sky | ナノ

▼ ▲ ▼

 現実と夢の間をエリンは彷徨っていた。

 空腹を感じてしばらく、エリンは寝てしまおうという結論に達した。食事が与えられる時間までまだ数時間もある。
 たとえばこれが自分本来の隊であれば、間食を摂ることも出来たのだろうが、今は出向中の身である。自分にはとりわけ甘いらしい飼い主のアズラエルも、今はそれどころではなかった。

 適当な無人の部屋を探してエリンは侵入する。ちょうど自分の仕事もない。
 飢えは嫌いだ。あの寒さと恐怖と孤独を思い出す。寝てしまえさえすれば空腹を忘れられる。
 それに。海上の移動はどうしても慣れなかった。やはり人間は大地から離れられないことを知る。ましてや、宇宙など。
 宇宙の悪魔コーディネーター。やはり奴らは人間ではないのだとエリンは改めて思う。

 部屋のソファの上で静かに眠りについたエリンは、息苦しさを感じて眉を顰める。苦しい、けれど温かい。瞼の裏で再生される在りし日の記憶。
 穏やかな日常。そして奪われた日常。だからエリンはコーディネーターを憎む。
 そこで意識がはっきりとしだして、エリンはぼんやりと目を開ける。視界に飛び込むライトグリーン。なおも持続する息苦しさの正体は、エリンの身体に埋めていた顔を上げる。
「あれぇ、起きたの」
 紫と金、左右で違う瞳がエリンをじろじろと見つめる。
 シャニ・アンドラス。フォビドゥンの正式なパイロットである彼の髪は乱れ、顔の全体を窺えた。

「なんか柔らかいんだよね、お前」
「女だからじゃないの?」
 積み重ねた訓練である程度筋肉は付いていても、男と女の差というものはある。先程までシャニが埋めていた胸なんかそうだ。
 同意なく抱きつかれることにエリンにそこまでの嫌悪感はない。男所帯で育ってきたし、戦場に男女の区別なんてものは存在しない。
 相手がコーディネーターではない同年代の少年だったからエリンは現状を受け入れた。なんか温かいし、重苦しい以外に困っていることはない。これがまた別の相手だったらエリンは咄嗟に引き剥がしていたので、つまるところシャニは許容範囲内だった。普段から少し様子のおかしい彼である。別に抱きつかれることのいやらしさもそこには感じない。

「ふぅん、女って変だね。弱いしさぁ」
 どうしてその答えに行き着いたのかはわからないが、エリンの目と鼻の先でシャニは口角を上げ笑っている。それでいてエリンの背中に腕を回したまま、離さないから、まあ嫌ではないのだろう。

「……重いんだけど」
 海上とはいえ、ここは地球だ、重力はある。そろそろ退いてほしい旨を告げるも「いやだね」の一言で一蹴される。
「俺の場所で寝てたお前が悪いんだよ」
「それはごめん」
「許してほしかったらしばらくこうさせてよね」
「うん」

 時折揺れる艦内、エリンはしばらくシャニのされるがまま抱きしめられていた。ふと母のことを思い出し、彼の頭に手を乗せてみると、彼の瞳が揺れた気がした。エリンが母親になることはないだろうが。
 ふたりはきっと愛に飢えていた。あくまでエリンの推測にしか過ぎないが。手に入らないものを求めて、エリンはシャニの背中に手を回す。
 たとえ傷の舐め合いでしかなくても、今はこの温かさを感じていたかった。

20200212

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -