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街から離れた草原で、月明かりに照らされて一人天を仰ぐ。障害物も灯りもないひらけたこの場所は星がとても綺麗に見えた。街はもう酒場の灯りも消えてそれまでの喧騒が嘘のように静まり返っていることだろう。それでもなおこの場に留まっているのはやはり眺めや雰囲気が格別であるからだった。

持ってきた折りたたみの小さな椅子に腰をかけ、魔法瓶に入れた暖かいお茶をお供に私は空の続く向こうに想いを馳せる。
最近、ファータ・グランデ空域からやってきたという団長さんたちとの出会いは私を少しだけ変えた。文化も気候も違うようだしそう簡単に行き来出来るものではないけれど、それでもきっとこの空は同じなのだと思う。団長さんと会わなければ考えもしなかったことだった。どんなに遠くにいても見上げる空は一緒。なにも物理的な距離だけの話ではない。かつて憧れたあの人だって同じように星空を眺めていたこともあっただろう。

ふと足音が聞こえ、思考を中断する。敵、ではない。その足音を私はよく知っていた。

「こんばんは。カイン将軍も星空を眺めに?」
イデルバを支える者同士であり同い年の彼は私の隣へやってきて座り込んだ。
「まあ、そんなとこ。ナマエの姿も見えなかったし、居るならここだろうから一緒に眺めようと思ってさ」
「ならせめて上着くらいは持ってこないと。風邪ひきますよ」

あんまり長居しない方向でいきますからね、そう念押しして椅子から地面へとカイン殿と肩を並べるように座り直し、再び天を仰いだ。

「……物事の大抵は移ろいやすいものですが、この空だけは変わらないと、私はそう思うのです」

少しの静寂の後、投げかけるように思いを口にする。例えば一際輝くあの星。物心付いたときから私の生活にあるものであり、この国に伝わる歴史書にも記述のある星だった。ファータ・グランデではどうなのか知りはしないが少なくともナル・グランデ、少なくともイデルバ領の何処からでも見える星でもある。

「なんて、団長さんと出会わなければこうは思わなかったのでしょうね」
「団長さん、か。なあ、俺のことももう少し畏まらずに呼んでくれないか?カイン、ってさ」
「さすがに将軍を呼び捨てにするのは……」
「プライベートの時間だけでも駄目かな?」
「……ではカイン殿と」
「ありがとう。まあ、呼び捨てをすることに抵抗があるなら無理強いはしねぇ。今はその呼び方で納得することにする」

カイン殿は私との間に感じる壁を取っ払ってしまいたかったのだと思う。譲歩はしてもまだ壁を作ったままな私の態度は不誠実であるし、彼の思いを無下にしてしまったことに罪悪感を覚える。

カイン殿のことは嫌いではない。親しくなることに抵抗のない人柄ではないことはわかっている。むしろ好感度自体は高い。読書という共通の趣味を持っていることもそうだ。
ただしかし、怖いのだ。心を開いた大切な相手を喪うことが。だから必要以上に馴れ合いたくない。それなりの距離を保っておきたい。
カイン殿がそうなるのかはわからない。けれどカイン殿は平穏に生きていく人物でもない。間違いなく。

「……綺麗ですね、星空」
「だな。団長もきっとこの空を見て育ってきたんだろうな」
「広大な星空に想いを馳せていると、自分という存在がどうにもちっぽけに感じます。長い歴史で見ればほんの一瞬……なのにどうして人間同士で争わなければならないのかと」
「それでも俺たちは生きてるし、それぞれに守りたいものだってある。まあ、お前はよくやってるんじゃねぇかな。こないだだって将軍同士の諍いを上手く窘めて双方が納得のいく折衷案を出してただろ」
「ありがとうございます、カイン殿」

とくにカイン殿とは距離を保ちたいと願うわりに、表に出るのは気持ちとは裏腹な態度ばかりで。
星々から目を離し、代わりに横のカイン殿の方に移せば、深妙な面持ちで天を見つめる彼の姿があった。

大切だった人を亡くして、心に穴が開いてしまったのはなにも自分だけではない。あの人は、アベルさんはカイン殿の兄だった。
アベルさんの婚約者だったレオナ殿も、この国の民だって大切な誰かを喪った者が大半だ。

「トリッド王国さえ滅びなければ……」
「……カイン殿」
「──じゃあそろそろ戻ろうぜ。あんま長居しない方向って話だったよな?」
「カイン殿」

腰を上げ、折り畳もうと椅子に手を掛けたカイン殿を思わず呼び止めてしまった。呼び止められずにはいられなかった。彼の気持ちをそのままわかるわけではない。けれど今の彼はどうも放っておけなかった。私の口は止まることを知らず、言葉は続く。

「何処に居ても見上げる空は同じであるように、同時に過去や未来とも繋がっているのがこの空なのではないでしょうか。この星空を通して大切だった人たちと繋がっているのではないかと、私はそう思わずにはいられません」

なんてただの押し付けでしかないことはわかっている。なにを言っているのだろう、私は。柄にもないことを、慰めにもならないことを。

「申し訳ありません、偉そうに」
「謝る必要はないさ。ナマエがそう言うのなら俺もそう思うことにしてみるよ」

カイン殿は柔らかな笑みを見せて「今度こそ戻ろう」と、椅子に手を掛ける。私が持ってきたのだから私が持って帰ると言ってもカイン殿は聞かなかった。

「冷えたでしょう。戻ったら温かいお茶くらいは出しますよ」
「おっ、そりゃいいぜ!もうちょっとだけ付き合ってくれよな」

煌めく星々を背に、城を目指して歩く。
過去に囚われず、そろそろ踏み出すべきときなのかもしれない。だけど時折、過去を思うくらいはしてもいいですか。問いかけるように一度振り向いて、そしてまた歩き出した。

星の綺麗な夜だった。


20190314

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