第3話 アナタハワタシノコトオボエテル?(リメイク版)

 あなたは私のこと覚えてる?

 だよね、別れからたった数か月しか経ってないもんね。でも私にとっては千代ちよの別れと同義。いや、1000年じゃあ足りないくらいよ。そもそも、数値で表すこと自体が間違ってる。

 私、幼稚園の頃にあなたに言ったよね。「好きです」って。あの頃は遊びだったかもしれないけど今の私は本気だから。

 中学生の恋は恋愛の内に入らない? そんな大人ぶった上から目線の意見なんて知らない。感情の善し悪しを、正誤を、度合いを、どうして他人が測れるっていうの? 私のこの想いを誰かに評価なんて、絶対させるもんか。

 私は本気だ。例え、私を転校させた両親を裏切り、誰かが勝手に作った社会の枠組を壊し、世界そのものを破滅させる魔王になったとしても――

「ねえねえ」

 私はあなたを手に入れ、あなたに私を手に入れさせる。もう、「結ばれる」なんて次元じゃないの。

「ねえってばあ」

 ……さっきから窓をコツコツ叩く音と……部屋の中に直接響く声が、聞こえてくる。

「……驚かないんだね」

 窓、それも2階の外側にいたのは、黒い猫――それともネズミ――のような生き物だった。

「…………今は驚く元気もないの」

 こう言った私を、その「生き物」は心配そうに見つめてきた。確かに私は憔悴しきっていた。必要がない時はずっと、部屋着で、自分の部屋に籠って、こうして思案にふけって、暗い気持ちになって、いたんだから。肉体的にも精神的にも健康だとは言えない。
 私は何となく窓を開けた。別に開けなくても会話できていたし、そもそも私からその「生き物」に用がある訳ではなかったけど、何となく。すると、その「生き物」は私の頭に手を伸ばし、撫で始めた。なぐさめてくれているのかな……少し、なぐさめられた。

「ありがと。ところで、何の用?」

 用が無いのに、こんな不思議な生き物が私のところに来る筈がない。

「えっとね」

 黒いつやつやな毛並みの「生き物」は、少しもじもじしてから「何か」を私に差し出した。

「あのね、一緒に来てほしいの!」

 ……は?

「あなたとわたしはパートナーだから、いっしょに来て!」

 ……何を言われてるのかさっぱり分からない。さっきまで夢と現実のはざまに意識が飛んでいた私は、急に冷静になってしまった。

「ちょっと、何がどういうことなワケ? ちゃんと説明し……あ」

 私は無意識のうちに、差し出されたモノ――小さなゲーム機のような――に触れてしまった。次の瞬間、私の身体は今まで感じた事もないような強い光に包まれていた。



「あづい……」

 私の心の中を覗いている(私の心の中ではいる事になっている)皆様、ご機嫌よう。夏ですね。正確には夏の終わり、秋の始まりです。日本から残暑というシステムが無くなってほしいのでございます。

「死にたい……」

 今のはそのままの意味ではなく、『死にたくはないが、ここ最近の嫌な出来事を無かった事にしたい』くらいの意味です。最近あった嫌な事というのは
『制服に味噌汁ぶっかけ事件』の事です。おかげで、衣替えには早すぎるのに冬服で登下校せざるを得なくなりました。クリーニングに出しちゃったんですねこれが。
 で、なんで姉も妹も連れずに1人で歩いてるかっていうと、委員会って奴のせいです。ああ、忌まわしき人数制限と抽選よ。

「死ねばいいのに」

 今のもそういう意味ではなく、『死ななくてもいいけどもっと私に優しい世界になってほしい』の意味です。私のせいで誰かが死ぬなんて、本当に耐えられないのです。あってはいけないのです。せめて私の預かり知らぬ所で嘘です何でもありませんごめんなさい死なないでください。
 もうすぐ愛する我が家ですイエーイ。この暑さとは明日までおさらばだ!

