それはとても不確かで 会いたい、と言うのはいつも私だった。 言えば困らせてしまうと分かっていたから、いつだって我慢しようと思っているのに、それでも時折零れてしまう。 学校の帰り道、隣の空間に気付いた時。 本屋さんで彼の好きなグラドルが週刊誌の表紙を飾っていた時。 自転車競技部の練習姿に、頑張れって声かけた時。 季節の流れを感じた時。 寂しい、と、思う。 電話の向こうの裕介は決まって数秒黙り込む。そして、そうだな、と苦く零すのだ。 裕介からは、決して会いたいとは言わなかった。それが彼のプライドなのか、それとも現地での生活が充実しているからなのか、私には分からなかった。 電話の向こうの裕介から聞く世界は、鮮やかに色付いていた。この間は何があった、昨日は、今日は、明日は、今度、来週、夏になったら。 日本にいた頃は、私が喋って裕介が時折苦笑しながら相槌をうっていたのに、今ではまるで逆さまだ。 だって、私は毎日がほとんど同じなのだから、話すこともなくなる。朝起きて大学行ってバイトして寝る。繰り返し、繰り返し。 裕介に会いたかった。会って、他愛ないワガママを言って、困ったように笑う裕介の優しさに浸りたかった。 でも、前は他愛ないワガママだったことも、今では途轍もない難題で。 「みちる」 今では週に一度、あるかないかになった電話の途中だった。パソコンだったらお金も安くなるし顔も見られるだろうと以前提案されたけど、私は設定出来ないからと言い張った。顔を見たら、泣いてしまうかもしれないから。 でも、もう、限界だったのだろう。私の名前を呼ぶ裕介の声が、遠くて。 瞼が熱くなる。瞬いたら、涙がコロリと落ちた。 「ごめん、裕介。会いたくて、会えなくって、私もう駄目みたい」 最近感じていた、私と裕介の温度差、距離。今の私には絶望的に遠く思える。 裕介は留学が決まった時点で、私に別れるか、と聞いた。その時私は学生の間だけだし、大丈夫だろうと思った。本にもネットにもテレビにも、イギリスは溢れていたし。でも、そうじゃなかった。そこに裕介は居ない。きっと裕介の方が離れるということを理解していた。 痛いくらいの沈黙が、流れた。大した長さではなかったのかもしれない。電話の向こうの裕介は、小さく溜息をついた。 「前に別れるか?って聞いた時、お前は別れないって言った。その時、みちるが辛いっつっても、オレはもう別れてやらねぇって決めたんだ」 困ったような顔をして、少し笑いながら言っているに違いないと思った。声の響きがあんまりにも優しかったから。 キモいって言うなよと前置いて、裕介は言った。 「みちるに会いたい」 裕介の言葉が、さっきひび割れた私の心にじわりと沁みた。 私だけ、淋しくて、私だけ、会いたくて、私だけが裕介を求めてるのかもと思ってた。まるで不毛な片想いをしているようで、会いたいと私だけが告げるたびに、何かがすり減っていく気がした。 「みちるを置いていったくせに、オレも、みちるに会いたい」 その言葉だけで、埋められていく。一方的に裕介を求めるばかりの虚しい日々や、渇きが。 お互い、無言になった。耳をすませば、電話の向こうからはさわさわと雨の音がした。今裕介は外にいるのだろうか。 「無理とか言うなッショ」 雨の音にかき消されそうな細やかさで、裕介が言った。 見えないことを忘れて、無言で頷く。 面倒臭くてごめん、困らせてごめんね。 電話の向こうで裕介は、まるで頷く私が見えているみたいに、穏やかな声で私の名前を呼んだ。それがとても嬉しかったから、私も裕介の名前を呼んだら、頬を掻いて照れ笑いする裕介に会えた気がした。 巻ちゃんお誕生日おめでとう…ございました。 わざとじゃないですが、短編に巻ちゃんが続きました。 |