夢  | ナノ


趣味が悪い


 この話の続きです。


 最近、今泉君の様子がおかしい。
 まず、目が合うとすぐに逸らされる。ちょっと近づくとその分離れる。その割に、練習の付き合いやファミレスへの呼び出しは多い。でもお互いの部屋は駄目。私の話を聞きたがる割に、話をすると不機嫌になる。聞かれるばかりではなくて、彼の日常も気になるから私が尋ねると、口べたな今泉君は「まあうまくやってるよ」とそれの繰り返しばっかり。

「まだ付き合って一ヶ月なんだけど、もしかしてもう飽きたのかな」
「みちるちゃんそれだけはないわよ」
 久しぶりに、幹ちゃんと会った。それは偶然だったのだけど、今泉君について相談できる人間は限られている。すかさず時間があるかを聞いて、近くのカフェに連れ込んだ。そして、今泉君の挙動がおかしい旨を伝えたのだけれど。
 幹ちゃんは、ケラケラと笑って私の疑問を一蹴して、クリームソーダの泡をスプーンで掬った。
「でもおかしいでしょ?」
「おかしいけど、今泉君てみちるちゃんが絡むと大抵おかしいよ」
 パクリとスプーンを口に入れると、幹ちゃんは満足そうに笑った。かわいいなぁ。今泉君がなんで幹ちゃんじゃなくて私なのかが理解できない。幹ちゃんの方がかわいいし、おっぱい大きいし、脚細いし。
「またろくでもないこと考えてるでしょ?」
 幹ちゃんの大きな瞳が私をのぞきこんでいた。瞬きする度に長い睫が揺れている。まつげも全部天然ものなのにこれだもん、かなうわけない。
「そんなこと、ない…よ」
「…みちるちゃん、今泉君のこと、好きなんだよね?」
「え!?う、ん」
 恥ずかしくて、頷いた後俯いてしまう。幹ちゃんには付き合うことになった時に報告したけれど、幼なじみでいた期間が長すぎて、こういう話をするのが気恥ずかしい。
「もうすぐ今泉君の誕生日だし、みちるちゃんがお祝いしてあげたらいいんじゃない?きっと喜ぶよ」
「そうかなぁ」
 最近の今泉君の挙動からすると、そんなのしなくていい!とか言いそうだ。
 目の前のアイスティーのストローをかき回すと、カラカと氷が鳴った。口をつけると、ベルガモットのさわやかな香りが鼻を抜けていく。
「今泉君て案外、堅いから」
 幹ちゃんのつぶやきの意味を問おうと顔を上げたけれど、彼女があまりに幸せそうにアイスクリームを頬張っていたため聞くタイミングを逃してしまった。そのまま、幹ちゃんの部活の話になって、その場は解散になった。
 誕生日、ねぇ。小さい頃はそれなりにお祝いしていたけれど、そのうちプレゼントを渡したりとかそういうことはしなくなった。ちょっと特別なことをしてみるのも、いいのかもしれない。

