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※十文字ノエル


教室に居たくない。学校に行きたくない。そう強く願っても、主張しても、両親はそれを無視して、行きなさいとわたしが学校へ行くまでひっぱたく。今日もかなり粘って2時間目が始まったくらいで嫌々と学校へ来た。来たんだからもう返ってもいいだろ、とか思いながら靴を履き替える。職員室へ向かおうとすると、わたしと同じように下駄箱から出てきた男の子と目があった。下駄箱の位置から言って後輩だろう。その男の子はとても目立つ見た目で、ちょくちょく校内で目にしていた子だった。たしか名前は――

「クリスくんだっけ」

心の中で呟いていたつもりが声に出ていたらしい。クリスくんはわたしを思いっきり睨みつけた。今にも殺さんとばかりに。
何かまずったのだろうか。彼が話しかけられただけでこうなるとは到底思えなかったし、もしかしてわたしだからなのだろうか。いや、違う。クリス・マスオと呼ばれていたのを遠目に見たけれど、思い返せばそうだ。あれには悪意があった。あのときのわたしはハーフなのかなくらいにしか思わなかったけどきっと。

「えっと、ごめん。それが名前だと思ってたというか」
「ノエルだ」
「うん、本当にごめんねノエルくん」
「おう」

それで会話は終わった。向かう先が一緒なので当然一緒に歩くことになるが全く気まずく思わない。ノエルくんもそうだろう。そこまでの関係ではないのだから。むしろわたしの悪口を言ったりしてこないだけとてもありがたかった。


それから校内で会うといくつか言葉を交わしたりしたが、わたしが卒業するまでお互い心を開きあうことはなかった。ノエルくんがわたしと同じようにいじめられていることを知って、期待したりもしたけれどすぐにそれは愚かなことだとわかった。同族を見つけて安心するようなわたしは彼と仲良くなるべきではないし、そもそも同族などと思っていい存在ではなかった。わたしの思い上がりだった。ノエルくんは尊い存在だった。


ノエルくんのことは名前と学年と音楽が好きなことくらいしか知らないけれど、それでもわたしは彼のおかげで変わることができた。ノエルくんのように、わたしもわたしの世界を持つようになり、悪口がなんだ。悪意がなんだと思えるようになった。卒業前に「ありがとう」とだけ告げた。何をとは言わなかった。知る必要もないだろうから。



街で彼の歌声を聴くようになった。
本屋に行けば積み上げられた音楽雑誌の表紙にデカデカと載っているのを目にする。
CDを発売日に買ったのは内緒だ。
部屋でかけていたら編集さんに「人気の曲も聴くんですね」と意外そうに驚かれたりしたけれどあれは特別なのだ。
さて、私はといえば。高校、大学と楽しいことばかりではなかったけれど、今は楽しく作家をやっている。まだ名前は売れていないが、いつか皆が手に取るような小説を書いてやるんだと日々意気込んでいる。今書いているのは冬の子と二つの人形の話だ。あるとき見た不思議な夢を参考に、言葉選びに苦労しながら書いている。
ノエルくんは私のことなんて忘れているんだろうけれど。
彼の歌にあるように《命を燃やした証》を遺したいと思う。昔は死にたいなどとよく思ったりしたものだけれど、今は違う。生きているなら燃えてやろう。

窓越しに見る星空を、ふと夜鷹が駆け上ったような気がした。

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