sky | ナノ

▼ ▲ ▼

 春の陽気に当てられて、エリンは思わずひとつあくびをこぼす。ファントムペインの基地といえど、窓から差し込む穏やかな昼の陽気に皆、心なしか緩んでいるように思える。プラントとの停戦条約通称『ユニウス条約』が締結して一年。宇宙の悪魔たちになにを譲歩することがあるのかとエリンは苛立ちを抱えつつも、大規模な作戦がないことで緊張感からも解き放たれていた。


「君が、エリン・ヒース少尉?」
 その声にエリンは口を覆っていた手をさっと引っ込める。見られていた、この位置ならば確実に。
 エリンの名を呼んだ仮面の男はこちらへと歩み寄ってくる。
「っと、君とは初めましてだったな。俺はネオ・ロアノーク。君とは別の隊で隊長を務めてる」
「失礼しました、大佐」
 男の言う通り、初対面だったがロアノークの名前くらいは知っている。無礼のないよう、エリンはびしっと敬礼を決めた。
 地球連合軍第81独立機動群ファントムペインはいくつかの隊から構成されている。エリンとエミリオとダナが所属する隊、スウェンやミューディー、シャムスたちが所属するホアキン隊。それ以外にもいくつか存在すると聞く。ロアノーク隊もそのひとつだった。非正規特殊部隊と機密を多く抱えるこの組織で、特に構成員ともども正体が知れないロアノーク隊。その隊長がこの仮面の男か。しかしその隊長が自分に何の用だろう。わざわざ話しかけてくるのだからとエリンは身構える。
「うん、そう改まった話でもないんだが……訊けそうなのが君くらいしかいなくてさ」
「自分にできることなら答えますが」
「なら遠慮なく。君の年頃の女の子ってどんな服が好きなの?」
「は?」
 思いがけぬその問いにエリンは耳を疑った。仮面をつけていても目の前の男が三十前後くらいの歳であることは容易に想像がつく。そしてエリンは十七だ。まさか……。ある言葉がエリンの頭をよぎる。
「いや、セクハラでもロリコンでもなくてだな、俺はただ純粋に!」
「何も言っておりませんが」
「君の顔が言ってたんだよ……。じゃなくてだ。俺の部隊の子……ステラっていうんだけど、その子に服を見繕ってやりたいんだがどうにもわからなくてさ。周りも大人ばかりだし、頼れそうなのが君くらいしかいなくて」
「それは彼女に選ばせたほうがよろしいのでは?」
 同じ年代にしかわからないことはあっても、人には好みというものがある。例えばエリンとミューディーはファッションの方向性が異なるし、エリン基準のセンスでミューディーに服を渡しても、彼女の好みと一致するかはわからない。だったらお金は払うのでその場で本人に選ばせるとか、その方が無難だ。ましてやエリンはステラという少女のことを知らない。外に出れない事情があるかもしれないが、それだったらカタログを見せてやればいい。
「まったくもってその通りなんだが。ステラがな……ああ、よければヒース少尉も付き合ってくんない? 君のところの隊長さんにはちゃんと話つけといてやるから。な?」
 やけにぐいぐいと来る人だなとエリンは困惑するが、その実不思議と不快感はなかった。ステラに対し、真摯に接しようとしていることはこの短い会話のなかでもわかった。どうしてもエリンを巻き込もうとしていることには目を瞑りつつ……。
「わかりました、お引き受けします」
「それはよかった。ありがとう少尉。このお礼はちゃんとする。じゃあ、あとで日時を決めて送るから」


 口元をほころばせて、ネオは去っていく。遠ざかっていく黒い背中。仮面の下に覗く金髪を視界に収めながら、こんなことをしていいのかとエリンは自分に問う。
 心配しなくてもまた戦争は起きるだろう。先の大戦後、与えられた最新鋭の新機体。ロアノーク隊の発足。停戦という形で一応の決着はついたが、それでも上層部は諦めていない。そしてそれはプラントも同じこと。家族に始まりアズラエルやオルガたち、そしてフレイといった、志半ばに散っていった者たちの仇を討てる日はいつか必ずやってくる。
 だが、それまでにはまだ時間もあるだろう。ステラという少女も次の戦いを想定して投入されたのだろうし、一息いれておくのもまた選択のひとつだ。
 再び眠気がエリンを襲う。とりあえず水でも飲もうかとエリンもその場を後にした。ネオと交わした約束に、どこか心を躍らせながら。

20200219

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -