夢  | ナノ


ホワイトデーに繋がる



 福富君のどこが好きなんだなんて、そんなこと言われても困る。

「久瀬チャンは、福チャンのどこが好きなんだヨ?」
 数日後のホワイトデーになんとなく浮き足立った空気漂う時期だった。
 バレンタインで福富君にチョコレートを渡したことがきっかけで、何故か私は荒北君に絡まれるようになった…悪い意味で。今日だって、お弁当を忘れたから売店でパン買おうと思って廊下を急いでいた途中、捕まった。捕まった、というか妨害された、が正しい。お財布を持って歩く私の行く手を、細くて長ーい足で壁を突くことで遮ったのは、もうそろそろウンザリな彼だった。近道しようと別棟をあるいていたから、周囲に人影はない。
 最初は元不良ということもあって怯えていたけれど、配慮もなんにもない質問責めやら嫌みな態度から、だんだん腹が立ってきて、最近は辟易へとシフトしてきている。脚を上から蹴ってたたき落としてやろうかという不穏な考えを隅に追いやって、一つため息。
「なんですか、荒北君」
 目の前を遮る足を辿って見上げると、予想通り荒北君がいた。眉間にこれでもかという皺を寄せている。
 で、冒頭の台詞だ。
「どこがって…なんでそんなこと荒北君に言わなきゃいけないの」
 福富君に聞かれるのならまだしも、敵意丸だしの小舅に誰が言うか。
「……福チャンはぁ、良い奴なんだヨ」
「知ってますよそんなこと」
 一年間、同じクラスにいたんだから。強面で、誤解されやすいけど、心根は誰より純粋だと思う。自分にない純粋さに触れた時、眩しくて思わず目がくらむかと思ったくらいなのだから。
「だったら分かんだろ、福チャンはさぁ、純粋で、裏も表もなんもない。だから、きれいな奴と、くっついてもらいてぇんだよ」
 口元を歪めて喋る荒北君は、心底福富君が大切なのだろう。それが分かるから、面倒でも話を聞いているんだから。福富君に対して何夢みてるの、とは思わない。
「私も、そう思うけど…私に何が言いたいのかが良く分からない」
 今度は、私が眉間を寄せる番だ。荒北君を睨んでやると、彼は苦虫を噛みつぶしたような顔をした。
「何度も言ったじゃないですか。好きだけど、付き合ってほしいとかじゃないんだって。ただ、渡したかっただけなんだって。それすら駄目だって荒北君は言いたいわけ?」
 あーとか口ごもる荒北君をそのままに、背中を向ける。心底嫌な奴ではないのは、分かる。福富君の友達なんだし。正論で返されると、ごまかすことができずに口ごもってしまう荒北君はきっとまっすぐな人間なのだろう。でも、だからって何でも言っていいわけじゃないでしょうがコノヤロー。
「荒北君がそんなんだから、福富君に彼女ができないんだよ、バァーッカ!」
 思い切り、アカンべーをして、走る。
 不釣り合いだと言いたいんだろう、言われなくても知ってるわそんなこと!自分がこれ以上ないくらい自覚していることを、他人に指摘されることほど、腹が立つことはない。