「そこの君! 少し話を聞いてくれまいか」

 ……ハァイ! 怪しい声きました! 哀しい哉、聴覚のある生物の性として、私はその声を無視できませんでした。ところがどっこい。向いた先には私が予想していたような明らかに怪しい人物はおろか、そもそも人影がありません。あったのはよそのお家の塀です。

「ここだここ! 塀と塀の隙間!」

 その声は、実際にほんの僅かな隙間から聞こえてきます。私は顔目がけて何かが飛んでくる可能性を考え、せめて目だけでも守ろうと眼鏡をなんかこう、うまくやりながらそろーりと覗き込みました。

「そこまで警戒されるとは思わなかったぞ」

 私に話し掛けてきたのは、横長の少し昔のあのゲーム機が、小さくなって突起が増えて色がどぎつくなった感じの機械です。しかもイケボ。

「あの、何か御用でしょうか……」

 御用が無い筈ないんですけど、まあ、とりあえずはこう聞きますよね。

「そう。その通りだ。君! ちょっと不思議な世界で大冒険してみたりとか、世界を救ってみたりとかしたくはないか?」

 最近のた●ごっちはハイテクだなあ。

「はい、そうです……」

 何故私はたま●っちと会話しているんだろうか。本当に異世界に行けちゃったりしたら、それはそれで万々歳なんですけどね!!

「よし! では行こう今すぐ行こう!」

「はい?」

 全国の親御さん、ここに今時、幼稚園児でもわかるような「知らない人についていかない」という約束を守れなかった馬鹿がいます。こうして私、風峰優香は冒険の旅にれっつらゴーしてしまった訳であります。



 本日は晴天なり。気温は相変わらず30℃弱。妹1号は委員会。2号は……不明だけど、ワルがあの子に合わせられる訳ないから大丈夫よね。

「うわあああああああ」

 私がクーラーの効いた涼しい部屋で麦茶を嗜む一方、パパは暑い庭で悲鳴を上げている。

「もう嫌やこんなん!」

 パパがいくら嫌だと思っても、仕事なので辞めない限りは止められない。残念だけれど。
 パパは技術者兼研究者……らしい。「らしい」というのは私達もよく知らないから。設計図をどこかの企業に売ったり、技術協力者として開発に参加してたりするとかなんとか。正直、庭で1人で組み立ててるよく分からない機械がどう役に立っているのかは分からない。
 そんなパパが絶対に手を出さないのが自動車関連。日本で栄えているのは自動車工業なんだから、素直になってもいいと思うのだけれど、パパは頑なに依頼を断り続けている。トラウマのせいなのか。罪滅ぼしのためなのか。後者だとしたら、パパは大きな思い違いが元になった、的外れな方向性の努力をしていることになるわ。だって、ママがいなくなったのは私のせいなんだもの。
 ……湿っぽい話ばかりしてたら蒸し焼きになってしまうわ。

「ギャー! 取れたー!」

 パパは不器用な方なのに、気が付けば形になってるものを作るから不思議よね。さて、優香が帰ってくる前に『週刊世界のサワダ』の付録を組み立ててしまいましょう。……あら、何かしらコレ。パパの試作品かしら。ついにゲーム機も作り始めたのね。うっかりタダでもらえたりしないかしら。ポチっとな。

「おい、テメエ。俺の声が聞こえ……は?」

 は? はこっちのセリフよ。気が付けば私は、不思議な光の中に飲み込まれていた。


「……冷香? 冷香!! ……お前までいなくなってもうたら……。無事に帰ってきいや……」



 瞬きをしたらそこは、私の部屋じゃなかった。一言で言えば、森の中。ビリジアンの絵の具よりも深い緑の木々と、そこに混じるオレンジや赤の草。紫色のツタ。はっきり言って、毒々しかった。そして、私の目の前にそびえ立つのは……大きな古いお城。

