GWと藤の花

新学期が始まって一月経ち、淡い桃色をしていた桜並木は新緑の葉桜となって初夏の始まりを告げていた。

教室や廊下で、生徒達がGWの相談を愉しそうにしている。遊園地に行く者、家族で帰省する者などそれぞれだ。
そんな生徒達を見て皆川修(しゅう)は自分の休日をどう過ごそうかぼんやり考えた。しかし、考えた所で行く所も無いし実家になんて帰りたくもない。
そう思いながら自分の担任クラスに向かった。

自分のクラスの生徒もGWの話題で持ちきりで修が教室に入ったというのに静まる気配はない。
うるさいまま朝のホームルームをするわけにも行かない。すぅっと軽く息を吸い込む。
「はい、おはようございます!朝のホームルームを始めますのでGWの予定は後でお願いしますね。」
最後に笑顔をつけるとようやく静かになった。


「みな先生、先生はGWはどこか行きますか?」
ホームルームが終わるとまたGWの話が始まり騒がしくなる。
騒がしい中、教卓前の席の女子生徒が尋ねてきて修は悩んだ。
「いえ、今のところ予定が無くて困っているんですよ。」
そういうと女子生徒はふぅんと言った。
「近場で何かいい所とかないですかね?」
行く気は更々無いのにと心の中で呟き、ため息をつく。
「近場…?あ、そうだ。先生は藤の花好きですか?」女子生徒が首をかしげた。「藤の花ですか?」
「はい。いつもこの時期ぐらいが見頃なんですよ。」こんなにと言って藤の花の長さを表現してくれた。
「それは凄いですね。気になります…。それで、場所は…?」
場所を尋ねようとした時タイミング悪くチャイムが鳴り、上手く聞き取れなかった。



昼休み、修は購買部へ足を運んだ。いつもならお弁当を持参するのだが珍しく寝坊してしまい作れなかった。
「混んでるな〜。」
レジ近くで生徒達が込み合っている様子をみてげっそりしてしまう。
「これは収まる迄待つか…。」
壁に寄りかかり収束を待つことにした。

「あれ…、みな先生。」
しゅうは声のした方へ顔を向ける。そこには財布を持ったリョータがいた。
「おや、リョータ君。」
彼はお弁当派なのに…。購買部に来た事にちょっと驚いた。
「今日はお弁当ではないんですか?」
訊ねると「うん。」と、リョータが頷いた。
「この時期は母さん忙しいから、パンで済ませるんだ。」
ちらりと購買部を見るが未だに混雑が収まる気配は無い。
「先生も今日はパンなんだね。混雑が収まる迄待っているんでしょ?僕もそうしようと…。」
そう言ってリョータは修の横に並んで立った。

込み合いは依然として収束には至っていない。
「さっき、お母さんが今の時期は忙しいと言っていたけど、どうしてか訊いてもいいかい?。」
リョータが言っていた言葉に疑問を持った修は彼に訊ねた。
「いいよ。先生は藤棚って知ってる?」
「藤棚?」
朝に女子生徒が言っていた物と同じだろうか?
「うん、そこで物産の販売のお手伝いで朝イチから行っちゃうからお弁当無いんだ。」
リョータは困った顔をしながらも笑っている。
「なるほど。」
修は彼の弁当が無い理由に頷いた。
「でも、パン代ぐらい置いていって欲しいのに。置いてくれないから自分のお小遣いから出さないと。」
リョータはぷぅと頬を膨らませた。
「大変だね…。」
リョータの変顔に思わずクスっと笑ってしまう。
笑ったのが聞こえたのが彼がこっちを向いた。
「先生!今笑ったでしょ!」
「え?いや、笑ってないよ。ほらほら人混みも収まった様だし買いに行こう。」と、漸く収束のついた購買部を指差し、話題をすり替えた。
「もー!」
しかしリョータは怒りが収まらないようだ。修は少し考えた後、
「じゃあお詫びに君の分も買ってあげるからそれで許してください。」
物で解決する事にした。しかしリョータはちょっと渋ったが何でも何個でもと付け加えると、
「む〜、それなら…。」
と、言ってリョータはパンを選びはじめた。



「はい、みな先生。」
放課後、職員室でリョータが修に分厚い帳面を渡した。シンプルな表紙には学級日誌と書かれている。
「あれ、今日が日直でしたか?」
「うん。今日の朝に先生が言ってたじゃん。秋山君と篠倉さんって。」
(言ったような気もする…。)
修は口には出さずリョータの話を聞いた。
そういえば、リョータは名前で呼ぶので名字の方はあまり親しみがない。
(だからかな…。)
「日誌は篠倉さんが書いてくれたから僕が先生の所迄持ってきたの。」
「ああ、ご苦労様。」
分厚い日誌を受け取りパラパラとページを捲る。
今日の日付のページには小さい字でぎっしり今日の授業風景が事細かに記入されている。
「うわぁ、細かい。」
パタッと日誌を閉じ、机の脇に置いた。修の行動をみたリョータは
「篠倉さんの字細かいもんね。」と、わらった。修もつられて笑う。しばらくしてリョータが思い出したように言った。
「そうだ、先生はGWどうするの?」
GWの単語を聞いて修の気分が下がった。
「GWは予定なしだから多分ゴロゴロしてるよ。」
「先生がゴロゴロしている図って面白い…。」
プッとリョータが吹き出した。修はむっとするとリョータの鼻をつまんだ。
「痛い。ごめんなさい。」
「わかればよろしい。」
つまんだ鼻を解放してあげる。
「で?そう言うリョータ君はどうなの?」
修は椅子を回転させリョータの方を体ごと向いて頬杖をついた。
「えっと…、いとこの家に遊びに行きたいけど…。」リョータは言った後間を置いた、
「けど?」
「お金ないから、先生と一緒。」
修はため息をついた。
「そこで提案なんだけど…。」
「提案?」