「久瀬。体調が悪いのか」
 へらへらと周囲に合わせることだけが取り柄と言っても良い私の、ちょっとした変化に気づいてくれたのは福富君だった。
 クラスマッチの日。朝から調子は良くなかったけれど、目指すは優勝なんて言ってるクラスの空気を壊してしまいそうで、なんとなく、言い出せなかった。照らす日差しに少しずつ減らされていく、気力と体力。でも、帰りたいとは言えなくて、椅子に座ったままへらりと笑っている私を、そっと腕を引いて周囲から遠ざけてくれたのが福富君だった。
 大して喋ったことがあったわけじゃない。用事があれば、喋るくらい。なのに、気づいてくれた。表情は、いつも通り。なのに、屈んでのぞき込んでくる福富君の瞳や腕を引く手のひらが、言葉よりも明確に、心配していると私に語り掛けてきて。
「ちょっと、体調良くないかも、しれないな〜って」
 あはは、と笑うことしかできない私に、福富君は眉間を寄せた。
 促されるままに、校舎近くの日陰のベンチに座る。風が気持ち良くて、つい目を細めた。左右に揺れる視界が、僅かながら改善されたような。
「久瀬が、気を使うタイプなのは知っているが。もっと自分を大切にしろ」
 自己管理は基本だぞ、と言って福富君は去っていった。ピンと伸びた背筋の後ろ姿を見送りながら、あーお礼言ってなかったなと思う。
 気を使うタイプ、ね。確かにそうですよ。私は自分が周囲から浮かないようにって気を使ってますよ。へらへら笑って、周囲に合わせて自分の居場所を作ってる、下賤な人間ですよ。いつも、真っ向から自分の意見を言える、それで認められてる福富君には、分からないだろうけれど。
 クラスマッチも山場の今の時間帯に、校舎近くに人の気配はない。ベンチに横になると、ぐっと体が楽になった。とろとろと、意識が夢に混じっていって、いつの間にか眠ってしまっていた。眠りに落ちる前に、ワアッという歓声が、遠くから聞こえた気がした。
 目覚めると、寮の自室だった。体を勢い良く起こして、目眩に襲われ再度ベッドへ戻る。まだ体調は回復していなかったらしい。おとなしくもう一度寝ようかと寝返りをうって、枕のすぐ横に半分に折られたメモが置かれていたことに気づく。寮母さんからだった。目が覚めたら、内線で連絡するようにという内容だった。
「貧血でしょうって、言ってたわよ」
 寮母さんの話によると、福富君はあの後水分を持って私の所に来てくれたようなのだが、良く眠っていて起きなかったので、寮母さんのところまで運んでくれたのだという。寮母さんに私を運ぶなんてことは無理だから、この部屋まで運んでくれたのも福富君。
「そ、そうですか」
 思わず遠い目をしてしまう。窓の外は、もう暗い。外のざわめきも聞こえないから、片づけも終了してしまったのだろう。
 ふと、作り付けのテーブルの上に置かれたものに気づく。青に白字のスポーツドリンクが、ぽつんと立っていた。

 次の日は休日だったので、週明け早々福富君にお礼を言いに行った。良かったら使ってほしいとスポーツタオルを添えて。
 福富君は、差し出された袋を見て、ちょっと怪訝そうな不思議な顔をしていた。分かりやすく、なんだこれは、と顔に書かれている。
「クラスマッチのとき、部屋まで運んでくれたから」
 そこまで言って、ああそれか、と頷く。
「余計なことかと思ったのだが」
「余計だなんて、そんなことない。本当にありがとう」
 再度言って、タオルの入った袋を差し出すと、ようやく福富君は受け取ってくれた。

 でも、まあそれだけ。特別な接触はそれだけだ。
 それすら、私にとって特別なだけで、福富君にとってはそうじゃない。主将としてチームを見ているからなのか、福富君は朴訥な人柄でありながらも、他人の変化に聡い。ちょっとしたおしゃべりの途中で福富君の話題になった時、そういえば私も、私も、オレもと実に多くの人間が福富君に助けられていて、なんだ私だけじゃなかったんだとがっかりした。がっかりして、そして福富君のことが好きになっていたのだと気付いた。
 そういえば、クラスマッチの後から、あの金髪を目で追っていたような気がする。
 同じ部の男子と喋っている時にふと緩む口元とか、間違っているとはっきり言えるまっすぐさとか、黒板に書く字が丁寧だけどちょっと下手だとか。
 福富君は、誤解されやすいけど、強くて、優しくて、まっすぐで、私とは違う、他人を気遣える、素敵な人で。誤解されやすいけど、でも知り合うことで誤解は払拭されてしまう。
 へらりへらりと適当な私には、福富君は眩しくって。でも、どうにも惹かれてならなかった。年が明けて、好きは一時的なものじゃないと分かって、けど話しかけるきっかけもなかったし、福富君は主将として忙しそうだったし、なんにもできずにいた。
 バレンタインにチョコを渡そうと決めた理由は、付き合いたいとか、そういうのじゃなかった。伝えたいと思ったからだった。四月には違うクラスになってしまうだろうから。ありがとうと、福富君への好意を知ってもらえたらって。渡せただけで、満足だった。荒北君に絡まれるようになったことを除けば。あの人しつこい。
 それに、福富君を追わずにはいられない私の視線は、きっちりと捕らえていたのだ。バレンタイン以降、福富君は斜め前の席に座る春奈ちゃんのことが、気になっているようだということ。授業中のふとした瞬間に、福富君が春奈ちゃんを斜め後ろからひたと見つめているということを。
 春奈ちゃんは、快活で思いやりのある、可愛い女子だ。部活で邪魔になるから髪がおろせないとボヤいているけれど、一つに綺麗にまとめられた髪は彼女の性格と相まって、良く似合っている。
 バレンタインに二人の間になにかあったのかもしれない。気になるけど、でも、それを誰かに聞ける勇気はない。自分が傷つくかもしれないことを聞く、勇気だけれども。
 荒北君も、いつまでも私に絡んでる場合じゃないだろうと思う。福富君の相手を見定めるつもりなのならば、私じゃなくて春奈ちゃんだ。
 でも、荒北君には言えなかった。言って本当に荒北君が春奈ちゃんに絡み始めたら、なんだか福富君の恋路を私が邪魔してしまったみたいになるじゃないか。
「邪魔したいわけじゃ、ないんだから」
 こぼれた言葉が嘘まみれだってことは、自分だって分かっているけれど。本当は、うまくいかなきゃいいのにって思ってるし。荒北君が自分で春奈ちゃんに気づいて、春奈ちゃんに絡むようになっちゃえばいいのにって思ってる。でも、うまくいかなきゃいいのにって思う自分と同じくらいには、うまくいったらいいねって思う自分もいて、福富君のおかげでちょっとだけ良い人間になったのかもなんて思う。
 しょせん、矮小な人間ですよ、私は。