「ここ、どこ?」

「ここはね、ダークエリア!」

 足元から声がする。

「……ダークエリアって、どこ?」

「ダークエリアはね、デジタルワールドにあるの!」

 さっき出会ったばかりの不思議な生き物が、私の知らない単語だけで説明している。

「だからそのデジタルワールドとかって何って聞いて……誰!?」

 私達以外にも、近くに人がいる? 気配の正体は案外、すぐ近くにいた。それも4人……人?
 まず、2人の女の子。1人は暑いのにセーラー服のメガネの子。もう1人は紫のロングストレートヘアで、水玉模様の服の子。向こうも私に気付いたらしく、黒い子に会釈されたので私も返した。
 問題なのは残りの2人。「人」の後に「?」がつくのは、それが人に似てはいるけど明らかに人間じゃないから。
 片方は形は殆ど人。でも身長は紫の子の2倍以上あって、肌も青い。腕なんかは黙ってても地面に着きそうだ。マスクや髪で顔を隠してるし目つきもかなり悪いけど、多分イケメン。
 で、問題はもう片方。とにかく尖ってる。髪っていうか後頭部? も尖ってるし、目? も石みたいになってて尖ってるし、口もくちばし……的な感じで尖ってるし、顔の横から謎の突起が出てる。ついでに言えば、爪も尖ってる。おまけに服装もやたらハデ。となりにいる黒い子とは真逆と言ってもいいくらい……アレ!? なんで私のところに来たのは可愛い生き物なの!?

「よくぞ我が呼び掛けに応えた! 反逆者レジスタンス達よ!」

 何? 突然、どこからか――多分、城から――しわがれた声が聞こえてきた。

「さあ! 我が城へ!」

 まばたきをすると、私達は城の外ではなく、中にいた。

「え、嘘? なんで?」

 しかもいつの間にか、豪華なテーブルの前に座らされている。一瞬の間なのに、これじゃあまるで魔法みたいじゃん。

「選ばれし子供達よ。さっきも言ったがよく……」

「いや、誰ですか?」

 声の調子、そして「明らかに悪そうなおじいさん」という見た目から、さっきの声の人だっていうのは分かる。でも、呼びかけに応えた覚えとか無いです。

「デジモンの話を最後まで聴かんとは、なんと無礼な小娘じゃ……」

 このおじいさんが言うことももっともだけど、マジで誰なのあんた。

「まず儂の話を聴け! 儂の事とかこの世界の事とか説明してやるから!」

 おじいさんは、咳ばらいをして気を取り直してから威厳たっぷりに語り出す。

「我が名はバルバモン。『強欲』の罪を司りし七大魔王が一人じゃ」

 ……うん。早速イミ分かんない。

「ふうん……。帰る」

「待て待て待て待て! まだ名前しか言っとらんじゃろうが!」

 ドアに向かって歩き出していた私は、バルバモンとかいうおじいさんに引き留められた。

「帰るも何も、自力じゃ帰れんじゃろ!」

 そうだ。ここはこの猫っぽい生き物曰く、『でじたるわーるど』の『だーくえりあ』だった。私はしょうがないので、もう一度席に着いてあげた。

「ここはデジタルワールド。お前たちが使うインターネット、その裏側にある異世界じゃ」

 …………異世界!?

「見て分かると思うが、儂らは人間ではない」

 こんな人間がいてたまるか。

「儂らは『デジタルモンスター』、縮めて『デジモン』じゃ」

 バルバモンじいさんの長〜い話を要約すると、こういうことらしい。
 この世界は『デジタルワールド』といって、文字通りデジタルな世界。ここには『デジタルモンスター』略してデジモンという、やはりデジタルな生き物が住んでる。ここ『ダークエリア』は地獄と魔界を足して2で割ってない感じの所らしい。なるほどどーりで魔王みたいなのがいるワケだ。

「『みたいなの』じゃない! 本物の正真正銘の実在してる魔王じゃ!」

 私たち人間とデジモンは、それぞれに1人ずつ『パートナー』がいる。で、私たちを呼んだのがそのパートナー……

「待って!? おかしくない!? この組み合わせとか私だけ人型ですらなかったりとか色々おかしくない!?」

「うるせえ! 俺だってこんな小娘がパートナーだって信じたくねえよ!」

 なんか、覆面の人に怒られたんですけど。めんどくさいから無視して続けよう。
 今、デジタルワールドでは『三大天使・ロイヤルナイツ連合軍』っていうあからさまに正義アピールしてる集団と、バルバじいちゃんがいる七大魔王(今は4人しかいないらしい)が、それぞれ光と闇のデジモンを率いて戦争をしている。

