少年はそのまま異世界へ 後編(リメイク)

「俺は……」

 愛一好やマチの言う通り、自分達が戦わなければ多くの人間やデジモンが命を落とすだろう。それでも、命を自ら危険に晒したいとは思わない。自分の命だって大切だ。

(……待てよ、俺、さっきもこんな感じの事考えてたよな?)

 そうだった。俺はあの時、一人で戦うコテモンを見て"逃げたくない"って思ったんだ。"あいつ"を一人で戦わせちゃ駄目だって、思ったんだ。どうしてついさっきの事なのに忘れてたんだろう。俺は、逃げて"こいつ"を一人にしちゃ駄目なんだって、 あの時もう決めてたじゃないか……!今も一人で戦おうと皆を逃がそうとするこいつに、ほんの少し憧れてほんの少し助けたいって、思ったじゃないか……!

「俺も、戦います」

「はあ!?」

 コテモンが驚愕した。

「何でだよ!? 餓鬼は家に帰れよ!?」

「愛一好さんやマチが言ってた事も勿論あるけど、それ以前にお前を一人で戦わせたくないからだよ!」

 只でさえ丸いコテモンの目が、より丸くなったように見えた。

「は? 俺を一人には出来ないから? それこそなんでだ――」

「その返事を聞けて良かった。では、『デジヴァイス』についての説明に移ろう」

「は? ここで割り込むか普通?」

 コテモンの言葉は遮られたきり、続く事はなかった。

「デジヴァイスって、この機械の事ですか?」

 タツキはテイルモンから渡された機械をセラフィモンに見せた。名前の響きからして、恐らくデジモンに関係のある物だろうと考えたからだ。

「そう。それこそがデジモンと人とを繋ぐ装置、デジヴァイスだ。このタイプのデジヴァイスには、人間の感情データとデジモンの体を構成するデータの接続、デジタルワールドとリアルワールド間の移動の2つの機能がある。武者小路タツキ、君が先程コテモンを進化させる事が出来たのは、デジヴァイスが君とコテモンを繋げ、君の感情によってコテモンそのものを構成するデータ量を増幅させたからだ」

 タツキはいくら力を込めてもうんともすんとも言わなかったデジヴァイスが、自分の感情が昂った途端作動した事を思い出す。

「俺がそいつを進化させられたって事は、俺のパートナーって……」

「そう。御察しの通り、君のパートナーはこのコテモン……と、テイルモンだ」

 テイルモンは満面の笑みで、コテモンの諦めたような表情でタツキを見る。

「あなたが、わたしのパートナー! やったあ! よろしくね!」

 テイルモンは軽快にぴょんとタツキの胸元へ向かって跳び跳ねた。

「お、おう! よろしく……ってあれ? パートナーって一人につき1体じゃ?」

「その通りだ。パートナーは"通常は"一人1体。だが武者小路タツキ、それこそが君に与えられた特殊能力だ。君にはパートナーが2体いる」

 パートナーが2体……タツキは自身の能力を反芻する。パートナーが2体……

「それって、凄いんですか?」

 確かにこれは通常とは違う。だが、だからと言って言うほど特殊ではない。言ってしまえば地味であった。

「パートナーが二人という事は、その分戦力が増え、戦略の幅も広がるという事だ。決して無駄な能力ではない、寧ろ有用な力だ」

 セラフィモンにそう諭され、タツキは一先ずは納得した。否、納得する事にした。

「二人組どころかチーム行動なのかよ……」

「やったあ! 仲間が沢山!」

 タツキ以上に露骨に落ち込むコテモンと、 大喜びするテイルモンのコントラストが嫌に印象的だった。

「マチルダ・ヴェンゼンハイデン、君のパートナーは彼だ」

 セラフィモンに紹介されておずおずと前に進み出たのは、あの時テイルモンの後ろで守られていた、小さな太陽のようなデジモンだった。

「さ、サンモンです……! よろしくお願いします……」

 彼は大人しい性格らしく、少し恥ずかしそうでもあった。橙色の頬が、ほんの少し朱に染まっているのが分かる。

「あなたが〜、私の〜パートナ〜♪ よろしくね〜、マチって呼んでね〜」

「……あれ?」
 
 再びのほほんとした喋り方に戻ったマチに、サンモンは困惑しているらしい。マチがセラフィモンからデジヴァイスを受け取った瞬間、サンモンの体は見覚えのある光を放ち始めた。

