なあ、もう一回好きって言って 惰性。 私と金城の関係性を一言で表すならこの二文字に集約される。 なんとなく、一緒にいて心地よかった。金城は言葉数が多いわけでもなく、私もおしゃべりな方ではなかったけれど、同じ空間で過ごす時間はゆるやかで。 付き合うことになったきっかけは、憶えていない。少なくとも、どちらかが告白して付き合い始めたわけじゃない。付き合い始めて二年は経つ。それなりに彼氏彼女として付き合ってきたけれど、最近疑問が多くて。 私と金城はどうして付き合っているんだろう。 お互いに、好きだと言ったことも言われたこともない。キスだってその先だって、金城としたことがあるけれど。最近は一緒にいても虚しいだけ。 金城が部活優先なのは当然だと思っているし、自分を優先して欲しいわけじゃない。ただ、金城は私と付き合いたいと思っているのだろうかと最近とみに思う。私は金城が好きだ。今でも、目が合うだけで心臓を持っていかれそうになる。側にいたいし、もっと会いたいと思うけれど、自分のせいで金城を煩わせたくはない。金城が私を求めないのなら、付き合う必要はないのではないかと思うのだ。 「と、いうことで、別れよ」 約束をしたわけじゃなかったけれど、土曜の午後は金城の部活が休みだったので自然と私の家か金城の家で会うことになっていた。特に何かをするわけじゃない。去年はよくベッドに雪崩れ込んだりしたけれど、最近は部活で疲れているからか、それとも飽きたのか、それもない。各々勉強したり本を読んだりたまにDVDを観たりして、夕方には別れる。それの繰り返し。 今日も、そうだった。嗅ぎ慣れた、金城の家の空気と匂い。お互いに受験生、その上金城の夏はIH出場で潰れるからか、今日も二人でせっせと参考書を開いて勉強していた。時折交わされる、部活や近況報告のみが二人の会話。乾いた、静かな空気に温度や甘さはない。 そろそろ送る、と金城が勉強道具をまとめ始めたので、私は改まって正座して、立ち上がろうとする金城を呼び止めた。私にいつもと違う何かを感じたのか、金城は怪訝そうな顔をしながらも改まって座った。 「なにが『と、いうことで』なんだ」 眉間が寄っている。別れようと言ったら、あっさりと了承されるだろうと思っていただけに、少し嬉しく思ってしまう私はなんて馬鹿なんだろう。 「付き合ってたって、仕方ないじゃない。金城には部活があるし、今年最後だし、時間大切でしょ」 金城がわずかに瞠目した。ああ、しまったと思う。これじゃあ部活のせいにしているみたいじゃないか。 「違うの、そうじゃない。…付き合うって、こういうのじゃない。お互い好きだから、付き合うものでしょ」 テーブルの向こうで、金城が固まった。 カチコチと、時計の秒針が鳴っている。静かだ。 金城は、固まったまま私を見つめていた。その目が自分を映していると思うだけで、胸が高まる。痛いくらい強い視線が、微笑むと柔く優しくなることを私は知っている。触れてくる手のひらが暖かいことも、声が凛と通ることも、思慮深く不器用に真っ直ぐなことも。一緒にいられるだけで、嬉しかった。でも、付き合っているのにいつまでも片思いなのが苦しくて。 「オレを好きじゃない、ということか」 秒針が一周以上はしただろうころ、金城がようやく口を開いた。 「…金城が、私を好きじゃないということですよ」 少しむっとしながら、私は答えた。私のせいにされた気がした。すると、今度は金城の顔が気難しく顰められた。 「何故オレがみちるを好きじゃないという話になる」 「…もう、いいでしょ。最後に喧嘩とかしたくないし」 別れる理由が欲しいわけじゃない。私は、付き合う理由が欲しかったんだ。 掻き集めるようにして勉強道具をまとめ、バッグに突っ込んで、立ち上がった。もっと、綺麗に別れられるかと思っていたのに、想像は理想に過ぎないらしい。自分に苦笑しながら金城の部屋の出口を目指す。 けれど、歩き出した私の腕を掴んで止めたのは、当たり前だけれど金城だった。痛いくらいに掴まれて、拘束を外せない。私に触れてくる金城の手は、優しいばかりだったのに。 「オレはまだ納得していない」 座ったまま睨むようにして私を見上げる金城の目は、燃えるようだった。 