旧第1話 未知との遭遇

 「おーい、内田!パス!」
赤いユニフォームの少年がチームメイトに向かって叫ぶ。
「おう!」
内田と呼ばれた少年のパスが真っ直ぐキャプテンマークを付けた少年へ向かって行く。パスを受け取った少年はゴールに向かって鋭いシュートをした。ボールはキーパーの手をすり抜けゴールに刺さる。ゴールが決まるとグラウンド中に歓声が響き、試合終了のホイッスルが鳴った。
「やったなキャプテン!」
チームメイトが彼に駆け寄る。
「いやぁ、内田のパスのおかげだよ!」
キャプテンは謙遜する。
「これで一年対抗大会優勝だな!」
「これでお前の父さんもサッカーするの許してくれればいいんだけどな…」
仲間たちが彼に言う。
「うちの親父、剣道道場継がせる気満々だからな。」
キャプテンが少し怒っているように言った。
「でも、これで許してくれるはずだ!」
その時、ヒュオオオオ! と、彼に怪しい風が吹いた。
「なぁ、今強い風が吹かなかったか?」
「どうしたよ、キャプテン。そよ風しか吹いてないぜ?」
チームメイトが気のせいだと言うので、彼はそういうことにしておいた。

  彼の名は武者小路タツキ。サッカー部所属の中学校一年生である。この物語の主人公の中の一人だ。

 「つまり〜、タツキくんの〜回りには〜、闘気で風が〜吹いていた〜」
「いや、そう言いたいんじゃないんだよ。ってかマチ、お前帰り道こっちでいいんだっけ?」
マチと呼ばれた少女は左右にフラフラと揺れながら少し歩いてから立ち止まった。
「…あれ〜?」
「…大丈夫かよ…」
この少女マチルダ=ヴェンゼンハイデンは、普段はまるで寝ているかのように抜けているが、極稀に覚醒して普段とは比べ物にならない程の活躍をするという…何のアニメだ!(by タツキ)と言いたくなる少女だ。
「お前よく生きてこれたな?」
「マチは〜意外と大丈夫〜♪マチは〜これでも生きている〜♪」
(絶対大丈夫じゃねぇ!)
マチの帰り道はこちらで合っていたらしく、そのままフラフラと歩き始めた。

 サッカー部は昨日大会だったため部活が無く、マチは元から部活に入っていなかった。この時間にチームメイト以外と帰るのは久しぶりだとタツキは思った。いつもより早めの時間にも関わらず、秋の近づいた空は少し雲の多い夕焼け空だった。
(綺麗って程綺麗じゃないけど悪くはない夕焼けだな…)
だがそれは大会で感じた清々しい喜びの感情の中に、父との確執が産んだ黒い感情が混ざっている今の自分を思い出させた。そして少々センチメンタルな気分になった…が、空気を読めないマチによってその気持ちはかき消された。
「ねこちゃん!」
ふと後ろを見ると、白い猫が走っていた。
「あー、はいはい。猫だな。」
しかし、その猫は…
「ごめんね!足の間通るよ!」
「ア、すいません。今避け…え”!?」
なんと、その猫は言葉を発して、しかも謝りながらタツキの足の間をすり抜けて行った。白猫は2メートル程先でしまった!と言いたげな顔をして立ち止まった。
「あ!やっちゃった!!」
白猫はそのまま猛スピードで逃げ出した。
「い、い、い、今のって…」
「マチも〜この目でしかと見た〜♪これは〜マチの〜夢じゃない〜♪」
二人は相談した訳ではないのにも関わらず、同時に白猫を追いかけ始めた。

 「え、今にゃんこが喋って、逃げ出して、それを少年少女が追いかけて…え?何?どゆこと?」
タツキ達の一連のやり取りを見ていた一人の女子高生がいた。
「ちょまっ、ちょまっ、え!?」
頭が状況を整理する前に、彼女の足は走り出していた。
…………常人とは思えないスピードで。