 ホワイトデー。友チョコなる習慣に習って渡したチョコのお礼をもらったり、渡したり。ああ不毛って思うのは私だけなんだろうか。
 寮も学校も全体が浮ついていて、私とは正反対だ。
 私の気分がなぜ落ち込んでいるのかと言えば、昨日福富君が春奈ちゃんを伴って廊下に消えたところを見てしまったからだ。すぐに戻ってきたから、きっと今日の呼び出しをしたに違いない。春奈ちゃんも、なんだかニヤニヤと笑っていて満更でもなさそうだった。
 いいなぁ。自分を好きになってもらえるって、どんな気分なんだろう。
 お昼休みになっても、福富君と春奈ちゃんが二人でどこかへ向かう様子はない。放課後なんだろうか。二人が連れ立って行くところなんて、見たって傷つくだけなんだから、福富君の方なんて見なきゃいいのに、ついつい見てしまう。習慣って恐ろしい。
 ちょっとお茶買ってくる、と友達に言いおいて、売店へ向かう私を邪魔したのは……あぁもう面倒クサいな!荒北君は、人のいる場所では絡んでこない。お茶を買うだけだから、校舎端の自販機を使おうと思ったけれど、もっと人の多い場所を選べばよかった。
 今日は、相手をする気力がなかった。心もささくれだっていたし、うっかり刺激されたら泣くか怒るかしてしまいそうだった。目の前に立ち塞がった荒北君を分かりやすく大きく避けて進む。
「おい、無視すんな」
 後ろから掛けられた声を無視してずんずん進む。誰が脚を止めてやるものか。
 けど、私の意地なんてそんなの荒北君には関係ないらしい。左肩を掴まれて、強制的に後ろを振り向かされた。振り向いた先には、例の不機嫌そうな荒北君の顔。もう飽き飽きだ。
「お前福チャンの、どこが好きなんだよ」
 また、それか。それがそんなに、大切なの。
 そんなの、自分だってよく分からない。いつの間にか目で追っていたんだから。
「知らないわよ、そんなの!」
 思い切り、私の肩を掴んでいる荒北君の手を弾いた。
 優しいところ?まっすぐなところ?姿勢がいいところ?はっきり物が言えるところ?意思の強そうな顔?真面目なところ?不器用なところ?
 それら一つ一つ、全部その通り、好きだけど。だけどその一つ一つは理由じゃない。それら全部で福富君で、福富君だから好きなのだ。きっかけは、あのクラスマッチの出来事だったけど、今好きなのは、それだけじゃ伝えきれない。そもそも、荒北君に伝えたくなんかない。
「言えるくらいなら、よっぽどましだったわよ!」
 言えるくらいなら、軽症だったに違いない。失恋したところで、ちょっと泣いて終わり。けど今の私は、重症だ。好きだけど、自分が悲しいよりも、福富君が悲しい方が嫌だなんて、そんなの今までになかった。春奈ちゃんと福富君が付き合い始めたって分かったら、ちょっと嬉しくなるかもしれない自分が嫌だ。そして、ちょっと嬉しくて、自分じゃないのが悲しくて、いつまでも諦めきれないまま好きでい続けるに違いないのだ。
「福富君がそんなに大事なら、福富君が誰見てるかちゃんと見ときなさいよ!春奈ちゃんに決まってんでしょ。あんたのその細目節穴!?見えてないんじゃないの!?」
 つい、大声を出してしまった。良かった、誰もいなくってと、後で思った。
 目の前の荒北君が、目をまんまるくしているのが、可笑しくって、つい笑ってしまう。
「言っとくけど、福富君と春奈ちゃんの邪魔したら、あんたのその下睫毛全部引っこ抜いてやるから覚悟しときなさいよ!」
 呆然としている荒北君を置いて自販機へと向かった。
 思惑通り、昼休みだけれど自販機の周囲に人の姿はない。腹立たしい気持ちを抑えきれず、勢いのままボタンを押したら、あったか〜いお茶を買おうと思ってたのに、うっかり冷た〜い方を買ってしまって、がっかりする。お茶にくらい、私をあっためて欲しかった。

