売り言葉買い言葉 荒北と胸倉掴みあって喧嘩するような仲(お互い異性として意識せず)なのに、新開らにからかわれて売り言葉に買い言葉な勢いで何故か付き合う事になった話 「あーっ!!うるさいうるさいうるっさい!」 「うるっさいのはテメェだろうが!こっのダァホ!」 昼休みに教室に響く靖友とみちるちゃんの声。もはや我がクラス毎日の恒例行事だ。 教室の面々はほとんどが昼食を摂りおえて、雑談している。オレと靖友も食堂から戻ったところだった。一眠りしたいところだが、喧々轟々やられてはうるさくて眠るどころじゃない。 みちるちゃんは別に、気が強いとか男勝りだとかそういう子じゃない。委員長として穏やかにクラスをまとめ、靖友以外の男子とはにこやかに話していることがほとんどだ。一方の靖友も、そっけないものの他の女子とはそれなりに接しているというのに。 何故だろうか、二人が接触すると盛大な口喧嘩が始まるのだ。しかも驚くほど些細なことが火種になっているので、最近では仲裁する人間もいない。放っておけば大抵昼休みの終わりという時間切れで強制終了されるからだ。ただ、お互いに対しては驚くほど大人気ない二人は取っ組み合いの喧嘩を始めたりするので注意が必要だったりする。流石に靖友は相手が女子だということで本気ではなかったようなのだが、みちるちゃんは本気で荒北の襟を締め上げていた。徐々に青くなっていく靖友は見ものだったが、腹を抱えて笑っているオレへの視線に殺気が混じり始めたので、みちるちゃんを制止した。 今日の喧嘩のきっかけもささいなことだ。お菓子のたけのこときのことどっちが美味いかでもめ始め、最終的には靖友が舅のように口うるさいという内容の言い合いになっている。 正直言って至極どうでもいい。どっちも美味い。それでいいだろう。それに靖友が口うるさいのは元々だし、静かな靖友なんて想像すれば分かるだろうが気持ち悪いだけだ。 「二人とも飽きないねー」 不毛な言い合いを続ける二人にオレが投げかけると、二人は目を吊り上げてオレを睨みつけてきた。ちなみに、クラスメイトは二人の喧嘩には慣れたもので、気にすることなく雑談している。 「だって荒北がからんでくるから!」 「からんできてんのは久瀬だろうが!委員長だからってウッセ!」 「なに言ってんの今日だって私が新開君におすそ分けできのこの里あげようとしたら、これっぽっちも少しも何にも関係ない荒北がからんできたんじゃないの」 「なんできのこなんだよ、どう考えてもたけのこの山だろうが!」 再度ぎゃんぎゃんと言い合いが始まってしまった。やー、本当にどうでもいいよ、その派閥争い。 昼食後だというのに、二人で仁王立ちして言い争っている。眠くないのか二人とも。 「これだけ喧嘩できるってある意味、仲良いってことだと思うぜ」 喧嘩するっていうのは、相手に関心がないとできないもんだから。 深い考えなく言ってしまったことだったのだが、途端、二人はオレを睨みつけてきた。これは面倒なことになりそうだと、オレは人さし指で両耳を塞いだ。 「☆×□※!!%&@△ー□×?!」 「○□☆○@×※!!」 きっと、なに馬鹿なこと言ってるんだとかそういうことをオレに言っているのだろう。二人して眉間に皺を作ってなにやら俺に向かって叫んでいる。分かった、分かったから落ち着いてくれ。どうどう。 しばらくして、ようやく二人は落ち着いたのかまくし立てていた唇の動きが同時に止まった。 「怒りの種も一緒、怒りが収まるタイミングまで一緒って、もうこれはある意味すごいよ。付き合っちゃえば?」 人さし指の耳栓を解除して、オレは提案した。いっそ付き合い始めれば、ちょっとは静かになるかもしれないし。 「なに言ってんの新開君!なんで私がこいつと付き合わなきゃならないの」 「指差すなバカ女!こっちこそ委員長やるようなおせっかいと付き合うのは御免だ」 また言い争いを始めている。怒りに頬を上気させているみちるちゃんは、目が爛々としていて、なんだか普段より活き活きとして見える。 「靖友の理想は高いんだな。オレはみちるちゃんかわいいと思うけど」 言い争っていた二人がピタリと静止する。みちるちゃんは目をまん丸にしてオレの方を見つめてきた。机に頬杖をついたままみちるちゃんに笑いかけると、怒りとは恐らく違う理由で彼女の顔が真っ赤に染まった。うん、やっぱりかわいい。 「や、やだな新開君。冗談上手い!」 「冗談じゃないけど」 みちるちゃんは色恋沙汰には疎いらしい。きょどきょどと彷徨う視線が時折オレを見ては逸らされて、小動物のようで愛らしい。 「お前、目見えてねぇんじゃねぇのか?」 靖友が怪訝そうな顔をしてオレを見つめてくる。オレにもみちるちゃんにも失礼な奴だ。 「ま、靖友にはみちるちゃんの良さが分からないんだろ、おこちゃまだから」 みちるちゃんも大概おこちゃまだと思わないでもないけど。 わざとらしく、靖友に笑ってやると、分かりやすくむっとした顔をした。 「誰がおこちゃまだ」 「靖友にはみちるちゃんと付き合う器量もないってことだろ?」 「ハァ〜?コイツと付き合うくらい軽いっつうの」 みちるちゃんを指差す靖友にあからさまにむっとしたみちるちゃんは、その人さし指を掴んで横に除けた。 「荒北に、軽いとか言われる筋合いないし」 「ンだぁ?