「誕生日…?そんなん別に何もしねぇでいいよ」
 やっぱり。
 お互いの高校の中間地点にあるファミレスで待ち合わせして、誕生日をお祝いしたいんだけどと切り出した返事がこれ。なんだか迷惑そうな顔をしているような、でもちょっと嬉しそうなような。…うん、ちょっと嬉しいが勝ってる気がする。
「みちるも、面倒だろ?」
「そんなこと!せっかく、えっと、付き合う、ことになって最初の誕生日だし。わ、私がお祝いしたい、んだけど」
 いまだに今泉君と私が付き合っているという事実を口にするのは憚られる。恥ずかしいことを言ってしまったと、ついテーブルの上で組んだ指を遊ばせてしまう。
「…お前、そういうこと、そういう顔して言うな」
「え、そういう顔って、え?変な顔してた?」
「上目遣…あー!そうだよしてた、変な顔だったからもうすんな!」
 曲がりなりにも彼女に言う言葉じゃないでしょ。しかも眉間にこれでもかと皺を寄せている。でも今泉君はそんな顔をしていたって、様になるのだから憎い。
「そんなこと言うなら、ちょっとくらいメイクするの許してくれたっていいじゃない」
「却下。オレがいいって言ってんだから良いだろ。それとも、他に見せたい奴でもいんの?」
 相変わらず、今泉君は私がメイクすることに対して良い顔をしない。せめて、彼に並んで歩くのにみっともなくならないようにしたいだけなのに。化粧して彼の前に立つと、決まって不機嫌になるし、見せたい奴がいるのかだのなんだかんだとワケの分からないことを言ってきて、結局私が諦めることになる。
「いないけど…」
 だったらいいだろと言い捨てて、今泉君は白いカップに入ったダージリンティーを飲んだ。はいはい、似合う似合う、まるで王子様的な。そんな彼にチラチラと視線を向けている隣の席の女子高生三人には、今泉君は頓着していないのだろう。細い手足、白い太もも、クッキリとそれでいて自然なメイク、フワリと巻かれた髪の毛や肩に流れるサラサラとした栗色の髪の毛。それに比べて自分はどうだろう、中肉中背、膝の隠れるスカートに、スッピン地味顔、唯一の慰めはおろした髪がそれなりに艶やかなことだろうか。まあ、それなりに、だけど。
 チラリと隣の席を見ると、丁度手前に座っている一人の女の子と目があった。私のてっぺんからつま先まで彼女の視線が一巡して、そして笑ったのが分かった。音として聞こえないはずの彼女の心の声がはっきりと届いた気がした。ええ、そうでしょうね。あなたの考えている通りですよ。私はいまいちですよ。
「おい、聞いてんのか」
「え?」
「だから、誕生日の話。どっか行くか」
「ああ、でも今泉君部活とか練習で疲れてるだろうし、うちでお祝いしようよ」
 おめでとうって言って、プレゼント渡して、二人で過ごせればそれでいいんだ。一緒にいられるだけで、くすぐったくて幸せだから。
「みちるの家は、駄目だ。どっかで食事しようぜ」
「でも外で食事だとお金かかるし」
 お互い高校生だし、自由になるお金は少ない。バイト代だって、こうして二人で会う時間で消えてしまう。
「じゃあ中止」
 素気無く今泉君は言った。あっさりと。勢い良く正面の彼を見上げると、今泉君は苦々しい顔をして窓の外を見ていた。
 ああ、そう。誕生日を一緒に過ごしたいなんて思ってるのは私だけってことですか。
 ジワ、と瞼が熱くなってくる。顔を見られないように俯きながら、今瞬きしてしまえばきっとこぼれてしまうからと、必死に目を見開いた。この衝動をなんとかやり過ごしてしまわないといけない。強く唇を噛んだら、痛みで少し気持ちがそれたような気がした。
「もう、いい。今日は帰る」
 震えないようにと、いつもよりもはっきりと声をだした。お財布から五百円玉を取り出してテーブルに置いて、バッグを肩に掛けて立ち上がる。その間も顔を見られないように、俯いたままで。
「みちる?」
「じゃあね」
 呼ばれた名前に込められた声が、困惑に染まっていても、それを気遣えるほど今の自分には余裕はなかった。彼を見ないようにしたままで、出口へ向かう。
「待てって」
「あのぉ、総北の今泉君ですよねぇ?IHに出てたっていう」
 私を呼び止める今泉君に、誰かが声を掛けているのが背後で聞こえたけれど、そしてそれはきっと隣に座っていた女子高生なのだろうと分かっていたけれど、でも今はとにかくその場から離れたかった。
 女子高生と喋っているのか、それとも支払いに時間をとられているのか。店外に出た私が一瞬振り向いたときはまだ、今泉君は追ってきてはいなかった。
 手の甲で、少し乱暴に目元を拭う。あーノーメイクでよかった、とヤケクソに思った。駐輪場に停めてある自分のママチャリのカゴに、バッグを放り込む。
 怒りなのか、悲しみなのか良く分からないけれど、気持ちが高ぶっているからか、指先が震えて上手く鍵をあけられない。一つ、深呼吸をして再度鍵を差し込むと、あっさりと鍵は解除された。
 さっさとこの場を離れようとハンドルに手をかけようとした私の腕を掴んだのは、今泉君だった。
「待てって言ってんだろ」
「今日はもう話したくない」
 今泉君を見ないままに告げた言葉は、自分でも驚くほどに硬くて冷たい響きだった。私の腕を掴む今泉君の手のひらが、小さく揺れた。
「みちる」
 そんな声で呼んだって、知るものか。
 どうせ、私の気持ちを正直に言ったって、今泉君は分かってはくれないのだから。
