちゃんは、いつも通りに私たちを迎えてくれた。







 ヒロインが、こういう設定で申し訳ない。








「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -