八方美人
(斑シリーズ)


「課長。サントイズへの企画書仕上がりましたので、今日中にチェックお願い致します」

「おお!教楽木くんは仕事が早くて助かるよ」

「恐れ入ります」

 そう言ってにこやかに笑みを投げれば、脂ぎった上司は満悦な顔を見せる。

 ――相変わらず、簡単だ。

 どうでも良い人間に向けるべき行動パターンなら、簡単に割り出せる。
 ついでに相手の望む表情を添えれば良いのだから、世の中を渡るのはそう難解な事ではない。

 ――そう思っていたのに。

 桧野さんといると、あまりに感情が多彩に溢れて来て、どんな顔をすれば正解なのか分からなくなる。
 おまけに言葉も行動も、何故だか上手く操れなくなる。
 そんな自分と、私を変えた桧野さんに、非常に苛立ちを覚える。
 だから私は彼女といる時、あえて無表情になるのだろう。

 そして、だから。




「あ、意織ちゃんお疲れさま〜!こっち〜こっちよ〜って…ひゃあ!!い、意織ちゃんてば!どうして会うなりお尻叩くのっ!」

「イライラしてつい」

「ついっ!?」

 桧野さんの前では、少しだけ本音を吐き出せるのだろう。

 ――周りに何十何百と人がいようとも、私は貴女といる時だけ、我が儘になれる。

「……意織ちゃんて、道の真ん中でもしゃもじは臨戦態勢なのね…」

「臨戦態勢なのはしゃもじだけではありませんよ。イライラもしてますが、ムラムラもしてますから」

「え、ええっ!?」

 ――まぁ、内容がどうであれ。

 end

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