第4話 天邪鬼コンフリクト 前編

 今日はいい天気。気温もそれほど高くなく、秋の高く澄んだ空が見える。タツキは窓を開いた。秋の涼しい風だ。今年もこの季節がやって来た……違うのは、後ろで喧嘩している二体のデジモンがいる、ということだ。

「最後の一枚が……最後の一枚がぁ……!」

「だって取るの遅かったじゃん」

「……貴様あああ! おのれえええ!」

 ドタン!バタン!ゴロゴロゴロゴロ……
 実に騒がしい。恐らく下の階にも響いていることだろう。だが、家族がタツキが一人で暴れているのかと、心配して見に来る事はない。寧ろ……ガチャ。

「はーい、クッキーまだあるから喧嘩しちゃ駄目よー」


「はーい」

 明らかに地球上の生物ではない村正とクラリネに、お手製の焼きたてクッキーをご馳走している程に馴染んでいる。タツキの家族がデジモンの存在を知ったのは、セラフィモンから使命を託され、人間界に戻って来た直後の事だった。



「ただいまー」

「お帰り、タツキ。あら? 後ろにいるのは猫? 拾ってきたの?」

「え……ああ! うん! 段ボールの中に入れられててさ、道の端っこに……」

「お邪魔しまーす!」

「あら、ちゃんと挨拶出来る猫ちゃんなのね。こんにち……キャアアアア!!」

「馬鹿ぁ!」

 当然、タツキの母は言葉を発する猫など見たことは無い。家中どころか近所にまで響く悲鳴を上げた。

「どうしたァ!!」

 更に、父が竹刀を持って、駆けつけて来た。

「ねねねねね猫! しゃべる猫が!」

「何だってえ!? 喋る猫だあ!?」

「いやいやいやいや、何でもない何でもない!」

 てこてこてこてこ……

「お邪魔します」

「ぎゃあああああああああああ!」

「今度は何だあ!?」

「そんな可愛い効果音で入って来なくていいから!」

 タツキ家の玄関は、いわゆる阿鼻叫喚地獄になっていると近所に思われても仕方なかったかもしれない。正確には、ただ驚いていただけなのだが。

「いやーーーーー!! 化け猫!座敷わらし!!」

「悪霊退散悪霊退散!」

「(こんなビビってる親父始めて見たんだけど) ほ、ほら! コイツらについて、は、話あるから! こっちこっち! ……オラ! お前らも来い!」

「にゃんにゃごにゃーん」

「人使いが荒い奴だなあ」

 タツキは完全にパニックに陥っている両親を無理矢理リビングへ連れて行った。

「で、コイツらはデジモンってので、別の世界から来たんだな?」

「う、うん……」

 ポリポリポリ

「このクッキーおいしーね♪」

 タツキの母は、あまりに気が動転していたため、何故か来客用のお菓子をクラリネ達に差し出した。

「で、この子達を家に住まわせてあげたいと。……危険じゃないのよね?」

「ああ、あ、当たり前じゃん!」

 当然、デジタルワールドの戦乱のことは話していない。両親が、息子を戦場に送り出したいと思うはずがないからだ。

「……良いんじゃねぇのか? 追い返しちまう訳にもいかねえだろ。それに、見た目の割には大人しいみてえだしな」

 完全に拾った猫や犬を飼うかどうかのような話し合いになっているが、家族公認でデジモンと過ごせるようになったので、結果オーライだ。「母さん特製クッキー」があれば、この二匹も大人しくしているだろう。
 という訳で、タツキは堂々とデジモン達を部屋に住まわせている。ちなみに、

「マチは〜普通に〜陽を見せたら〜、OKして貰えたよ〜♪」

「お前んちホント大丈夫かよ」

「兄ちゃん一人を説得するのは余裕だぜ!」

「すいません、メイスさんの家庭環境がよくわかりません。」

 他のメンバーも、家族公認でデジモンと生活しているらしい。



「お前ら、人の親が作ったクッキー取り合うなよ。村正に限っちゃあ性格変わってるし。……聞いてねえし。」

 ぎゃーぎゃーと早くも残り少なくなったクッキーを取り合っている。タツキは駄目だこりゃと溜め息をついた。その時、コンコンと窓を何者かが叩く音がした。驚いたタツキは窓の外を見た。何と、まるで妖精のような、タツキの顔と同じくらいの大きさしかない小さな少女が、羽根も無いのに窓の外に浮いていた。タツキは窓を開けた。