 「ちょっと待ってくれよ!」
「ごめん!今急いでるの!」
白猫は待ってくれない。よくよく見れば、その猫は四肢に猫科の大型動物を思わせる大きめのグローブを装着しており、細い尻尾には今にも抜けそうな金色のリングを着けている。耳は普段近所で見る猫よりも長い。つまり、この動物はただの猫では…いや、猫ですらない可能性がある。
 電信柱を避け、肉屋の角を曲がり、ここいらでは(悪い意味で)有名な鉄琴ババア(語源には諸説あり)の家の前を駆け抜け、謎の動物を追いかけていく。
「どこ行くんだよー!」
「んにゃ…だから忙しいんだってば〜!」
得体のしれない生き物が急に逃げ出したら、追いかけるかこちらも逃げ出すかに決まっている。この二人と後方から信じられないスピードで追いかけてくる一人は前者のタイプだ。
「待って〜ねこちゃん〜……待てーーっ!!!!」
「!?」
「おお!マチが覚醒した!」
「待ちなさい!そこの猫っぽい動物!こら!待ちなさいったら!!」
「ひぃぃ〜」
猫(?)は豹変したマチと、人間離れしたスピードで駆け抜ける女子高生に怯えて半泣きになりながら逃げている。

「あの猫早ぇ〜…」
そう言いながら猛スピードで走る女子高生。タツキ達が大分遠くに行ってから走り出したにも関わらず、タツキ達を追い越しそうになっていた。しかし、 彼女は猫に集中し過ぎて周りが見えていなかった。そして…
「ぃやん!」
「ほげぇ!」
彼女は何やら柔らかいものとぶつかった。
「痛てて…」
女子力皆無の叫び声を上げたのも気にせず、相手を見てみると…
「いたいよ〜、ボクわるいことしてないのに〜!」
「は?」
なんとぶつかった相手は雫のような生き物、詩的に表現すれば月明かりから抽出した、月の光と力が込められた雫だ。
「何…だと…?」

「ハァ、ハァ…。どこにいるの…?」
猫は息が切れてなお、走り続ける。どうやら誰かを探しているようだって
「オーイ!誰か探してるのかー?」
「…」
猫は黙って逃げ続ける。どうやらタツキ達には事情を知られたくないらしい。
「ハァ、ハァ、ハァ…あ!ここだ!」
猫は探している相手を見つけたらしい。角を曲がって相手がいると思われる場所へ急いだ。
「あそこって…誰も行かない公園だよな…?」
「うん。壊れた遊具で怪我するかもしれないから、入っちゃダメだって…」
二人は周辺に誰もいないことを確かめてから、恐る恐る公園へ入って行った。

