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──昔々あるところに一組の母娘がいました。
なんて、昔という程でもないけれど。ナマエは筆を置いて窓に近付き、空に浮かぶ巨大なそれを見る。それは墓標でもあった。星の民の母親と空の民の娘。血縁関係はないけれど、それでも彼女たちの在り様は紛れもなく家族であった。


覇空戦争が起きる少し前、ナマエは小さな商家に生まれた。親は商人といえど元は貧民の出で、少しでも力になれるならと栄えた街から離れた静かな土地で小さな店を営んでいた。街での評判は良く客足は絶えることはなかった。ナマエが十も半ばになる頃には手伝いとして店に立つようになっていた。
そこで出会ったのがシトリという少女だった。

「こんにちは。いつもの、もらってもいいかな?」
「いらっしゃい、シトリ。用意してあるからちょっと待ってて」

星の民に育てられた少女としてシトリは有名だった。周りの偏見などもとくにはなく、ナマエの家でもあるこの店を日常的に利用していたシトリと店員見習いのナマエが仲良くなるのは時間の問題で。二人は年が近かった。ナマエはこの年下の少女が可愛くてしかたがなかった。妹がいたらこんな感じだったのかなあ、といつかシトリに溢したことがある。

そんな幸せはいつまでも続かなかった。
覇空戦争が起きようとしていたとき、シトリの母である星の民を封印しようという声が街の至るところで聞こえるようになったのである。空に浮かぶ巨大なオブジェ。あれはとんでもない兵器なのだと街の大人たちは言う。グレートウォール。それを狂気を以って生み出してしまったのがシトリの母だった。過去何回か話した記憶があるが、非道な兵器を作ったとは到底信じられなかった。

星の民、ミカボシの封印を打診されたシトリを案じ、ナマエは温かなお茶を彼女に出した。街の外れ、誰も寄らないような場所で二人は話す。

「育ての親を封印だなんて、本当はこんなこと考えたくない。けれど、このまま行けば母さんはいつか破滅してしまう……」
「シトリ……」
「私はどうすればいいのかな。どっちを選択すれば母さんのためになるんだろう」

答えられなかった。下手に何かを言えば、母と娘のその後の運命を左右してしまう。それまでの母娘を見てきたナマエにその重みは耐えられなかった。

「ごめん、私には何も言えない……。けど、シトリが決めたことにはどんなことがあっても協力するから」

その数日後、グレートウォールへの封印は行われ、ナマエは何も選ばなかったことを後悔した。



──時は流れ。イデルバ領の小さな島を訪れる者たちがあった。街の広場に立つその石碑に特異点と蒼の少女は首を傾げた。

「ああ、それは覇空戦争時代のものらしいですよ。この島にはとある伝承が伝わっているんです」
なんの石碑だろうかとまじまじと見つけるルリアにレオナは説明する。
「伝承、ですか?」
「ええっと、すみません。実はそこまで詳しいわけじゃなくて。もし気になるのなら街の人たちに声を掛けてみますけど──」
「レオ姉!詳しそうな人捕まえてきたぜ!」
「ちょっとカーイーン!行動が早いのはいいけれど、ちゃんと相手の都合を聞いてきたんでしょうね?」
「勿論。レオ姉だって伝承の内容が気になるだろ?」
「それは。まあ、そうだけど……」

話もそこそこに、カインが捕まえてきた老人は口を開く。語られたのは一人の女の物語だった。覇空戦争時代、友人とその母を助けられなかった女の話。その生涯は後悔に満ち溢れていた。手遅れになってからじゃ遅い。選択をする重さに耐えきれなかったが本当に耐えきれない選択を強いられていたのは友人である彼女の方だった。もっと何かできたことだってあっただろう。そして悔いた女は物語を書く。星の民の母と空の民の娘の話を。何か形に遺したかったのだ。もし、仮に、封印が解けたその時に。存在を証明できるように。覇空戦争による動乱の最中、その物語は密かに空の世界に広がっていった。

女は覇空戦争で命を落とした。後悔ばかりの人生を周りの人が悼み建てられたのがルリアたちの目の前にある石碑の正体である。女の書いた物語の内容は時が流れた今では口伝えでしか残っていない。場所によってはハッピーエンドで終わったり、結末がぼかされていたり。そもそも本当にあったことなのかすらもわからない。
伝承を知る老人の語りはそこで終わる。

「その人、ずっと後悔したままだったんですね……」
「私はその人の気持ち、わかるかも」
物悲しい話を聞いてつい感情移入してしまったルリアとレオナ。顔に赤みが指した二人と対照的にカインは老人にその女の名前を問う。

「正確かはどうかはわかりませんが、ナマエとそう聞いています」
「ナマエ……か」
「名前がどうかしたの?」
「団長も気になるのか?いや、前に何処かで見たような話だなって思ってさ……。本当にその人の名前がナマエってんなら、きっと俺が今思ってることは正解なのかもしれない」

確信は持てないからあとで調べて話す。カインの言葉で一連の話は締めくくられた。


──グレートウォールを破壊し、空の下へと落ちた一行が流れ着いたのは境界の世界だった。空の世界とも赤き地平とも断絶されたその世界で出会いが訪れる。

シトリとミカ、二人の少女の真実を知った団長とルリアの脳裏に浮かぶのはイデルバ王国の小島で聞いた一つの物語だった。

「ミカだけじゃない……ナマエだってそうだ、私は彼女に重い選択を押し付けてしまったんだ、姉のように思っていたからつい甘えて……!」
わずかに許された別れの時間。シトリは悔いを露わにする。
「ナマエさんはシトリさんのこと、悪く思ってなんかいないと思うんです」
「え……、どうしてそれを……」
「ナル・グランデに伝わる話を聞いたんです。後悔の多い人生だったけど、それでも大切な友達との時間は大好きだったって」

石碑の前での会話の翌日にカインが持ってきた一つの歴史書。ほんの数行ではあったがそこにはナマエの友人を想う言葉が遺されていた。

「そっか……、ありがとう。君たちがその物語に出会ったのはきっと必然だったんだろうね」

空へと打ち上げられたグランサイファー。シトリは決意を胸に見送る。強くなって、いつか追い付く。母さんに会って、そしたら今度は友人が遺してくれたものを追うんだ。

後悔ばかりな一人の女の物語。込められた想いは時を超え、時には形を変え、巡りに巡って届けたかった人へ確かに届いていた。


20190320

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