「お邪魔しま〜す♪」

 村正達がこの家に入って来た時のように、堂々と人の家に入って来た。恐らく彼女もデジモンなのだろう。

「初めまして! 私はザミエールモンのダリア! よろしくね♪」

「ザミエールモン……?」

 タツキはセラフィモンから預かったデジモン図鑑をパラパラとめくった。デジヴァイスには、残念ながらそのような機能は無かったため、セラフィモンから紙の辞書を貰ったのだ。

「あの〜、この絵と随分違うように見えるんだけど」

 図鑑に載っているザミエールモンとは違い、ダリアは緑色の先折れ帽子と軽そうな鎧の肩に矢が三本ほど刺さっている点は同じだが、下はズボンではなくミニスカートと黒タイツだ。

「ああ! この人はね、私達の中で一番偉い人なのよ」

 偉い人?まさか群れで暮らしているのだろうか。

「すごーい! ザミエールモンだ! 始めて見た!」

 クラリネが感嘆の声をあげている。

「で、そのザミエールモンが何の用なんだ?」

 村正がダリアに目的を尋ねた時、

 バラララララララララ!!!

 上空から轟音が鳴り響いて来た。

「何だ!? ヘリ!?」

 タツキは慌てて窓の外を見た。

「ええええええええええ!?」

 何と、家のすぐ近くをとんでいるヘリコプターから梯子が屋根まで降りてきたではないか。しかも、よく見るとクリーム色の長い髪の少女が、梯子に掴まり降りて来ている。そして少女は大分屋根に近いところで飛び降りた。……その衝撃で、足が「ジーン」となったのか、数瞬の間彼女の動きは止まっていた。

「あの〜……」

 ガバっ!!

「つまりこういう事なのよ!!」

「……は?」

 少女が言った言葉は、村正の問いに対応している事に気付くのに少し時間がかかった。そして少女は勢い良くタツキに手紙のような物を差し出した。

「これって……まず、君は誰?」

「私? 私の名前は八武森ノ神子羅々! ダリアのパートナーかつ、あらゆる分野の子会社を傘下に持つ『八武グループ』の令嬢よ!!」

「……は?」

 羅々と名乗った少女は、ずかずかと土足でタツキの部屋に上がり込んできた。

「ちょっ! ここ土足禁止!」

「知らないわよ! そんなこと!」

 更に、彼女は勝手にタツキの椅子にドカッと座り、足を組んだ。

「ララ! 」

 ダリアが羅々の肩へ留まった。

「あの〜、それ俺の椅子なんですけど」

「何よ! この椅子は八武グループが作ってるんだから、私の物同然でしょうが!」

「……え〜っと、『下町の職人が丹精込めて作りました。田端家具工場』 ……だって!」

 クラリネが椅子の下を覗き込み、品質保証書替わりのシールの文章を読み上げた。

「……何よ! ちょっと間違えただけじゃないの!」

 羅々は怒って立ち上がった。

「いやいやいや! 立たなくて良いよ! (土足で立たれると困るよ……)」



「で、この手紙は?」

「それはセラフィモンから預かった物よ。私達は所謂郵便屋みたいなことをしてるわ」

「へぇ〜……」

 タツキは手紙の封を開いた。

「ねえダリア! この人達が新しく来た人たち?」

「あまり強そうではないな」

「なんかザミエールモン増えてるんだけど」

 先程までダリアしかいなかったザミエールモンが、いつの間にか二人増えている。

「ああ、それダリアの仲間よ」

「やっぱり?」

 タツキは折り畳まれていた手紙を開いた。

「えーと、『例の公園に集合せよ』……これだけなら伝言で良いだろ! てかメール機能これに付けろよ!」

「そんな訳でこれからも宜しくお願いしますわ! おーっほっほっほ!」

 羅々は再びヘリに乗って飛び立ち、ザミエールモン達もいつの間にかいなくなっていた。

「……何だったんだ?」



「ああ、その子なら私達のとこにも来たよ」

「ダリアちゃん、可愛かったね! まぁねボクほどじゃねえけどな!」

(あれ? このルナモン、こんなキャラだっけ? ……最初から怪しかったからいいか)