 いくら彼が、今の私が良い、と言ったって。いくら彼が、どんなに可愛い子にも、美人な子にも興味を示さなくったって、気になるものは気になるのだから仕方ないじゃないか。どれだけ自分に言い聞かせても、彼と並んで歩いている時の、彼と私を見比べる視線が。すれ違う女の子たちの可愛いさが。私の気持ちを落ち込ませる。
 それでも、付き合い始めの頃は今泉君と手を繋いだり、笑いあったり、そんな小さな触れあいがあったから良かった。でも今はどうだろう。目が合えばそらされるし、手が触れれば距離をあけるし、二人きりにはなりたがらない。
 やっぱり、幹ちゃんは違うって言っていたけれど。
 付き合ったら面倒になったんじゃないだろうか。変に期待させるのもと思って、化粧とかはやめておけといっているんじゃないだろうか。幼馴染だから、…別れようと切り出せないだけなんじゃないだろうか。
「みちる」
 そっと今泉君の手のひらが、私の頭を輪郭をなぞるように撫でた。まるで神経がむき出しになっているかのように、髪へのその微かな接触を感じる。そしてそれが心地よいのが、悔しい。自分ばかりが彼を好きなようで。
「みちる」
 繰り返し呼ばれる名前にも、私は彼に振り返ることができない。彼が私の名前を呼ぶ響きに、私はどうやったって弱い。弱いことを自覚しているから、余計に素直に向き直ることができなかった。ただの意地なのだと分かっていたけれど。
「みちる、こっち向けよ」
 掴まれた腕が強引に引かれた。バランスを崩し数歩よろめいた先でぶつかったのは、今泉君で。彼の制服の胸に鼻をぶつけてしまって、ヒリヒリした。目の前に彼の制服が広がって、近づいた距離に気付く。あんなに、接触するのを嫌がったくせに。
「離して」
 また、自分で言っておきながら硬い声だなと思う。彼と身体を離そうと右腕を突っ張ろうとしたけれど、今泉君はその腕を無視して私を抱き込んだ。再確認するなら、ここは屋外で、ファミレスの出入り口のすぐ横だ。
「な、なにしてんの!」
「我慢してんだよ」
 なにを我慢してるっていうのか。ワケが分からない。勝手に触れるのを嫌がっておいて、勝手に近づいてきて。離して欲しいという気持ちを込めて両手で彼の胸を押しても、背中に回された今泉君の両腕はぎゅうぎゅうと強まるばかりで。
「何考えてるか全然分かんない」
「…みちる」
「何?」
「だから、みちるのこと考えてるって言ってんだよ」
 ぶっきらぼうに告げられる。
「みちるこそ、オレの気持ちも知らねぇくせに勝手なことばっかり言いやがって」
「今泉君の気持ちって、何も言わないんだから分かるはずないよ」
 いつも、言葉が足りないのだ、今泉君は。そんな不器用なところも彼の魅力だと思っているけれど、どうしたって言ってもらわないと分からないこともある。私だって、言葉が多い方ではないのだけれど。
「…みちるが側にいると思うと、触りたくて仕方なくなんだよ。触れば、抱きしめたくなる。みちるは家にこいとか簡単に言うけどよ、二人きりになんてなったら、押し倒すぞ」
「押し倒…!」
「お前、そんなつもりで家に誘ってるわけじゃねぇだろ」
 いやいやいや、まさか。そもそも自分がそういう対象になるとは思えないし。
「どうせ、私なんてーとか思ってんだろ。別に良いんだけどよ、そういうとこも、まあ、イイし」
 なにが良い、なんだか分からない。やっぱり今泉君の趣味は特殊だ。
「でも、今度家で二人っきりになろうとかそういう雰囲気のこと言ったら…そういうことだと解釈するからな」
「あー、はい」
「お前から触ってきたら、抱きしめていいよっていう合図だと思うからな」
「それはちょっと…精々手を繋ごうよくらいに解釈して」
 チッ、と小さく舌打ちしたのは、どういう意味なんだろうか。
 今泉君の両腕がようやく緩んで、やっと彼の胸から身体を離すことができた。一体どんな顔をしているのだろうかと見上げた私の顔に、覆い被さってくる影。今泉君の黒髪が私の額に掛かったかと思うと、私の鼻梁に彼の唇が触れた。思わず目を閉じた私の唇の端に柔らかいものが軽く触れて、そのまま横にずれて唇を覆った。ほんの数秒の出来事だった。
「次から、オレの前で目ぇ閉じたら、キスしてくれって解釈する」
「今泉君、ちょっと短絡的すぎない?」
「オレは昔から、みちるに関してはずっとこうだったぜ」
 知らなかったのか、と至近距離で私を見つめて不敵に笑う今泉君はやっぱり格好良かったのに、なぜだか間抜けに見えて。
「今泉君て、趣味が悪い」
「みちるほどじゃねぇけどな」
 失敬な。私の趣味はとっても良いですよ。





ヘイヘイ、今泉誕生日おめでとうYO!
一週間以上遅れてるけどね。ハハッ。
本当は無茶振り企画の方の今泉を書こうと思っていたのですが、結局は5000HITの方の今泉になりました。
5000HITはカッコイイが目標だったので、今回は格好悪くなっていただきました。
ヒロインを押し倒したいってそればっかりの今泉。青春ですね。青が違う漢字に置き換わりそうな感じもしますけど。










第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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