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 ファントムペインといえば、忘れちゃいけないやつがもう一人いる。ブレイク・ザ・ワールドの少し後、クライアントの依頼で取材をしに行った地で出会ったファントムペインの少女、エリン・ヒース。
 この章では彼女との出来事を語る。なお、エリン本人の意思を尊重して、この章は公にしないものとする。これはあくまでオレとエリンの記録だ。


 出会いの地はハバロフスク地方のユーラシア連邦所有の施設付近だった。ほかの都市と比べて被害の度合いは小さいものだったが(だからといって軽視するべきではないが)、ブレイク・ザ・ワールドの余波を受け、隠されていた地下施設が地表へ姿を現していた。それでオレは取材に行ったわけだし、エリンもその施設を破壊するように命令されていた。結局、オレが取材する前に施設をエリンに破壊されてしまったのは無念に思う。
 エリンの隠蔽工作の場にちょうど、オレとカイトは居合わせた。オレの『アウトフレームD』に気付いたエリンはそのままオレに襲い掛かり、戦闘へと持ち込んでいく。ジャーナリストとして、戦うのは本意ではない。そしてオレは戦闘のプロでもない。急いで操縦を変わったカイトがエリンの『リーラレイダー』の機関砲を避け、戦いは始まる。
 交戦中、断片的に聞こえてきた声。
「コーディネーターは宇宙の悪魔です」
「私たちの平和の為にコーディネーターを抹殺しよう」
「青き清浄なる世界の為に」
 それはパイロット自身の言葉ではなく、必死に言い聞かせているように思えた。「本当の世界を見に行かないか?」機体の羽をもがれても、なお立ち向かってくる彼女に、気付けばそう問いかけていた。一瞬動きを止めた『リーラレイダー』。すかさずカイトは無力化させる。その場を制したのはカイトだった。
 コックピットに頭をぶつけたのだろう、血を流し気を失ったパイロットの少女をオレたちは保護した。オレの中の野次馬が騒いだのと、純粋に彼女は世界を見るべきだと、見せるのがオレの役目だとそう思ったからだった。依頼人、マティアスもエリンとの出会いを見越していたようだ。というより、彼の本来の目的はオレとエリンを引き合わせることにあった。
 「お決まりの反コーディネーター主義」を振りかざし、オレたちに(とくにコーディネーターのカイトに)、敵意を見せていたエリンは、次第に打ち解けてくれた。エリンが自ら素性を詳しく話してくれたのは、ファントムペインによるマーシャン襲撃事件の後だったが(先述したエミリオとダナと同じ隊だったそうだ)、とにかくオレはエリンを連れて世界を見て回った。詳しい話は省くが、荒地に咲いた一輪の花を見たエリンの表情は、年相応の少女そのものだった。そのころには彼女に施された洗脳教育も殆ど消えかかっていた。世界を知る前の子供に特定の思想を植え付けることは、けしてやってはいけないことなのだと、エリンの笑顔を見て改めて強く感じる。
 ただし、エリンは地球連合(というよりはブルーコスモス)に対して恩を感じてもいる。まだ子供の彼女に生きるか死ぬかの生活を強いたのはエイプリル・フール・クライシス事件であり、そんな生活からエリンをすくい上げたのはブルーコスモス前盟主のムルタ・アズラエル氏だということは、けして目を背けてはいけない事実である。たとえ洗脳教育を施し戦線へと送った相手だとしても、まったくの善意ではなくても、事実エリンの命は彼に救われた。歪められた憎しみを植え付けられていたとしても、生きる糧はもらえたのは確かだとエリンはオレのインタビューにそう答えた。
 エミリオとダナの脱走未遂事件。その詳細は先までの章で書いたとおりだが、その後、エリンはエミリオと今後のことを話し合ったそうだ。まだ結論は出ていないようだが、今までが今までだったのだ、ゆっくり決めていけばいい。これまで取材を行ってきた二人の少年少女の新たな門出に立ち会えることは、ジャーナリストとして冥利に尽きる。オレとは違う道を歩むことになるのは少し寂しいが、二人ならきっと大丈夫だろう。


 (追記:エリンはジャンク屋の伝手でD.S.S.Dで働くことに決めたらしい。あそこにはスウェン・カル・バヤンもいると聞くし、エリンも心強いだろう。コーディネーターを憎むことしかできなかった少女が、現在、『未来の可能性』を見上げている。あの時連れ出してよかったと心から思う。そしてエリン・ヒースの幸せをオレ、ジェス・リブルは強く願っている。)
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