 どうも跳兎は愛一好に似てきているどころか、別ベクトルで変な方向に育っているらしい。

「ところで〜、セラフィモンは〜、どこだろう〜?」

 マチがキョロキョロと周りを見ながら尋ねる。その時、ヴォンと音を立て、ホログラム映像のセラフィモンが現れた。

「噂をすれば〜♪」

「何処から出てんのその映像?」

 タツキの疑問を他所に、セラフィモンは初めて会った時のようにペラペラと話し始める。

「皆、よく来てくれた」

「お久し振りです!」

 陽が元気に挨拶した。

「それぞれ用事があっただろうに。済まなかったな」

「いやいや〜、大丈夫っすよ〜…………『例の公園』が何処か分からなかったからマチちゃんに聞く羽目になったんですけど大丈夫っすよ!」

 タツキは若干の怒りを込めて話す愛一好を見て、愛一好は村正とデビドラモンが闘っていた時にはいなかった事を思い出し、愛一好とマチが互いの連絡先を知っていた事に驚いた。

「済まない。失念していた。時に君達を呼んだ理由だが……」

 セラフィモンは、天使としての威厳を見せているのか、それとも鈍感なのか、愛一好の発する怒りのオーラを無視して話を続ける。

「君達が自由にデジタルワールドに来れるようにしておきたいと思う。君達のデジヴァイスを見せてくれ」

 タツキ達はポケットや鞄から各々のデジヴァイスを取り出し、それにホログラムのセラフィモンが触れる。

「よし。これで君達はデジタルワールドと人間界を自由に行き来できるようになった。但し、こちらが予め設定している場所にしか行く事が出来ない。デジモン達を修行させに行くなり、好きに使って欲しい。」

 このホログラムはデータも転送できるようだ。十分な技術力があると見たタツキは、かねてからの疑問を口にする。

「こういう機能付けてくれるのは嬉しいんですけど、メール機能かなんかあれば便利なんですが……」

「それについてなのだが、魔王達の襲撃により、協力者の研究施設が破壊されてしまっているために、プログラムが組めていない状態だ。研究者もかなりの数減ってしまっている。しばらく待ってもらえないだろうか」

「はあ……」

 タツキとマチは高校に入学するまでは携帯電話は持たせないと親に言われている。二人は同じクラスなので、直接話せるし、お互いの都合を知っているので電話を掛けやすいが、高校生の愛一好の都合は分からないため電話を掛けづらい。そもそも家の電話機を使用すれば、親に自分達が戦争に関わっている事を知られてしまう可能性がある。こりゃ暫くは不便だなとタツキが溜め息をつこうとした時、クラリネがタツキのズボンの裾を引っ張った。

「ねえねえ、さっそく行ってみようよ!」

「そうだな。よし、村正! デジタルワールドで修行だ!」

 人間界に迷いこんだデジモンを倒す任務もあるが、タツキ達の主戦場はデジタルワールドだ。人間界では多くのデジモンとは戦えないし、人目を気にせずトレーニングできる場所も少ない。それに実戦形式で経験を積んでおかなければ、強力なデジモンには勝てないだろう。また、タツキは村正やクラリネの故郷を見てみたいとかねてから思っていた。自分達には想像も出来ないような姿や力を持った生き物、デジモン。彼らはどんな場所に住み、どんな風に生活しているのだろう……。

「まだ見ぬ世界に想いを馳せている所悪いが、敵襲だ」

 タツキの頭の中に浮かんでいた、花のようなデジモン達の住む青々とした草原、魚の姿のデジモン達の潜む深い海、そして悪の七大魔王の待ち構える暗黒城のイメージは、セラフィモンの開戦の知らせによって、しおしおと萎んでしまった。

