夢  | ナノ


新学期に後悔する


 新学期に廊下に張り出されたクラス替えの一覧表。強化部の部長なんてものを任された割に勉学でも優秀な彼に追いつきたいと、必死こいて勉強したけれど。
 発表されたクラス割の結果は。

「久瀬チャンはしつっけぇナァ?」
 うるさい。
「おい靖友、寿一の恋路を邪魔するなよ」
 こっちはこっちでうるさい。

 福富君と同じ理系進学コース(国立)を希望し、仲の良かった友達とはクラスが離れてしまった。ちなみに同じコースのはずの福富君は、国立理Aだ。私はB。
 知らない人間ばかりになるのは寂しいだろうなとこぼした私に、「国立理系はSとAくらいしかクラスはない、Sは特進の奴ばかりだし、コース希望さえ通れば同じコースなら同じクラスになるだろ」とか言ってたくせに、ちくしょう新婚担任適当なことを。けれどこうなったからには仕方がない。ただでさえ理系で女子が少ないのに、更に国立コース、周囲は男ばっかりだ。
 クラス替えを確認して、福富君に話しかけようと意気込んで朝早めに到着していた私は、ガックリと肩を落として教室に入った。福富君のクラスが隣の教室なのがせめてもの救いだ。教室には数名の男子の姿があるのみで、まだ女子の姿は見当たらない。とりあえず自由に着席して良いようだったので、廊下側の一番後ろに座った。ここなら、福富君が廊下を歩く姿が見られるかもしれない。
 それにしても、憂鬱すぎる。何故かって、うちのクラス名簿のてっぺんに私の目の上のタンコブの名前が書かれていたからだ。でも、同じクラスというだけならそうそう絡むこともないに違いない。だって去年私は福富君と絡むことはほとんどなかったから。
 あー、あともう少し化学頑張っておけば良かった。けど全然興味ないんだ、物理とか数学とかは結構好きなんだけど。どうしよう、クラスに女子四人とか、ないわー。
「ここでいいか」
 誰かが隣の席にカバンを置いて、椅子を引こうとしているようだった。先ほど入念に確認したが、気軽に話しかけられる知り合いは誰もいない。それでも、せめて隣近所は女子に座ってほしい。
「あ、そこ女子に座ってもらおうと思って…る…んだけど」
「あぁ?久瀬チャンじゃねーか。こんなの来た順ダロ」
 隣の席の椅子を引いたのは、どうやら福富君と同じ部の赤毛の新開とかいう人で。そのさらに隣の席にドカリと腰を下ろして私に話しかけてきたのは、目の上のタンコブ荒北君だった。
「あぁ、この子が例の靖友がいじめ抜いて泣かせたって子?」
「人聞きの悪いこと言うな」
 その人聞きの悪いことをしたのはお前だろ。泣いてないけどね。あー、下がったわ。朝からだだ下がりだったテンションが最低値まで下がったわ。
「一年間よろしく」
 赤毛の新開君は朗らかに笑って私の隣に座った。結局座るのかよ。
「あー、よろしく。ところでさっきも言ったけどそこ女子に座ってもらいたいんだけど」
「ん?あぁ、オレ前の方に座ると邪魔になるからさ」
 確かに、彼はしっかりとした体格をしているようだった。ちくしょう。いいよ、もう。前に座ればいいんでしょ、前に。
 ため息を呑み込んで、立ち上がる。カバンを肩に掛けたところで、新開君がツンツンと私の二の腕を人さし指でつついた。
「あれ、久瀬ちゃんどうしたの?」
「…隣は女の子がいいんで」
 いきなりちゃん呼びかよ。荒北君もだけど。キョロキョロと教室に視線をめぐらせると、いつの間にか生徒の姿が増えていた。丁度、女子が三人前方の扉から入ってくるのが見える。最初が肝心、話しかけるしかない。意気込んで足を踏み出そうとしたときだった。
「オレの隣、寿一が来たりして話す機会も増えるかもよ?」
 寿一、とは福富君のことだろう。ついその名につられて赤毛を振り返ると、邪気のない笑顔を浮かべた彼が隣の席を指差していた。座れ、ということか。
 しぶしぶ彼の隣に座る。ちなみに、以前あれだけ口煩かった荒北君は、ホワイトデー以降あまり絡んでくることはなくなった。今も、頬杖をついてこちらをじとりと見てはいるものの、への字口が開かれることはなさそうだった。
 前方を窺うと、女の子三人はこちらをチラチラと見て話し合っているようだった。頼む、こっちへ!私の前に座ってくれ!…しかし私の祈りは神には通じなかったらしい。前の方の空いた席に座ってしまった。
「あー、おなごが…」
「女子、女子って東堂みてぇな奴だな」
「女子の社会網なめんな」
 真面目そうな三人だったし、きっと隣のちゃらちゃらした赤毛とつり目が怖かったに違いない。
 そもそもなんで隣に来るのさ。まだ窓際の方だって空いてるのに。ちょっと不良っぽいのとか、ちょっとちゃらしてるのは窓際でしょ。いやそもそもなんでこの二人国立理コースなんだろうか。国立コースはそれなりに成績による選定が行われる。だから私は必死こいて勉強したのだ。
 次々来る男子生徒によって私の前の席は埋められていった。たまたまなのか、気を使われてなのか、私の前に背の高い男子が座ることはなく、黒板の見通しも良好である。
 なんでこうなっちゃうんだろう。
 隣のクラスだったら、天国だったのに。