「私はこれ以上話すことない」 きっと、私も同じような目で金城を見ているのだろう。別れるって、エネルギーが必要なんだなと他人事のように思う。 「オレにはある。座ってくれ」 しばらく黙っていたけれど、金城が私の腕を放す気配はなかったので、仕方なく金城と膝をつき合わせるようにして座った。ようやく、金城の手の力が緩んで解放された。 話すことがあると言った金城は、けれどしばらく黙っていた。黙って、俯く私を見つめていた。私は金城を見上げることができなくて、金城の膝と私の膝のくっつきそうでくっつかない小さな空間を見ていた。 「オレに原因があるなら言ってくれ。みちるを二の次にしてしまっているのは分かっているが、オレは…」 「だから、別に部活がどうとかじゃないって。私が金城を好きでも、金城が私を好きじゃないなら一緒にいたってしょうがないでしょって言ってるの」 金城を見上げることが出来ないままに、私は言った。金城に言いたいことが伝わらなくてイライラする。いや、金城は今の付き合いに疑問を抱いていないようだから、私と金城の考える彼氏と彼女というお付き合い方の形は違うのかもしれない。 「…言ってくれ」 唐突に金城が私の双肩を掴んだ。俯く私の視界に、金城が入り込んできて、真っ直ぐ見つめられた。かすかにかすれた低い声が、鼓膜ごと私を震わせた。 「もう一回、好きって言ってくれ」 徐々に金城の顔が近づいて、私の前髪が金城の額に掛かっても、金城は気にするそぶりをみせず、そのまま私の額は金城の額と触れ合った。 金城が私に何かを求めている、と初めて思った。見詰め合った金城の瞳は欲を孕んでいた。 「好き」 囁くように私が言うと、金城は鮮やかに笑った。 「もう一回」 鼻先が触れ合って、唇が触れそうな距離で、再度求められる。 「…だから、好きだって」 「みちるはただ惰性で付き合っているだけだと思ってた」 金城がまた、笑った。普段表情が硬いからか、整った顔が笑うと余計に色が増す。撒き散らされた色気に酔ってしまいそうだ。 「それでも他の奴のところに行かれるよりはマシだと思った。そう思うくらいには、オレはお前に溺れている」 耳に届くのは確かに金城の声で、つまりは言っているのは金城なのだろう。 「で、でも、最近抱き合ったり、キスしたりとかないし」 「オレが触ると、みちるが泣きそうな顔をするから」 我慢してた、と言うやいなや、金城は私の唇に甘く噛み付いた。背骨が軋むんじゃないかという位に抱きしめられて、金城の匂いに包まれる。 金城は、流れで付き合っていただけだと思っていたということか。それって、つまり…駄目だ、まとまらない。時折悪戯のように上唇や私の舌を噛みながら、金城の舌が口内を撫でる。その度に首の後ろのあたりがざわついた。空気を求めようと口を開くほどに金城の唇が深く合わさって、侵入される。与えられる熱にのぼせてしまって、何も考えられそうにない。 どれだけ経ったのか、最後に唇を吸われて金城の唇が離れた。金城の手のひらに促されて、顔を金城の胸にうずめる。微かに伝わる金城の心音が、懐かしくて、嬉しくて、泣きたくなった。こうして触れ合うのは、どれだけぶりなのだろう。 「好きって、言わないくせに…」 恨みがましく私が告げると、金城は私の米神に口付けながら笑った。 「好きだ」 笑い混じりに言われて、腹が立つ。どれだけ、私がその言葉にかつえていたか知らないくせに。なのに、こんなに嬉しいんだから余計に腹が立つ。 「みちるがオレを好きで、オレがみちるを好きで、だったら別れる理由はないだろう?」 幼い子どもに言い聞かせるような穏やかな口調で、金城は言った。 「…だったら、も一回言って」 金城の上着の裾を握り締めて私が乞うと、金城は抱きしめる腕を強めた。 「好きだ」 「もっと」 「みちるが好きだ」 「私も金城が好き」 しがみ付くようにして金城に抱きつくと、金城の手が私の頭を撫でた。 私たちには言葉が足りない。言わなくても分かるはずなんて、幻想だ。 もっと、言って。何回も。私も、同じだけ伝えるから。 なんか、この前の金城さんはおあずけだったので。 え、金城さんて弱ペダのアダルト担当でしたよね、たしか。 |