 あー、リア充爆発しろ、って気持ち、最高に分かる。今の私、そういう気分。
 そもそも、福富君は箱入り息子かってのよ。なんなのあの小舅。自分には彼女いるくせに、なに他人の恋愛に口出ししてんの。どうせ自分は今日彼女にプレゼント渡すんでしょ、それでもってイチャイチャするんでしょ、いいよね幸せでバカじゃないの爆発しろ!
 荒北君へのうらみつらみを呪いのように心の中で叫んでいたら、午後の授業はいつの間にか終わっていた。SHRが終わったら、今日はもうなにも用事はない。見たくないものを見てしまうまえに、寮に戻ってしまおう。この目で見届けなくたって、付き合い始めれば自転車競技部の主将の情報はあっという間に噂になって耳に届く。
 担任の話を聞きながら、マフラーを巻く。降ろしたままの髪が、静電気でマフラーにくっついてしまってみっともないことになっているかもしれないけど、そんなのもうどうでもいい。今日は出かける予定もなかったから、コートも寮に置き去りだし、カバンを持てばそのまま帰れる。
「じゃあ気をつけて帰れよー。あんまりいちゃつくなよ」
 やだぁ先生さいてー、なんて女子の言葉に、担任が笑っている。気をつけて帰れで終わりにしておいてよね、余計なこといいやがって、新婚の担任爆発しろ!
 半分駆け足になりながら、教室を出た。自分を慰めるためにと、寮の共同の冷蔵庫には昨日買い置きしておいたチーズケーキが入ってる。今度こそあったか〜い紅茶を買って、チーズケーキ食べて、自分を癒そう。外靴に履き替えて、昇降口の扉を開けると、冷たい風が私を叩く。
「寒い」
 やっぱりコート着てくれば良かった。朝の自分の判断を恨みながら走り出そうとした私は、名前を呼ばれた気がして動きを止めた。周囲をキョロキョロと見渡しても、人の姿はない。まあ、いいかと走り出して寮までもう少しというところまで行ったところで、今度ははっきりと、久瀬、と呼ばれた。声のする方へ振り向くと、風に煽られてマフラーで視界が遮られた。ぱたぱたと靡くマフラーを手で押さえた向こうにいたのは、福富君だった。
「福富君どうしたの?」
 こんなところに、という言葉は飲み込んだ。カバンもなにも持っていない福富君は、制服姿で立っていた。右手に持った紙袋が風に吹かれて揺れていた。
「先月もらったチョコレート、美味かった。良かったら受け取ってくれ」
 右手の紙袋を、差し出された。そうか、そうだった。私も渡していたのだ。きっと福富君はチョコを渡された全員にお礼を渡しているのだろう。
「気を使わせちゃってごめんね。ありがと…うわ」
 差し出された紙袋をありがたく受け取ろうと両手で持ち手を取った瞬間に、再度、突風。マフラーが顔に絡んで、何にも見えない。髪もばさばさだ。直さなくては、と私が両手を上げるよりも先に、そっとマフラーを調えてくれた手がひとつ。
「荒北が、謝っておいてくれと言っていた。なにがあったのかは知らないが、すまない」
 福富君が珍しく、困ったような顔をしていた。別に、福富君が謝ることではない。
「福富君は、荒北君に慕われてるねぇ」
 荒北君の気持ちだって、分かるんだ。のらりくらりと芯の無い女が福富君に近づくなんて、っていうその気持ち。ただ、そんなの分かってるって言ってるのに、絡んでくるから嫌なのだ。
「髪、しばらないんだな、最近」
「そんなこと、ないけど」
 そんなこと、あった。春奈ちゃんはきれいにまとめた髪が、とても良く似合っている。日ごとに変わる髪留めやアレンジが、春奈ちゃんの女子力の高さを物語っていて。バレンタインに変わり映えのない同じような髪型でみっともなく絡まってた自分が滑稽で、嫌になっちゃったのだ。福富君の春奈ちゃんへの視線に気付いて以降、必要な時以外で髪をまとめるのはなんとなく避けていた。
「オレなりに考えて選んだつもりなんだが…使わないなら、捨ててくれてかまわない」
 なんだか含みのある言い方だと思った。手渡された紙袋は、洋菓子店のものだった。中を見ると、ラッピングされた小さな箱。そして、その隣に手のひら大の袋が置かれていた。中身が何なのかは分からないけど、きっとこれのことを言っているに違いない。
「捨てるって、そんなもったいないことしないよ」
「…そうか」
 ふわり、と。福富君が笑った。口元だけだったけど。あんまりきゅんきゅんさせないでくれませんか福富君。
「良ければ、だが。携帯のアドレスを交換しないか」
「は?」
 真面目な顔をして、福富君が制服のジャケットから携帯を取り出して私に見せてきた。シャンパンゴールドの、傷だらけの携帯電話は、恐らく福富君のものなのだろう。
「久瀬のことが気になるのだと荒北に相談したら、だったらもっと久瀬を知ったら良いだろうと言われた」
 それはどこの荒北君ですかと聞きたくなるのをぐっと堪える。
「嫌ならもちろん構わない」
「嫌じゃない!もちろん!」
 福富君は、携帯を使うのはあまり得意ではないようで、大きな手のひらで携帯を操作する様子は携帯を持て余しているかのようで、微笑ましい。
 福富寿一、という名前が自分のアドレスに並んでいるのが、変だ。だって、福富君なのに。
「部活があるから、行く」
 私にアドレスを送ると、福富君は携帯を制服のポケットに放り込んで言った。
「メール送るね、今日はありがとう」
 私が小さく手を振ると、バレンタインと同じように、福富君は手首の先だけを小さく動かして返してくれた。
 私に背中を向けて昇降口へ帰っていく福富君の靴が、上靴だったことに気付いて、なんだか泣きたくなった。