「千年前の話じゃ……。儂は、どこにでもいる普通のカラテンモンじゃった……」

 ここからおじいさんの身の上話が始まる。

「儂はある日、この姿に進化したんじゃ。進化した「だけ」じゃった!」

 そう。おじいさんは進化した「だけ」。バルバおじいちゃんは進化しただけだった。何故なら、次の瞬間封印されてしまったからだ。

「理不尽じゃろ? 奴らは、三大天使は、「七大魔王だから」とそれまでの儂を見ず、種族だけを見て儂を封じた!」

 バルバおじいちゃんの手が怒りで震えている。深刻な話の筈なんだけど、デジモン達はもう聞き飽きてるらしい。全然聴いてないもん。

「儂は復讐を誓った……種族至上主義の差別主義者どもに! 奴らは自分達の長でさえ、姿が変われば討伐対象じゃ。モン種差別じゃモン種差別」

 モン種……ああ、こっちでは人種の代わりにモン種って言うのね。

「今は休戦協定を結んでおるが、奴らの事じゃ。虎視眈々と儂らの隙を狙っているに違いない。そこでじゃ!」

 カツーン!
 いきなりバルバじいちゃんが、杖で床を鳴らした。

「優れたデジモンと、その力を存分に引き出せる人間に、助っ人になってもらおうと考えた! そしてその選ばれし者とは……」

 ビシィ!
 おじいさんは杖を勢いよくこちらに向けた。

「そう! お前達なのじゃああああああ!」

「おー」

 何故か歓声が上がり、拍手が起こった。いいのか眼鏡とロングヘア!? いいのか!?

「む、その顔は「どうして私たちじゃなきゃいけないワケ!?」という顔じゃな」

 分かってるんかい。

「そう。ダークエリアはそもそも強者揃いの場所。何故、その中からこやつらが選ばれたのか。それは、パートナーたるお主らに…………他の人間には無い、特殊な能力があるからじゃ」

「特殊能力?」

 私に、特別な力が?

「この世界の中心と言っても過言ではないホストコンピュータ、『イグドラシル』。その権限によって、デジモンに一味違った恩恵を与えられるものが存在する……それがお前達じゃあああああ!」

「おー!」

 また歓声が上がった。ノリがいいなこの人たち。

「お前達は圧政に対抗し、革命を起こすレジスタンス! という訳じゃ!」

 へー。ふーん。…………帰ろ。

「待て待て待て待て待て待て!! ここまで聴いておいて帰るってどういう事じゃ!?」

 気付かれたか。調子に乗ってる今なら気付かれないと思ったのに。

「いや、勝手にやってくださいって感じ。他に2人もいるし。っていうか、私のパートナーだけその、猫? だし」

 張本人、いや、張本モン? は私が言う事が分かっているのかいないのか、可愛らしく顔をかしげている。

「なんじゃ、最近の娘っ子はやっぱりイケメンがいいのか」

 イケメン……イケメン?

「私を見て疑問符を浮かべたな? セニョリータ」

 うわ、何このトンガリ頭キモ。

「このブラックテイルモンはなんと! 強力なデジモンに進化する可能性を秘めている! 無限大の未来が広がっているんじゃ!」

「知らんわ!」

 私はつい怒鳴ってしまった。だって本当に知ったこっちゃないんだもん。

「確かに私達は何の説明も無く連れて来られたわ」

「話聞かなかったのはテメエだろうが!!」

 何やってんの?

「私はちゃんと許可を得たぞ。なあ?」

「……」

 なんで冷や汗流してるの!?

「そもそもだ、別に人間なんざいなくても俺だけで十分だろうが」

「ほら! ターバンの人もそう言ってる!」

 頑張れ私とターバンの人!

「お主、パートナーがいる事によって、どれほどの力が得られるのか知らんのか? この世の全ての知識を手にしているのに? 無知じゃの〜宝の持ち腐れじゃの〜」

「て、テメエ……!!」

 論破されたのあれ!? 早くない!?