 ホワイトデー以降、時折福富君とはメールを交わしている。内容はなんてことないもので、課題についてだとか、次の大会の予定だとか、趣味についてだとか、そういったもの。学校や教室ですれ違えば、ちょっとした挨拶を交わすこともあるけれど、それだけだ。でも、福富君からもらったシュシュをつけていった日は、微かに口元を微笑ませてくれるのだと気づいたとき、毎日つけていきたいと思った。けど、それもちょっと重いかもと思って、週に数回に抑えるようにしている。
 今日も新生活の皮切りは笑顔で挨拶してもらえたら最高だなと思って、例のシュシュをつけてきたのに。肝心の相手に見てもらえていないなんて、朝のセットにかかった二十分を返してくれと神様に言いたい。
「どうせ、福チャンが国立理だったからここにしたんだろ」
「元々理系です」
 私立理コースだったのを、背伸びして国立理コースにしたのは、福富君がきっかけだけれど。
「今年は国立理の希望者が多くてしかも成績もまぁまぁだったから2クラスに増やしたらしいよ。久瀬ちゃん残念だったね」
 新開君は分かりやすく同情の目を私に向けた。恐らく、悪い人間じゃないのだろう。福富君の友人なのだし。だけれど、なんだかちょいちょい面白がるような空気を感じるのは気のせいじゃないはず。
 私は隣を気にするのをやめることにした。とにかく、賽は投げられてしまったのだ。とっくにでている結果に文句を言っていても仕方がない。これからは、いかにしてこのクラスで上手くやっていくかに時間を割きたい。そして、福富君との繋がりを途切れさせないようにするにはどうしたら良いのかにも。
 以降隣人に絡まれることなくクラスの女子と接触することに成功した私は、無事その日のミッション(自己紹介)をやり遂げた。三人には、私の前に座ろうかどうか迷ったけどそれぞれ視力に自信がないのと、私の隣に自転車競技部の二人がいたため断念したのだ、と謝られたくらいだった。ああ、新開君たちを呪いたい。