テメェも器の小せぇ奴だな」 「誰の器が小さいのよ、今だってちゃんと相手してあげてるでしょ?」 「相手してあげてるって、どんだけ上からだよ!」 「今だって付き合ってあげてるようなもんじゃないってことよ!」 うん、うるさいね。いい加減うるさいよ。オレは眠いんだ。 「良かったな、靖友。みちるちゃん、靖友をよろしくな」 オレは立ち上がって言い争っていた二人の背を押して、廊下へ押し出す。 「じゃあ、二人でごゆっくり」 ぴしゃりと教室の扉を閉めると、クラスメイトから暖かな拍手が沸き起こった。 こうして我がクラスの昼休みの平和は守られたのである。 「ごゆっくり、じゃねぇよ」 「いひゃい、らりふるんらやすほも」 靖友に頬を引っ張られ、現在愚痴られ真っ最中である。昼休み後、靖友と共にもどってきたみちるちゃんは目を真っ赤にして涙をこらえていた。当然クラス中の顰蹙を買った靖友は、あちこちからチクチク言われて鬱憤がたまっている様子である。 オレに教室から追い出された後、気恥ずかしくて教室には戻れず、昼休み終了まで中庭のベンチに二人で並んで座っていたのだという。恐る恐る声をかけても、いつもなら喧嘩になるようなことを言っても、顔を赤くしたままむっつりと黙り込むみちるちゃんが泣きそうに見えて白旗をあげたくなったということらしい。 「で、白旗あげたのか」 「…付き合うなんて冗談じゃネェって言ったら、急にオレのこと睨んできて、こっちこそ御免よって目ェ真っ赤にしててヨォ」 「靖友君サイテーですね」 女子泣かせるなよいい年して。オレもその片棒を担いだようなものだから心が痛む。 オレに言われるまでもなく靖友もそれは自覚していたらしく、両手で頭をガシガシ掻き毟りながら机に蹲った。 「女って分っかんねー…」 靖友にとってみちるちゃんは、委員長をやっている気の強い女子なのだろう。 みちるちゃんを傷つけてしまった。その原因の一端はオレである。なんとかして靖友をぎゃふんと言わせて、オレが悪かったと謝らなければならないだろう。 「…みちるちゃんさぁ、自転車競技部のファンなんだぜ?」 「…ハァ?ナーニ言ってんだ、頭沸いてんのか新開」 顔を上げてオレを見てくる靖友の視線は、オレの言ったことを全く信じていない。そのことこそが、靖友はみちるちゃんをまったく分かっていないという証拠である。 「部のファンな、靖友のファンじゃない」 オレが重ねて言っても、あーそうかよと返す靖友に、ちょっとした苛立ちを覚える。 靖友は知らない。みちるちゃんは言うなと言っていたし、そもそもオレだって最近まで知らなかった。 「じゃあ、オレと靖友のかわりに文化祭の設営と当日の当番してくれたのは?そもそも大会で不在のときに委員長押し付けられそうだったとこを、私がやるって言ってくれたっていうのは?合宿にかぶりそうだった補講をレポートに変えるよう交渉してくれたっていうのは?」 きっと、オレたちが知らないところで他にも色々手をつくしてくれているのだろう。 みちるちゃんは時々大会を観に来てくれている。それは遠巻きで、知り合いであるオレに声をかけてくることもなく、そっとしたものだけれど。最初にみちるちゃんに気付いたのは、尽八で。『隼人のクラスの委員長も来ていたな。控えめな女子も捨てがたい』と言う尽八の視野はどれだけ広いのだろうかと思ったものだ。 「大会観にきてくれてるってことは?もっと近くで観たらいいのにってオレが言ったら、靖友が嫌がるだろうからって残念そうに笑ってたことは?」 喋るといつも喧嘩になってしまうしムカツクことも多いけど、靖友の走りは好きだと言うみちるちゃんは、やっぱり残念そうに笑っていた。 「マジで?」 「嘘だと思うか?」 「…クソ!」 勢い良く立ち上がった靖友は、口をへの字にしながら教室の出口へ向かっていった。ちなみにみちるちゃんは現在教室には不在である。 「どうなることやら」 「聞くな」 「いや、まだ何も聞いてな…」 「聞くな」 十分後戻ってきた靖友の左頬には真っ赤な手形。炎天下でも日焼けしにくい靖友の白い肌に、クッキリと赤く映えている。 「久瀬と付き合うことになった」 「へ、へぇ…」 一体なにがあって、どういう流れで付き合うことになったんだろうか。頑なな靖友の横顔は質問を一切拒否していて、疑問は解消できそうにない。 「…女って分かんねぇ」 大きなため息を一つついて、靖友はバッグを肩に掛けて部活へ向かって行った。 SHR後に担任と喋るみちるちゃんは笑っていたから、結果オーライということで。 「…オレが言い過ぎた」 「別に」 「久瀬が嫌だとかそういう訳じゃネェ」 「へえ」 「…悪かった」 「…」 「オイ、謝ってんじゃねぇか!こっち見ろよ」 「あー、はいはい分かりましたよ。荒北教室戻ったら?」 「なんだソレ、かわいくねぇな!」 「どうせ私はかわいくないですよ、付き合いたくもないでしょうよ」 「!っんでそうなんだよ!オレが付き合おうぜって言ったら付き合うのかよ」 「付き合ってやるわよ!」 「だったら言ってやるよ、言われて怖気づくんじゃネェぞ!」 「言えるもんなら言ってみなさいよ!」 「じゃあ付き合おうぜ!」 「じゃあって何、最っ低!」 「痛ってぇ!!」 お題通り、恋愛感情はないけど付き合うことになったかんじです。 一番の悪いのはきっと新開さんですよ。 女って分かんねぇって言わせたかったんです…すみません… |