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雲一つない冴え渡った青空、澄み渡る空気。心地良い空気の中で歌苗はようやく訪れた平穏の日々を噛み締めていた。やっと揃った家族。ワーグナーも憑き物が落ち、晴れて家族として日々を過ごしている。迷惑事ばかり起こす住人たちも最近は人様を巻き込むような大きい面倒ごとは起こしていない。相変わらずリストとショパン以外は家賃を払わないままだが。
ふと、チャイム音が鳴り歌苗は洗濯の手を止める。

「はーい、何のご用でしょうかー」
「よくも置いてけぼりにしてくれましたねキョウゴ!」

父に対して怒り心頭で現れた謎の少女。年はワーグナーと同じくらい、または少し下というところか。いきなりの謎の来訪者に歌苗は頭を抱えた。

「だから連絡は入れたじゃないか。空港で待ってるって」
「貴方が路銀尽きたというので私は帰りの飛行機代を稼いでいたんです!二人分!連絡が入ったとき私は仕事中でした!」
「まあまあ、無事帰ってこれたんだからいいじゃないか」
「キョウゴ!」

少女は響吾の胸ぐらを掴み思いっきり揺さぶる。それに対し響吾は「はは」「まあまあ」と笑うだけで。いきなりの出来事だったがとにかく自分の父が悪いことは歌苗にもわかった。響吾らしいといえば響吾らしいのだがそんならしさなどいらない。捨ててしまってほしい、是非。

「ちょっとお父さん、また何か迷惑かけたの!?っていうかこの子誰!」
「彼女はナマエ。君の妹だよ」
「妹ォ!?」
「いえ、カナエさん。私は貴方の妹ではありません。キョウゴの娘でもありません。一介の秘書です」
「秘書……?秘書ってあなたが?」

ナマエ。クラシカロイド計画の前身。試作段階のプロトタイプだと響吾は語る。音楽の才はあるが音楽家の魂を受け継いではいない。よってムジークも使えない。それが響吾を追ってやってきた少女の正体だった。目覚めてからは研究の補佐として、響吾がバッハの元から逃げ出す際に秘書ということにして伴ったのが彼女らしい。

「というわけで彼女も此処に住むから」

へえ。まだいたんだー、私のきょうだい。そしてやっぱり住むのかー。
歌苗は混乱していた。存在を知らなかった妹の出現だとか、部屋割りだとか、食費だとか、夕飯の人数だとか。既にワーグナーがおつかいに行ってしまっていた。渡したメモは彼女を除いた人数分。

「キョウゴ、それはカナエさんに迷惑では?私なら大丈夫ですカナエさん。のでどうぞお構いなく」

良かった常識がある。それだけでいきなり現れた妹に対しての好感度が爆上がりになる。他が常識なさすぎるのだ、他が。それはそれとして。妹らしい妹が増えることは純粋に嬉しかった。弟だけでなく妹まで。

「いいのいいの!部屋は何とかするからうちにおいで!」
「そうですか?では、お言葉に甘えますね。家賃も期日までにきちんとお支払いしますから」
「そんな家賃まで……!嬉しい、ずっと此処に住んでいいですからね!」

逃してたまるものか。歌苗はナマエの手を取り両手で握りしめる。ああ、なんて可愛い妹。常識もあるしなにより家賃を入れてくれる気がある。今日の夕飯ももう一人分くらいなんとかなるだろう。おつかいに行ったワーグナーもじき帰ってくる。そうしたらみんなに紹介しよう。
ナマエから離れ、歌苗は息を大きく吸い込む。

「音羽館へようこそ!」

20180517

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