今宵、シルフの涙を戴きに参上する。
──怪盗ナマエ
静寂に包まれた薄暗い室内。警備の目を掻い潜り、ときに強行突破するなどして獲物の場所までやってきたナマエは懐からハンマーを取り出す。目当てのものに間違いはない、逃走ルートも確保した。深く息を吸って、そして手を振り上げた。
「そこまでだよ、お嬢さん」
宝石は月明かりを受けて淡い光を放つ。
「なんで、」
続く言葉は何故見つかったのかという疑問ではなく。なんで、同業者が。その行為を止めるのかというものだった。
「率直に言おう。君に怪盗を名乗る資格はない」
冷たい目。怪盗シャノワールは突き放すように言った。
「怪盗に資格がいるとは知りませんでした」
「では今度からはコソ泥とでも名乗りたまえ」
「まあ、なんて失礼な男でしょう」
「人に危害を加えるのだけはいただけないな。それに君の手口は美しさに欠ける」
美しさに欠ける?当たり前だ、ナマエが怪盗をやっているのは趣味でも、あるいは人々に浪漫を与えるためでもないのだから。目的はただひとつ、故郷の秘宝をとある男から取り返すこと。今までの犯行はすべてその予行練習。腕を磨き、名を売ったうえであの男に予告状を叩きつける。ただのコソ泥などではなく怪盗として。それがナマエの目指すところだった。
「貴方が何を言おうと私には成し遂げねばならないことがある。止めるならそれは無駄というものです」
「ほう」
「ついでです、一応貴方にも訊いておきましょう。死の商人と呼ばれる男をご存知ではありませんか」
「──何?」
「おそらく偽名でしょうが名乗っていた名は、」
被せるようにシャノワールは男の名を当ててみせた。それから考え込むような素振りを見せて、そして。
「では一つ提案なのだが私を師として仰ぐというのはどうだろう?その男には私も因縁があるのでね。私から技術を好きなだけ盗むといい」
「……むぅ。きっとそちらの方が好都合なのでしょうね。では不肖ナマエ、貴方から盗めるだけ盗んでみましょう」
差し伸ばされた手を取る。「では早速だが」改めて宝石が鎮座するケースに向き直すシャノワール。「鮮やかに盗んでみせよう」そういった師の技術を目に焼き付けるべくナマエは目に全神経を注ぐのだった。
20170115