空には雲一つない。
所謂五月晴れの空である。風も心地よい。
こんなに気持ちいい天気に外出すると気分もよくなりそうだ。そう思いながら修は待ち人が指定した場所にいた。

「まさか自分の家の近くだとはな…。」
独り言を呟いたが、近くで鳴る音響に掻き消されてしまった。
「わ〜!先生ごめんなさい!待った?」
「リョータ君。」
肩で息をしながら待ち人がやって来た。
「自分から誘っておいて遅刻だなんて…。」
「いやいや、さっき来たばかりだから大丈夫。」
(30分前に来たけど。)
「ホントに?」
リョータが上目遣いで修をみた。
「家がこの近くなんだ。だからギリギリで出てきぐらいだよ。」
家が近くということ以外嘘だが、彼は信じたのかにっこり笑って修の手をとった。
「じゃあ、早速行こうよ先生!」
ぐいぐい引っ張られ慌ててしまう。そんな時、頭の中にちょっとした考えが浮かんだ。
「ちょっと待って!今は学校ではないから、その、先生は…。」
引っ張るリョータを修が止めた。
「え?」
「その、先生とか生徒じゃなくて、名前で呼ばないかい?」
「先生の名前で?」
リョータが首を傾げた。
「うん、せっかくの休みだし。学校の感じだと楽しめそうになくて…。」
だめかな?と彼に訊いてみる。リョータはうーんと考えはじめた。
しばらくして、漸く口を開いた。
「それなら…、修…さん?」
なんか違和感ある。とリョータが言った。
「呼び捨てでいいよ。修でいい。」
「じ…、じゃあ、修。」
「うん。」
恥ずかしそうにリョータが言ったけど修は満足そうに頷いた。すると今度はリョータが
「じゃあ、修も君ってつけないで。リョータって呼んで。あと敬語とかも禁止。タメ口で話して。」
と言い出した。
「わかったよ。」
「わかった。でいいの!」
ぐいっとリョータが顔を近づけた。
「わかった。わかった。」
修がそう言うと満足したのか、リョータがこっちこっちと修を引っ張っていった。

「うわぁ…。」
いくつもの藤の花が垂れ下がり、花のカーテンを作っていた。
「先生もこの近くに住んでるのに知らなかったんだ。」
「先生じゃなくて、」
「修!」
リョータが恥ずかしそうに言う。
「この間迄知らなかったなんてびっくりだね。」
修は垂れ下がった花に触れた。花弁は柔らかくさらさらしている。
「あんまり外出しないし、知ろうともしなかったからな。」
「ええ〜!もったいない!」リョータがとても驚いている。
修はそんなに驚くものか?と思ったが、リョータに誘ってもらわなければ、ここを訪れることはなかった。ここの花の美しさを知ることはできなかった。
「うん。もったいなかった。でもリョータのおかげで来れて良かった。」
ふっと過去を想う。

幼き頃や学生時は家からなかなか出させてもらえず、祭りや行事などと疎遠にされていた。だから物心ついた頃には下らない集まりだと考えていた。

「修。」
リョータに呼ばれて我に帰る。
「どうしたの?ボーッとして。」
「いや、花が綺麗だから見とれてた。」
「花もいいけど、お腹すかない?」
リョータがそう言ったあと二人のお腹がクゥーと鳴った。思わず二人顔を見合せて笑ってしまった。
「なに食べようか?」
「えっと、たこ焼き、焼きもろこし、焼き鳥、たい焼き、それから!」
「そんなに食べれないよ!」
修をぐいぐい引っ張りながらリョータは並ぶ屋台に目移りしていた。



「リョータ、今日はありがとう。楽しかった。」
日も傾き、リョータがもう帰らなきゃと言うので修は彼と、駐輪場迄一緒に歩いていた。
「僕も。」
リョータが俯きながら言った。
「一人で行くより誰かと行く方が楽しいから…。先生…じゃなかった、修が一緒に行ってくれるって言った時嬉しかった。」
「ありがとう。」
そっとリョータの頭に手を置く。
「ねぇ、また誘ったら一緒に行ってくれる?」
「うん、リョータが誘ってくれるなら必ず。」
リョータの頭をくしゃくしゃに撫でてあげると彼が嬉しそうにわらったのがみえた。

「じゃあね…修。」
リョータが自転車に跨がり、ペダルを踏む。
「気をつけて帰れよ。またな。」
片手をあげると、リョータも片手をあげ、ふらつきながら自転車は向こうへ行った。


今まで机のとにらめっこしていた休日はやめる。
机じゃあ見れない景色はあいつが教えてくれた。
今度はどんな景色を教えてくれるんだろう。
ワクワクする。
いつもはこちらが教える立場だけど教わるのもおもしろいものだ。

「さてと…。」
大きく伸びをして後ろを振り返ると、藤の花にライトが照され昼間とは違う顔を覗かせている。
「もうちょっと楽しんでみるか。」

ビールを買って藤をツマミにして一杯。
ホントあいつには感謝しなきゃな。

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