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恋時計
by 管理人
2011/05/01 00:38
「なあ、」

「何でございましょうか香葉子お嬢様。」

「…お前、は。いつまで私の乳母をやるつもりだね。」

 きっちりと編み込まれた白い髪をわざとらしく触りながら、香葉子は言った。

「…そうでございますわねぇ。お嬢様がお生まれになった時は、お嬢様が嫁がれるまで、と決めていたのですが……まさかそのお年まで独身を貫かれるとは思いもしませんでしたからねぇ。」

 クスリと悪戯な笑みを漏らす割烹着姿の女性は、香葉子の乳母である桐子だ。

「なんだ、いやみか。遠まわしに。」

「いえいえ。旦那様も奥様もお亡くなりになられて、いよいよお独りになってしまわれたお嬢様を、今更お一人にはできはしませんよ。」

「そして、今やお前も独りだしな。」

「ふふ。なけなしの遺産の全てをはたいて、夫を送り出して下さったお嬢様は、まことに格好良かったですよ。」

「それで一文無しになった枯れ枝だが、ね。…ねぇ、私はお前の今月の給金すら、もう払えはしないんだよ。…それでもお前はここに留まると言うのかね。」

「お嬢様が枯れ枝ならば、私は今、いったいいくつなのでしょうね。」

「…さあね。女性の年を数えるほど、私は無粋ではないから、分からないな。」

「なら、私の夫は無粋でしたわ。」

「…………流石、半世紀以上も私の我侭を聞いていると、台詞も上手くなるね。」

「事実を述べただけです。お嬢様。」

「……『En fait, ralit, c'est les murs de la personne.』」

「…懐かしいフランス語ですこと。」

「…『事実、現実、それこそ人の囲いである』。…そして、その囲いこそが、人の現実だよ。」

「そう……確かそれは、女学校時代の演劇部の台詞でしたわね。」

「そう、かな。…………そう、だったのかもしれない。」

 桐子の脳内には、舞台を華々しく彩った少女時代の香葉子の姿が鮮やかに蘇った。

 そういえば、あれからだ。


『桐子、どうだったかしら?私のお芝居は。』

 舞台を終えた香葉子は、きらびやかな衣装のまま桐子の元へ駆け寄ってきた。

『ええ、ええ…!香葉子お嬢様、本当に素敵でしたわ。まるで本物の騎士様のようで…私、見とれてしまいました。』

『そう……か。桐子がそう言ってくれるなら、私はこれからも騎士でいるよ。』


 あれから、香葉子はまるで男のような口振るまいになったのだ。
 桐子があの勇ましい香葉子の姿に見惚れてから―――。

 けれども。

「……香葉子お嬢様?」

「早く……去れ。」

 かつての男装の騎士の凛々しさは鳴りを潜めたのか、香葉子は柳眉をしかめ苦し気に呟いた。

「まだ、私がお前を、愛しく思っているうちに、去ってほしい」

 そして、ひとつひとつ、吐き出し始めた。

「お前が、好きだった。誰よりも近く深くにいたお前が、私は好きだった。でも。」

 長い年月で積み重ねられた、香葉子の秘められた、桐子への想いを。

「消えていくんだ、お前のひとつひとつが、私の中から、跡形もなく、忽然と、」

 嗄れた声で、悲しげに頼り無げに、騎士に扮した去る国の姫君は。

「だから、完全にお前を忘れる前に、私の前から消えてほしい。そうすれば、」

「………いやです。」

「…なぜ…だね。」

「お嬢様が私を忘れても、私はお嬢様を忘れはしないからですわ。」

「……しかし…私は、きっと忘れる。お前との思い出のすべてを、お前のすべてを、今だってそう、」

 張りをなくした上品な唇が、何かを探るように音もなく動かされる。

「……名前なんて、また覚えてくださったらいい、いいえ、私の全てを今からまた覚えてくださったらいいんです。」

「いまさら………」

「恋をはじめるのに、遅いも早いもありません。…すべてを忘れられても、お嬢様は、きっとまた私を好きになられるはずですから。」

「……大した自信だね。」

 皺で縁取られた香葉子の大きな双眸からは涙が溢された。