「え? これって、もしかして進化……?」

 光が収束すると、サンモンの姿は小さなマスコットじみたものから、ライオンの子供のようなものに変化していた。

「コロナモンに進化したようだな。幼年期は、パートナーとの絆が産まれた時点で進化する事があるらしい」

 セラフィモンが上から覗き込みながら言う。

「そして、君の能力はパートナーの回復だ」

「この子が怪我をしても〜、治してあげられるって事ですか〜?」

「そうだ。だが回復には君自身の体力を使う。それに傷を癒せるという事は、無理をさせやすいという事だ。くれぐれも気を付けてくれ」

 マチとセラフィモンのやり取りを見ながら、タツキは自分の力はやはり地味なのではないかと思い直した。

「質問でーす! 私はデジヴァイス持ってないのにこの子進化したんですけど、それってどういう事ですかー?」

 愛一好が急に手を挙げ、セラフィモンに問い掛ける。

「ふむ……君は、何かしらの電子機器を持ち歩いてはいないか?」

「……これっすか?」

 愛一好は通学用の鞄の中から、スマートフォンを取り出した。

「おそらくそれが、擬似的なデジヴァイスとして機能したのだろう。折角だ。そのスマートフォンの中に、デジヴァイスとしての機能を使えるアプリをインストールしておこう」

 セラフィモンが手をかざすと、スマートフォンのホーム画面に愛一好が見たことの無いアプリが追加された。

「えっ!? どうなってんの!? 天使パワーすげえ!」

 デジタルモンスターというだけあって、スマホのような電子機器への干渉はお手の物らしい。

「斑目愛一好、君の能力はパートナーの身体能力を1.5倍に出来る」

「すげえ! 1.5倍!……2倍になったりとかぁ、しないっすかねえ……?」

「しない。それが君の力の全てだ」

「冷たい……! なんだこの人、さっき冷たくした仕返しか……!?」

 自らが無茶な要求をした事は棚に上げ、愛一好は狼狽えた。このやり取りの間、愛一好に抱き抱えられていた跳兎はというと、

「ドンマイ」

 とまるで他人事のように愛一好を慰めていた。

「ところで〜、跳兎ちゃんって〜、愛一好さん命名ですよね〜?」

「うん。そうだよ。だって、デジモンって同じ種族が沢山いるらしいじゃん?種族名そのまま呼んだら、自分ちの犬をヨークシャーテリアって呼んでるみたいじゃん?だから名前あった方がいいかな〜と」

 例えはさておき、愛一好の考えはマチにとって納得のいくものだった。世界において重要なデジモンであるセラフィモンでさえ、代替わりを繰り返し、時には三大天使ではない別個体のセラフィモンがいる事もあるらしい。何処にでもいるような成長期であるパートナー達には、個体識別のためにも名前があった方が良いだろう。それに、名前があった方が愛着がわく。という理由で、パートナーの命名大会が始まった。

「サンもコロナもお日さまに関係あるから〜、陽! 太陽の陽!」

「陽……!」

 陽は、コロナモンでもサンモンでもない、自分だけの名前を復唱する。喜びを噛み締めているかのようだった。

「こいつらはどうするかな」

 タツキは新しい友の名を考えている。まずは、テイルモンから……

「クラリネ! うちで飼ってた猫ちゃんの名前!」

 タツキの思考を遮ってマチが叫んだ。

「クラリネ! かわいい! ありがとう!」

 タツキは出来れば自分で名付けてやりたかったが、クラリネ本人が喜んでいるようなので良しとした。

「あー、俺はいい」

 コテモンの態度は相変わらずだった。彼はそっぽを向いて、輪に入らないという意思表示をする。

「じゃあお前は、村正な」

「はあ!?」

 コテモンの意思は、あっさりと無視されてしまった。

「正宗の方が良かったか?」

「そういう問題じゃねえよ!」

「だってお前、セラフィモンみたいな究極体ならともかく、成長期はこれからどんどん進化して姿も種族名も変わるんだから、呼び方が一貫してた方が良いだろ?」

「一番喜んでる奴成熟期だし、俺は本当は成長期じゃねえし……ああもう分かった! もうそれでいい!」

 村正と名付けられたコテモンは、ブツブツと何かを呟いた後、遂に折れた。最後の一押しをしたのはタツキではなく、彼自身のようだったが。



「タツキ、君に渡しておくべき物と、教えておくべき事がある」

 セラフィモンが、神妙な雰囲気でタツキに語りかけてきた。

「はいはい、大事な事は後回し後回し。もう慣れましたはい」

 後ろで何か言っている愛一好を軽くいなし、タツキは返事をする。

「はい、何ですか?」

「うむ、これはそこのクラリネに関する事なのだが……」

 猫が顔を洗う仕草をしていたクラリネは、自分の名前が話題に上ると不思議そうに首をかしげた。

「彼女の進化に関するデータには異常がある。これまでも進化のスピードに異常があったようだが、気になって検査を行った所……彼女は、完全体になれないようだ」

「完全体に、なれない……?」

 タツキ達の間に静かな衝撃が走る。デジモンが強くなるためには、進化は避けて通れない。だが、彼女にはそれが出来ないというのだ。

「成熟期から完全体になる事が出来ないだけで、究極体になれない事はないようだ。だが、究極体になるには相応の時間が掛かる。そこで、『デジメンタル』の出番だ」

 セラフィモンの声に合わせ、卵のような形の物体が、どこからともなくタツキの目の前に飛んできた。

「デジメンタルはデジタルワールドに伝わる秘宝。これはその中の1つ、『光のデジメンタル』だ」

「デジメンタル……これがあれば、しばらくは進化出来なくてもなんとかなるって事ですか?」

 タツキの問いに答えるようにセラフィモンは頷く。

「そうだ。デジメンタルは一部のデジモンを『アーマー進化』させる事が出来る。クラリネは現時点では最も強いが、彼女でも倒せない敵が現れた時、またはテイルモンの姿では出来ない事がある時、それを使うといい」

 これがあえば、クラリネも力不足になる事が無く戦える。一同は安心感に包まれた。そしてセラフィモンは、選ばれし子供達とそのパートナーに向き直る。その姿は鎧の印象と合間って神聖かつ険しく、天使と呼ぶに相応しいものだった。

「少年少女よ、もう一度訊く。……この世界を、人間とデジモンの2つの世界を、救ってはくれないだろうか」

 タツキ達の答えはもう決まっていた。

「勿論! 絶対に魔王からこの世界を、守ってみせます!」

 そう答えた彼らの胸の中では、これから始まる冒険の物語への期待と、戦いに身を投じる事への恐怖がせめぎ合う。彼らの運命はまだどう転ぶかは誰にも分からない。だが、彼らは確かに自分の意思で、自らの運命を決定付ける最初の1歩を踏み出したのだった……。


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