四ツ葉さがしの旅人

修は、次の授業に使う資料が要る事になり、久しぶりに自室の本棚の奥に仕舞った文献を取り出していた。

「む…、白い。」

仕舞いっぱなしのだったからか、本はうっすら埃化粧している。

(そういえば、この本を最後に開いたのはいつだったかな…。)

本の状態を見るため、くるくると方向を変えて確認していると

「ん…?」

ふと本の中央のページ辺りに不自然な隙間ができていた。

閉じた時に折れ曲がって厚みができてしまったのかもしれない。
埃を払い落とし、不自然な箇所を開く。

「?」

そこには折れたページは無かった。
代わりにあったのは

「四ツ葉の…クローバー?」
本に挟まって押し花化した四ツ葉のクローバーがそこにあった。

「何でこんな物が…?」

手を伸ばそうとしたが、すぐさま引っ込めた。

「…まぁいいか。それより早くプリントを作らないと。」

今は四ツ葉のクローバーなんかにかまっていられない。

修は本を閉じた。










ローカル路線を走るバスに揺られてどのくらい時間が過ぎたのだろう。

バスに乗り込んだ時に降っていた雨も小降りになり、街並みもいつしか田園風景に変わっていた。

(次の土地は…田舎か…。)
この前までいた土地を回想しながら目の前を流れていく風景と比べる。

(この位田舎だったら、足取りは分からないだろう…。)



家の跡を継ぐのが嫌で飛び出し、教師にでもなれば諦めてくれるだろうと思っていた。
それなのに、諦めるどころか尚更しつこくなって…。
逃げてきた。

この土地はそんな自分を受け入れてくれるだろうか?


雨が止んだ頃、バスが自分が住む家の近くの停留所に到着した。

客を降ろしたバスは早々に扉を閉め、クラクションを鳴らして次の停留所へ向け出発した。

携帯を開き、GPSで場所を確認しながら新居へ向かう。



「ん?」

家の近くに差し掛かった時、道の端に少年がしゃがんで何かをしていた。

よくみると、少年の前には自転車。
手を真っ黒にして必死に何かを元に戻そうとしているが、なかなか上手くいっていないようだ。

「どうしよう…。元に戻らないと家に帰れないよ…。」

「君…、どうしたの?」

いまにも泣きそうな声で呟いたのが聞こえたので、声をかけてみると、少年はなぜか第一声に挨拶をしてきた。

「あ…、こんにちは。」

「ああ、こんにちは…。
なんだか困っているみたいだけど、どうかしたの?」
「えっと…、いきなりペダルが漕げなくなっちゃって。」

少年はそう言って、ペダルを回した。
確かに空回りしてタイヤが動いていない。

「ちょっと見せてもらえる?

あ…、チェーンが外れてるのか。

ここを…填めて…、沿って、組み合わせて。

はい、これで大丈夫だよ。」

「あ…、ありがとうございました!これで家に帰れます!」

「いいよ、いいよ。気にしないで。」

自転車を直し終えると、少年は頭を何度も下げてお礼を言った。

「あ…、あのこれ。
全然お礼にはならないんですけど。」

「?」

少年は自転車のカゴから取り出したのものをそっと修に渡した。

「それじゃあ!」

少年は自転車に乗り、西の方へ走り出した。

「…。」

少年の姿が見えなくなると修はもらったものを見た。手のひらに乗っていたのは大振りの葉が四枚ついた

「四ツ葉のクローバー…。」









うっすら目を開けるとまぶしい光が飛び込んできた。

(…夢?)

どうやらいつの間にか寝てしまった様だ。

時刻は夕方を過ぎ、日も暮れて部屋は薄暗い。

でも、目の前にあるパソコンの画面が作業中のファイルを表示していたのでそんなに時間は経っていないらしい。

とりあえず、部屋の灯りをつけるため立ち上がると、来客を告げるインターホンが鳴った。

灯りを点けてそのまま部屋を出る。

(こんな時間に誰だ…?)

階段を降り、すぐ玄関のドアを開けるとそこには、

「こ…、こんな時間にごめんなさい。」

申し訳なさそうな表情をしたリョータが玄関先に立っていた。

「リョータか…、どうした?」

「自転車のチェーンが外れちゃって…。自分でやってみようとしたんだけど、上手くいかなくて。その…。」

言いにくそうに言葉を紡ぐ彼の指先は油汚れで真っ黒になっていた。

「いきなり来てごめんなさい、忙しかった…よね?」
最初は自分でなんとかしようとしたが何回やっても駄目で、助けを求めに来たようだ。

(けっこう苦戦したみたいだな…。)

「大丈夫だよ、自転車をこっちに運ぼうか。」

「いいの?」

あっさり了解されたことにリョータは驚き、そしてにこりと微笑んだ。

自転車をガレージに持って来て確認すると確かにチェーンがだらりと垂れ下がっていた。

「直る?」

後ろからリョータが不安そうに訊いてきた。

「大丈夫、直るよ。」

心配そうなリョータを安心させて、自転車の修理にかかった。



(なんだかさっきの夢みたいだな…。)

作業する手が夢の中と重なり、同じ手順でチェーンを元に戻してゆく。

最後の歯車にチェーンを組み込ませて上手く廻るかの確認の為にペダルを回す。

「ほら、終わったよ。」

ペダルを回すと後輪が回転するのをみて、リョータは「さっすが!」と修を誉めた。

「ありがとう。修がいなかったらここから歩いて帰る羽目になってたよ。」

「いえいえ、どういたしまして。」

服に着いた埃を払い落としながら修は手を左右に振った。

「本当はなにかお礼がしたいんだけど、僕急いでるから…。」

リョータはお礼を言うとすぐさま自転車に乗って暗い道の中を走っていった。

「気をつけて帰るんだぞ!」
急いで帰るリョータの背中に声を掛けると、左手が上がった。

見送りながら、ふと夢の中の少年が帰る姿とリョータが重なる。

彼の姿が見えなくなると修は家に入った。

「さて…、仕事の続きでもするか。」



部屋に戻るとカーテンを閉めていない事に気付いて、閉めに行く。するとその窓辺にあの四ツ葉のクローバーが落ちていた。

「あ…。」

そっと摘んで持ち上げた時記憶の引き出しがすっと開いた。





休日明けの月曜日。

修とリョータは屋上で昼休みをのんびり過ごしていた。

「リョータ。」

「なぁに?」

「俺らが初めて会った日のこと…、覚えてる?」

「初めて会った日?え〜っと…。入学式とか?」

「ううん、もっと前に会った事がある。」

「もっと…前?」

「やっぱり覚えてないか。」
「ごめん…。

でも突然そんなこと言ってどうしたの?」

「いや、ほらリョータのチェーンが外れた日に…、これが本から出てきてね。」
「四ツ葉のクローバーの押し花だ。」

「それとチェーンの修理がきっかけになったのか…、リョータと初めて会った日を思い出したんだよ。」

「チェーン…?クローバー…?

………!

もしかして…僕の自転車が初めてチェーンが外れた時かな…。
見知らない人が助けてくれて…お礼に見つけたクローバーをあげた覚えがある。」

「思い出した?」

「うん…、ちょっと恥ずかしい。」

「久しぶりに思い出せて良かったよ。」

修は青く高い空を見上げた。

記憶の奥底に仕舞われた過去がこうして今に繋がりがあることが嬉しくてたまらなかった。


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