 両親を亡くした時にも泣かなかった気丈な香葉子だが、好きな人の前ではこんなにも脆くなるのかと、三四半世紀近く彼女の世話をしてきた桐子は驚いた。

 またそれ以上に、桐子は香葉子を愛しく、可愛く思った。

 彼女の涙を拭う細い指も、今はもうしわくちゃなのだけれど。

「…お嬢様の乳母をやるなら、これくらいの自信がありませんと。」

「……そうだね。信じようか、お前と、私を。」

「ええ。それでは、お夕飯にいたしましょうか、お嬢様。…それから、その後は――……」


 黄昏に染まる2階建ての木造アパートの一室は、それから秘めやかに軋んだという。

 狭まった壁は、老いた二人を漸く囲うのみだから。


 end





ここまで読んでくださった方(いますかしら;)、ありがとうございました!そして大変お疲れ様でした…!
熟女の域をこえているよなポンコツ話です(>_<)…しかも色々と分かり辛いかと思います。
でも…か、書きたかったんだ…皆様の輪に交じりたかったかったんだ…!
ちなみに作中に出てくるフランス語の台詞は超創作です…(ちなまんでも陳腐だからわかる)


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ありがとうございますっ(><*)
by 管理人
2011/05/01 21:53
》まこ様
初コメントありがとうございますーっ。゚(゚´ω`゚)゚。管理人のくせにかなり不安いっぱいで投稿したので、コメントを頂けてすごく嬉しいです!と言うか、まさかコメントを頂けるとは…本当にありがとうございます(T_T)
よ、良い話だなんて!こんな説明不足な話からそこまで深い感想を下さるまこさんこそ良いお方ですよ!感激です(ρ_;)


》アキ様
うわああっ(><*)こ、こんなへっぽこな話に素晴らしいコメントありがとうございますーっっ。アキさんのコメントだけ読んだら、私凄いいい話を書いたようにしか見えないから、みんなアキさんのコメントだけ読んだらいいよ…!(こら)
それぐらい、アキさんのコメントには私が書きたかった(けど力不足で書けなかった)全てが詰まっていて、ドキドキしながらもUPして本当に良かったと思えました!特に桐子の意を汲み取って頂けたのが凄く嬉しくて、私の方こそぐっと来ました(;_;)本当にありがとうございます…!
昔の二人も書いてみたくなりましたよー(*^^*)

あ、フランス語はぜんぜんダメです(>_<)翻訳サイト様頼りですから…!←←


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はわわっ(*/ω\*)
by アキ
2011/05/01 08:40
ごちそうさまでしたvV

じわりとくるあったかいお話ですね!!
なんだかお風呂で湯槽に浸かったときのようなほわーっとした気分になりました(*^_^*)
香葉子さんが生まれた時からずーっと一緒に過ごしてきて、おばあちゃんになっても一緒にいて、それでも好きでいられるってすごいことだと思います。
桐子さんが褒めてくれた騎士をずっと演じ続ける香葉子さんにきゅんとしました(●´mn`)
自分が忘れられてしまうのはとても苦しいことなのに、それでも香葉子さんと共にあろうとする桐子さんにぐっときました(´;ω;`)
やわらかく西日の射すような、セピア色の世界を勝手に想像しております(笑)

てゆうかメイ子様はフランス語できるんですか!?
すごいです尊敬です(o^o^o)ハフ

昔のふたりも見てみたいなーなんて……(*/ω\*)←図々しい




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おぉっ
by まこ
2011/05/01 01:07
W熟女ですね!
お互いがお互いをずっと大切に思ってきて、今さら何があってもその気持ちは変わらない。
とても良いお話だと思います!


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