 あとは福富君との繋がりをどうにかしたいと思っていたら、再会の機会は翌日あっさりと訪れた。新開君の言った通り、福富君が新開君と荒北君に会いに来たのだった。
 廊下一番後ろの私の席は、教室の様子を見に来る他のクラスの人によく声をかけられる。その時も、背の高い影が私にかかったなと思ってそちらを見ようとしたときだった。
「久瀬」
「え?」
 彼に呼ばれると、なんてことない自分の名字が輝いて聞こえるから不思議だ。声に吸い寄せられるように、私は彼を見上げた。首が痛くなるかもしれない角度でやっと目があったのは、声の通り福富君だった。金色の髪が蛍光灯に照らされて透けている。
「この席なんだな」
「あ、そうなの。えっと…」
 急に訪れたチャンスに頭の中が混乱するばかりで、良い言葉が浮かばない。同じクラスになれなくて残念だったね、とか言いたかったけどこんな人の多いところで言えるわけないし!今年もよろしくね、とかかな。でも、もっとこう、女子力のあるような言葉の方がいいんだろうか。今日もつけてきてる福富君からもらったシュシュがかわいくて評判が良いんだとか…ううん、一歩まちがえたら私がかわいいとか思ってるみたいに聞こえる。駄目だ駄目だ。
「寿一、どうした」
 ぐるぐる考える私を見下ろしていた福富君に声をかけたのは、新開君だった。
「ああ、新歓のことでちょっとな」
 失礼する、と律儀に言って教室に入ると、福富君は新開君と荒北君のもとへ歩いて行ってしまった。
 なんにも言えなかった…自分にガッカリする。
 あー、忘れよう。忘れるしかない。別のことを考えよう。
 次は確かホームルームがあって、掃除して終わりだったはず。ホームルームってことは、やっぱりお決まりの委員長だの委員会だのを決めるんだろうか。面倒臭い。できるだけ何もやりたくない。
「分かった、オレと尽八が喋るんだな。ああ、寿一は立ってるだけで雰囲気伝わるから良いんじゃないか」
 どうやら、新歓の部活紹介の話をしているらしい。自転車競技部は強化部だから、新入生の有力者は既に入寮して部に参加しているはずだけれど。
「悪い。東堂と打ち合わせをしておいてくれ」
「分かった」
 私の後ろを福富君が通り過ぎていくのを、見なくても全身で察知する。何か、何か言いたいけれど。でも、もうすぐ休み時間も終わってしまう。きっと話しかけたら迷惑になってしまうと、そんなことを言い訳にして手元を見つめて口をつぐむ私はやっぱり成長がない。
「最近、どうだ」
 戸惑いがちにすぐ右隣からはなたれた言葉が、自分への問いかけだと気付けたのは数秒後で。勢い良く見上げると、少し困った顔をした福富君が私を見ていた。
「げ、元気!」
 たった今元気になったのだから嘘じゃない。
「そうか」
 ちらりと一瞬視線を私の髪にやって、微かに口元を緩める福富君を見てしまって、ドキドキした。なんだろう、この人は。なんでこんなに、私をかき乱すんだろう。
「さっき久瀬が落ち込んでいると聞いた。…無理するなよ」
 ドキドキする私を置いて、福富君はいつも通り背筋をピンと伸ばして自分の教室へ戻っていった。その背中を見つめてぼんやりしている私をくすくすと笑う人間が一人。
 …せっかく幸せな気分なのだから、放っておこう。そうしよう。
「久瀬さんて、靖友から聞いてた話と全然違うな」
「おい!」
「ぼやっとした適当な女が福チャンに目ぇつけやがった、なんて言うからどんな子なのかと思ってたのに」
「だから、それはオレが悪かったって言ってンダロ」
 …分かってた。分かってたけど、やっぱりそんなイメージだったわけね。
 クソ、どっちかっていうとあんたらの方がヤクザとチャラ男じゃないか。
「オレは、久瀬さんを応援したいけどな」
 はいはい、クスクス笑いながら言われたって嬉しくもなんともない。
 新開君から顔を隠すようにしながら、私は机に突っ伏した。
 彼の言う通り、この席に座っていれば福富君と会う機会は増えることだろう。でも、この席に座っている限り、彼の好奇心を満たし続けることになるであろうことも明白で。
 なんで、こうなっちゃったんだろう。
 響くチャイムの音と新開君の笑い声を聞きながら、ため息を噛み殺した。
「久瀬ちゃんは、寿一とメールしたりする?」
「…」
「おい久瀬チャン、来月大会あんだから福チャンにあんま絡むなよ」
「…」
「寿一は携帯とかメールとかあんまりしない奴だからさ、久瀬ちゃんからメールしてやってくれよ」
「…」
「新開余計なこと言ってんなよ」
「余計なことを言ってるのは靖友だろ」
 あー、うるさい。うるっさい。
 席を移らなかったのは私だけれど。
 後悔先に立たず。





私の所属していた高校の強化部は野球と吹奏楽とラグビー部だったんですけども、強化部の人たちには恐縮してしまって絡めなかったのを思い出しました。
まったく進んでいないっていう。
ホントは、福ちゃんがちょっとヤキモチ焼く話になるはずだったんですけど、逆に隣が新開だから安心だな(純粋な信頼)ってなっちゃったんで無理でした。









「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -