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 件の少女を視界に収め、ナタル・バジルールはその場に立ち止まる。
 エリン・ヒース。フレイ・アルスターと同じ年くらいの少女は、こと軍事基地において異質な存在だった。民間人の少年少女がクルーを務めるアークエンジェルとはわけが違う。アークエンジェルの場合は、成り行きでそうなってしまったわけだが。
「ただの少女じゃないか……」
 すれ違い、遠ざかっていくエリンの背中を見て、ナタルはぽつりと零す。思い起こされるのはムルタ・アズラエルとの会話。以前ナタルは、事情を知っているらしい理事にエリンのことを問いただしたことがあった。


「だって、させてあげたいじゃない? 仇討ちをさ」
 さも当然かのようにアズラエルはその少女を戦争に加わせることを肯定した。コーディネーターの所業で家族を喪った哀れなこども。エリンはその悲しみをコーディネーターへの憎しみへと変えた。そこまではナタルも納得できる。それは珍しくないことだ、軍の中にも例えばエイプリル・フール・クライシスなどで肉親を亡くしたものは少なくない。
「ですが理事、まさか彼女にも彼らのようなことを──」
「彼ら? ああ、アイツらのことですか。なんだ、艦長さんもけっこう乗り気じゃない」
「いえ、自分は……」
 アズラエル財閥主導で行われている非人道的行為に、ナタルは賛同したわけではない。言いよどむナタルにアズラエルはわざとらしくやれやれと両手を挙げ、肩をすくめた。
「優しいんですねえ、艦長さん」
「それは、お褒めの言葉として受け取っておきます」
 言葉に対して、心のこもってないやりとり。ナタルはこの男がどうも好きになれなかった。
「してませんよ、彼女には。訓練を受けさせてますがそれだけです。愛情があるなら本当は強くしてあげるべき、なんでしょうが。けど女の子なんだし、出歩く自由まで奪うのはかわいそうでしょう?」
「はあ、そうですか」
 オルガ・サブナック、クロト・ブエル、シャニ・アンドラス。
 ナタルは三人のパイロットたちを思い浮かべる。正式には彼らは三体の生体CPUなのだが、ナタルはどうしてもその少年たちを部品として見ることはできなかった。それでも、彼らのように薬漬けにされて消耗品となり前線へと送り込まれる子供が一人でもいないのなら、それに越したことはない。
「それに彼女の場合、最初から従順でしたしね。従順な犬には飼い主も多少甘くなるというものですよ」
 どのみち人間扱いされていないことに気づいたナタルは、手を後ろに持っていき、静かに拳を震わせる。
 冷徹になることと非情を振りかざすことは違う。戦場では犠牲が生まれる選択を強いられることもある。だが、だれかを切り捨てることになっても、命を軽く見ることまではしたくない。というのにこの人は。目の前の男は何事もなかったかのように自身のネクタイをいじっている。
「ああそうそう、同情するのは勝手ですけど、彼女はそういうの求めてませんよ。これ、忠告です。それじゃ、僕はまだ仕事がありますので。艦長さんもお仕事頑張ってくださいよ」
「はっ」
去っていくアズラエルに、ポーズとして敬礼で見送る。一応あんなのでも、上司ということになっている。アークエンジェル時代はたびたび艦長のマリュー・ラミアスの甘さに舌を打ったものだが、あれは良い方だったのだと、アズラエル理事と出会ってからは強く思う。マリューの甘さはけして嫌いではなかったし、ナタルもアズラエル基準にしてみれば甘いのだろう。せめて自分だけは少尉たちやエリンという少女を人間として扱おう。緊張感から解放されたナタルは壁に寄りかかり、溜息をついた。


 一連の会話を思い出し、ふと思い立ったナタルは、今しがた少女が去っていった方へと足を向ける。
 少し進んだ先の開けた場所で、エリンは水分補給をしていた。
「少しいいか?」
 ナタルはエリンの隣に収まる。エリンのふたつの瞳がまじまじとナタルを見つめている。ナタル・バジルールだと名乗れば、納得した様子で話に応じる姿勢を見せる。
「大規模作戦が終わったら、私の元へ来るつもりはないか? もちろん君の意思次第だ、嫌なら断ってくれていい」
「じゃあ断ります」
 即答。それは明確な拒絶だった。エリンは興味を失くしたようで、その視界にナタルの姿はなかった。
 アズラエルの忠告が思い起こされる。たしかにこの少女は同情などは求めていない。きっと彼女は人の感情の機微に聡いのだ。そういう意図をもって話しかけたナタルが悪かった。
「そうか……すまなかったな。なにか困ったことがあれば、相談してくれ。同性じゃないとわからないこともあるだろうから」
 慣れない笑みを作り、彼女にそう告げた。が、返事はない。それらしいリアクションもなかった。歯がゆい気持ちを噛みしめながら、ナタルは所定の部屋へと戻る。自分に彼女は救えない。
 その後作戦が始まるまでいくらか当たり障りのない会話はしたものの、エリン・ヒースがナタルを頼ってくることは終ぞなかった。

20200217

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