「何でこれからって時に来るんだよ!」

 すっかりその気になっていたタツキとクラリネは地団駄を踏んだ。

「場所はすぐ近くのよ「は!? え? 近く!? ちょっと止めろ迷いデジモン。電車止まったらどうすんの!? 明日出掛けられないじゃん!」

「あの、愛一好さん?」

「ちょっと、ボクまだサー〇ワンの新作にんじんアイス食べてないよ! ふざけんな迷いデジモン!」

「いや、お前ら人のこと言えない」

 愛一好と跳兎は(空気を読まずに)今後の予定を気にし出す。

「そう言えば〜、明日はお出かけ日和〜♪」

「私も行きたい行きたい!」

「何故だ! 何故女子というものは一斉に横道にそれ出すのだ!」

 タツキが悲痛な叫びをあげる。

「マチ! 今はそれ所じゃ無いよ!」

「陽!お前もツッコミに加わってくれるんだな!」

「はい! いつもマチにツッコんでるから……」

 彼ら自身も、目的が暴走する女子を止めることにすりかわっている事に気づいていない。

「では、私がその場所まで君達を転送しよう」

「おお! 空気読めてんのか読めてないのか分からないけどありがとうございます!」

「ほら、マチ! 行くよ!」

 彼らの足下に、以前デジタルワールドへと彼らを導いたものと同じ魔法陣が現れた。タツキ達を光が包み、やがてそれは細かい粒子となって消えた。



「なあ兄貴〜、思ったより人間界ってのはちんけな所だな〜?」

「そうそう、1号の言う通りだよな! 兄貴!」

「フッフッフ……安心しろ、子分共。人間界は広い。まずはここから俺達の勢力を広げていくのだあ! がーっはっはっは!」

 黒く、てらてらと光る甲殻を持つ虫のようなデジモンが、駅前の通りにたむろしている。
 なあ、あれ、本物!? つか、バリアじゃね!? これ!
 ママ〜、でっかいかぶとむしー!
 あれはカブトムシじゃないの! 危ないから逃げるわよ!
 うわっ! マジ? ゴキブリ? あり得なくね?

「見ろよ兄貴! あいつら、俺らと兄貴特性バリアにひびってるぜ!」

「兄貴〜、あの白と黒で上がピカピカ光ってる車、いかしてるぜ!」

「あれと、近くにいるいかした帽子を被った野郎が俺達の勢力の一部になる! がーっはっはっは…は?」

 人々の台所で好き勝手に暴れるように、駅前で我が物顔で下品な笑い声を上げていた彼らの前に、害虫を駆除しに、天使の命を受けた少年達が現れた。

「げ! モロ駅前じゃん! 絶対明日電車止まるじゃん……」

「どうして〜、誰もいないんだろう〜?」

 黒く光る鎧を身に纏う彼らは驚いた。

「おい兄貴! 何であいつら俺達のスペシャルバリアの中にいるんだ!?」

「う、狼狽えるな子分共! た……多分大丈夫だ!」

 その時、少年が彼らの存在に気付いた。

「あ、ゴキブリ」

「ちっぐわぁーーーう!! 俺達は……」

「確か……ゴキモン! その速さで相手を撹乱し、持久戦に持ち込む戦法が得意なデジモンだ!」

「ありがとう、陽。っていうかそれゴキブリじゃん」

「だからゴキブリじゃなーーーい! 後、自己紹介の邪魔をするなーー!!」

 ゴキモン達は憤慨している。

「大体、お前らはどうやってこの『スペシャルバリア』に入って来たんだ!?」

「いや、普通に魔法陣に飛ばされて。それにしても捻りの無い名前のバリアだな」

 タツキにネーミングセンスの無さを指摘され、ゴキモンのリーダーの怒髪は天を衝いた。

「おのれ〜……コケにしやがって! 許さん! 1号! 2号3号4号5号えー……残り50号まで全部! コイツらに痛い目会わせてやれ!」

「オーーース!!」

 なんと、街路樹の陰や枝の上、建物の裏や屋上から、おびただしい数のゴキモンが姿を現した。

「おー、さっすがゴキブリ! 見つけたらその倍はいるってヤツだね!」

「それって〜、ネズミじゃなかったですか〜?」

 愛一好とマチが呑気に言う。

「おい、今はそれどころじゃないぜ」

 村正が黒い群れに、竹刀を向ける。それを合図に選ばれし子供達は各々のデジヴァイスを構えた。

「……行くぞ!」


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