「大体お主らなんじゃ!? なんなの!? 儂の話聴いて可哀想と思ったりしないの!?」

「思ったけどそれとこれとは別!」

 同情ついでに関係無い争いに巻き込まれてたまるか。

「そんな危険なマネできるワケないでしょーが!」

「大丈夫! 君達の側にはほら、デジモンがいる!」

「全然興味惹かれないからそのキャッチコピー!」

 なんてノリが無駄に良くてムカつくじいさんなんだ。

「じゃあそっちはどうするつもり!?」

 私は女の子たちに助けを求めた。いきなりパスが飛んできてビビッているのか、黒い子がビクッと肩を震わせた。

「あ、あ、えっと、その、私じゃなきゃだめならっていうか、他にいないなら大丈夫っていうか、その」

 あ、この子イエスマンなんだ。

「もし私じゃなきゃ駄目なら大丈夫です…………面白そうですし」

 おい、今、小声で何か言ってたぞ。

「私は反対よ。私だけならともかく優香を危険な目に合わせる訳にはいかないわ。それにパパの目の前で移動しちゃったし」

 その通り! ってあれ? ところどころに不穏な言葉が……。

「家の事なら心配せんでも良いぞ! お主らの周辺の人間には、お主らが留学して、ホームステイをしているという記憶を植え付けておいた」

「なんで過去形なの!?」

 逃げ道がどんどん無くなっていく。帰りたい帰れない。

「それに戦うのはこの手練れの戦士たちじゃ! だから安心!!」

 ターバンの人、これ以上無いってくらい嫌そうな顔してるんだけど、いいのか!?

「あら、それなら安心ね」

 どこが安心なの!? 結局一緒に行動するんでしょ!? この得体の知れない世界で!

「もう帰る! 何が何でも帰る!」

 なんかもう、子供みたいだけど、こうなりゃ意地だ。なんとかして帰ってやる。

「……そうじゃ。あの憎きセラフィモンの奴が、儂と同じように人間の子供を召喚したらしい」

 ジジイがまた何か言ってる。私の気を引くつもりなんだろうけど、そうはいくか。

「儂らに対抗する気なのじゃろう。その子供というのが、ルナモンを連れた生意気な小娘」

 生意気な小娘って、随分アバウトだな。

「コロナモンを連れた西洋人と東洋人の合いの子」

 ハーフって言えばいいのに。

「そして、奇妙な事にコテモンとテイルモンの2体をパートナーとしておる……」

 だからデジモンの名前出されても知らないって。

「赤いさっかあゆにふぉおむの小僧じゃ」

 赤いサッカーユニフォーム?

「ねえ! その男の子の名前は!?」

 私が突然、興味を持ちだした事に驚いてる人もいるみたいだけど、そこに構っていられない。

「えー、最初の小娘が鈍器みたいな名前で、次がマチだかマキコだか、小僧がえー……武者なんとかといったかな?」

 赤いユニフォームに「武者」が付く名前。おまけにマチって名前のハーフの子が側にいる。間違いない。タツキだ!

「ねえ」

 私はテーブルに乗り上げた。行儀が悪いとか気にしない。行儀なんてどうでもよくなる事実が、目の前にあるんだから。

「もし私が協力してあげたら、その子に会える?」

「奴らの目的は儂らを滅する事。いずれは雌雄を決する日が来るじゃろうな」

「……分かった。協力してあげる」

 黒い猫みたいなデジモンの表情が、見て分かるくらいに明るくなった。

「ありがとー!!」

 その生き物はぴょーんと私の胸に飛びついてきた。良いことするのとお礼を言われるのは気持ちいいなあ。

「おいちょっと待て! なんだその心変わりは!」

 ターバンの人がなんか言ってるけど気にしない。私レジスタンスだもん。

「よろしくね! えーっと……」

 そっか。自己紹介がまだだったのか。

「私は摩莉。摩耶乃摩莉。よろしく、ブラックテイルモ……長い!」

 長い! 噛む! 一々これで呼ぶのはキツい。

「ねえ、それって種族名なんでしょ? 名前っていうかあだ名つけていい?」

 さっき、バルバおじいさまは「カラテンモンだった」って言ってた。つまり、進化してしまえば種族名が変わってしまうのだ。そう考えると一貫した個人の名前を付けておくのも悪くないかもしれない。

「わたしだけの名前? うん! いいよ! おねがい!」

 お願いされてしまっては名付け親になるしかない。しかし、すぐには思いつかない。ペットの名前を付ける以上に大切なことだから、慎重にいかなきゃ。という気持ちがあるせいで余計に思いつかない。