 マシュマロの入った箱の隣に置かれていた手のひら大の袋に入っていたのは、余計な装飾のない、けれど繊細なレースで作られたスカイブルーのシュシュだった。
 メールでありがとう、と伝えると、就寝前に気付いたらしい福富君から、良ければ使ってくれ、というシンプルなメールがかえってきた。

 翌日、迷いながらも、貰ったシュシュで髪をまとめて登校した。
 朝練後なのだろう福富君が教室に入ってきて、そちらを見たら、ばちりと目があった。
 また、口元で微笑まれて、どれだけ私をどきどきさせるつもりなんだろうかと思う。

 体育後の更衣室、春奈ちゃんが髪を器用に結いながら、この前福富君に髪留めどこで買ってるのって聞かれたんだけどね、と喋っているのを聞いてしまった。春奈ちゃんが告げた店名は、男一人じゃ入りにくいお店で、どうにも中に福富君がいる構図は想像できなかったけれど、でもきっと、この装飾のない髪に絡む心配のなさそうなシュシュは、福富君がそこで買ってくれたのだろう。
 着替え終わって、次の授業の前に携帯を見ると、メールを告げるランプがチカチカ光っていた。
 福富君からのメールは、件名なしの、短い本文だけだったけれど。
「使ってもらえてよかった。よく似合っている」
 心臓を鷲掴みされたかと思った。
 少し自惚れても良いんだろうか。いやでも福富君だし。
 しばらく、私の動悸と顔の火照りは、おさまりそうにない。




 福富君でした。
 ここで終わるんかい!っていう。
 だって…だって…近づく過程を書くのが好きなんですもん。
 荒北君は、変な女は近づけたくないっていう、小舅ですよ。
 それなりに、ヒロインのことは認めてるんですよ。東堂でも新開でもなく、福チャンを選んでいる時点で見る目あんじゃねぇか、とかって。それにしたって邪魔ですけどね。
 でも、お返しになにかプレゼントしてやればァ?って提案したのもきっと荒北君ですよ。










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