 鎖が今にも切れそうなブランコ、錆び付いたジャングルジム、色が剥げたゾウの形の滑り台…普段はこのような寂しげな光景が広がっている。しかし、この時だけは様子が違った。
「グルルルルゥゥ…」
「クソっ、成熟期相手はやっぱりキツイか…」
「!?」
なんと、公園のど真ん中に、悪魔がドラゴンの姿になったような化け物と、それと対峙する剣道の防具を身につけた、小柄な何者かがいた。よく見ると、剣道の防具を身につけた者は、爬虫類のような尾を生やしていた。その後方には、小さな太陽のような生き物を守るようにして、さっきの猫のような生き物が立っている。
「待ってて!今加勢する!」
「いや、お前はソイツに攻撃が当たらないようにしてくれ!」
「…うん!」
白猫は太陽のような生き物を抱えていつでも逃げられる、且ついつでも加勢できるようにした。
「成長期の分際で、俺に勝てると思っているのか…?傲慢な奴だ。」
「…」
「そこのテイルモンに任せた方がいいんじゃないのか?」
「いや、ここは俺が…」
「貴様は何故そこまで意地を張る?そんなに殺して欲しいのか?…」
「ブツブツ…お前は強くない、俺は強い、お前は強くない…ブツブツ…」
「何をブツブツ言っている?まあいい。お前から先に殺しても、皆殺しにすることには変わりはない。」
目の前で起こるあまりにも非現実的な出来事に、理解が追いつかない。これではまるでゲームだ。ゲームと現実をごっちゃにするような奴は、そうはいないだろうとその手の主張をする者達を笑うこともあったが、まさかゲームのような出来事が目の前で起こるとは思わなかった。もしかすると、ゲームと現実をごっちゃにしてしまっているとさえ思ってしまった。
「これ…何の漫画…?」
マチもかなり動揺している。自分達がおかしくなったと思いたいが、怯える小さな太陽、恐怖で震えているように見える小さな剣士、彼らを不安そうに見守る白猫、そして黒い竜の刺すような殺気。全てがあまりにも非現実的で、リアルだった。この場を支配している緊迫感と恐怖が、タツキ達にこれは現実だという事実を突き付けている。
「…お、俺だって!”進化”さえ出来れば…!」
「そう都合よく進化出来るはず……オイ!そこの人間!何故ここにいる!」
黒い竜はタツキ達に気付き、怒鳴り付けた。目の前の小物に気を取られていたために気付くのが遅れただけであって、ただ呆然として、立ち尽くしていたタツキ達に気付かないはずがなかった。
「ああっ!!!さっきの!もう諦めたか逃げてたと思ったのに!」
猫が言った通り、すぐに逃げれば良かったのだ。だが彼らの思考は黒い竜を見たときから新たに考えるのを止め、この状況を理解するのに徹していた。それも今は恐怖でストップし、何も考えられない。
「まあいい。人間が一人二人いようが何も変わらない。お前達!!俺がコイツを殺すまで、そこを動くな!」
言われなくても身体は動かない。まばたき一つできない。黒い竜は人間どもが動かないことを確認した後、長く黒い尾を振り抜いた。
「がふぅっ!」
ズザザァァ
「何だ。ただ軽く払っただけだぞ?」
「畜生…ファイヤーメーン!!!」
小さな剣士は飛び上がり、焔を纏った竹刀で切りつけようとする。しかし、
ベシィ!
竜によって地面に叩きつけられる。
「俺をこの場所へ誘導したのは貴様だ。ここなら勝てると思ったのか?周りの被害を減らそうと思ったのかもしれないが、人間どもが簡単に覗きに来れる場所だったようだな…。貴様の誘いにわざわざ乗ってやったんだ。もっと抵抗してみろ…!」
剣士は飛び上がっては叩き落とされ、立ち上がっては踏みつけられる。タツキ達はただ見ていることしかできない。
 コレハ夢?何ノ夢ダロウ。見タコトナイキャラクターダナ。
「ねぇねぇ、」
嫌ナ夢ダナア。スゴク痛ソウダ。ソウイエバ、サッキ動クナッテ言ワレテタッケカ。ッテコトハオレタチモ殺サレルノカ。嫌ナ夢ダナア。
「ねぇ!ねぇってば!」
誰かが呼ぶ声に気付き、はっと我に帰る。声の主を探すと、 先程の白猫のような生き物がタツキの制服のズボンの裾を引っ張っていた。
「お願い!手伝って!もしかしたら波長が合うかもしれないの!」
「…はあ?」
猫の突然の依頼にタツキ達は度肝を抜かれた。
「て、手伝ってって、無理だよ!私達が叶うわけないのに!」
いつもマイペースなマチでさえここまで恐怖している。
「わたしが行ったらダメなの!わたしが行ったら多分あの子を傷つけちゃうの!」
「ちょっと待ってくれってば!つーか話しが噛み合ってねえ!」
猫はごそごそと何かを取り出し、タツキに手渡した。
「はい、これ!多分あなたの方が波長が合う気がする!」
「え、何?説明して!」
渡された物は、どうやら何かの機械のようだ。小型の携帯ゲーム機に見える。
「迷っちゃダメ!殺されちゃうよ!」
「迷うもなにもどうすれば良いかわかんないだってば!マチ!俺今どーゆー状況!?」
マチはさっぱり分からないという表情で首を横に振る。
「早く早く早く早く早く早く!!!」
「あーーーーーーーっ!うっせー!わかった!わかったから!」
タツキは機械をの機能を確かめようと視線を動かした。その時、竜に痛めつけられる剣士の痛々しい姿が眼に入った。
(あいつ…あんなに大口叩いてた癖に、ボロクソにやられてんじゃねえか…)
小さな剣士は次は竹刀に雷の力を込めてそれを打ち付けた。しかし竜は痛くも痒くもないといった様子で鍵爪で切りつける。
(ん?今あいつ、籠手って言ったよな?あれは胴だろ?もしかして分かってない?それとも必死なだけ?)
「この姿じゃなきゃ…あの姿なら負けないのに…!」
「この期に及んで無い物ねだりか?もう飽きた。早く死ね。クズ。」
(無い物ねだり…)
足元で白猫が早く早くと急かす声も今は聞こえない。タツキの意識はすべて剣士と竜に向いていた。
(無い物ねだりの何が悪い。無いからねだるんだよ。欲しいからねだるんだよ。ねだっても手に入らないって分かるから、それを手に入れるために強くなるんだよ…。何でなりたい強さを目指しちゃ駄目何だよ!)
タツキの怒りの矛先は黒い竜から剣道で強くなることを強制する父へと向かっていた。
(そんな理不尽、ぶっ飛ばせよ。強くなりたいならなれよ…俺にそっくりな奴!)

一瞬の一筋の閃光。黒い竜の鱗を光が一瞬だけ白く染めた。
「コテモン進化…ムシャモン!」


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