「……何か、ない?」

 私はまたもや女の子2人組にパスしてしまった。さっきといい、本当にごめん。

「優香、パス!」

「えっ、……『フレイヤ』なんてどうですか? 北欧神話に出て来る、愛や美、戦いの女神です」

 愛の女神……いいじゃん。私に、じゃなくてこの子にぴったりだ。

「じゃあ、フレイヤで」

「フレイヤ……フレイヤ! かわいい! ありがとう!」

 喜んでもらえたようで、なによりだ。

「おい、本当にあれでいいのか? モロ被りだろ……」

「私も気になるが、本物のヴァルキリモンに会う事はないだろうから何とかなるだろう。多分」

 後ろで男たちが何か言ってるけど気にしない。私とフレイヤの輝かしい冒険の前にはそんなこと些細なこと。

「私達も自己紹介が必要よね。私は風峰冷香。この子は三つ子の妹の」

「か、風峰優香です……」

 ここに来る前から2人は知り合いだったんだろうとは思っていたけど、そうか。姉妹だったのか。……ん? ”三”つ子?

「可愛い三女は、残念ながら来ていないわ。残念ながら」

 どうして1人だけ来ていないんだろうと思ったけど、恐らくバルバモンの言う『特別な力』の有無に関係しているのだろう……で、後ろでポーズを決めている変な顔の生き物は何なの?

「私はマタドゥルモン。アンデッド型のウィルス種で世代は完全体。そこな優香嬢のパートナーだ」

 マタドゥル……マタドールってコト? その服、闘牛士のアレだったの!? 言われてみればそう見える。で、そこのイケメンな覆面さんが消去法でいくと……。

「バアルモンだ」

「どうも、私のパートナーらしいわ」

「…………」

 ちょっと、険悪になるの早くない!? バアルモン明らかに機嫌悪くない!? そして優香とマタドゥルモンの方は距離詰めるの早くな……違った。マタドゥルモンが一方的にくっついてるだけだった。

「わーい! みんな、よろしくね!」

 フレイヤは場の空気を読めるほど育ってないみたい。とってもはしゃいで、心の底から嬉しそう。……大丈夫なのかコレ!?
 そう言えば、この恐ろしく統率がとれてないチームが「大丈夫」と言われている理由について、まだ聞いていないのを思い出した。

「ところで、私たちの『特別な力』って何?」

「それは……秘密じゃ」

 舐めてんのかこのジジイ。私はタツキにはとても聞かせられない感想を抱いた。

「それは! 自分の目で確かめてみよう!」

「ねえ!? デジモンの皆はなんでこんないい加減なおじいさんのトコに来たワケ!?」

 おかしい。このおじいさんおかしい。そして話に乗っちゃった私たちもみんなおかしい。

「俺だって不本意だって言ってんだろうが! 俺はロイヤルナイツの奴らが憎くて仕方ねえだけだ!」

 なるほど。バアルモンはロイヤルナイツと何か因縁があって、これをチャンスだと思って利用しているのか。……どうでもいいけど、バアルモン何かにつけて不本意だって言ってるな。

「私は常々、ダークエリア外にいる強者達と闘いたいと考えていた。そこへバルバモン殿が私をスカウトしに来た、という訳だ」

 どうもこの男、見た目や態度によらず、戦闘狂というやつらしい。漫画の中でしか見たこと無かったけど、まさか実在するとは思わなかった。

「わたしはね、えっとね……パートナーに、会ってみたかったの。それでね、一緒にいたかったの!」

 ここで、私は不覚にもキュンときてしまった。犬派の私も胸を打たれる可愛さだ。分かるよ、その「会いたい」って気持ち。死ぬほど分かる。
 不安要素がいくらあろうと、このメンバーで戦うことは決まってしまった。もう、後戻りはできない。……する筈がない。だって、あれほど追い求めていた存在が、目と鼻の先にあるんだから。

「それでは諸君! にっくきセラフィモンやロイヤルナイツの根城を目指し、奴らに怒りの鉄槌を食らわせるのじゃあああああああ!!」

 こうして、少女とデジモン達の物語は幕を開けたのじゃった――


 なんか、地の文取られたんですけど。


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