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「──オレが見せてやる、本当の世界を! オレと一緒に見に行こう!」

 そう言わなければならないと思った。伝えなければならないと感じた。
 ジェスの魂の訴えはスピーカーを通して相手MSのパイロットへと届けられる。動きを止めるMSに、マディガンはやれやれと相棒の行為に呆れながら、焼き切れる寸前のビームサインで正確に相手の武装を無力化していく。
 反応のない相手パイロット。アウトフレームDで無理やりコックピットのハッチをこじ開ければ、地球連合軍の服を纏った少女の姿が現れる。声からして若い女子であることはジェスもマディガンも予測はしていたが、まさかこれほどとは。シートに力なく凭れ掛かる少女の頭から血が滴り落ちているのを見て、ジェスは急いでアウトフレームDから出た。


「手当してそのまま保護。それが今回の顛末なのね、ジェス」
 サー・マティアスの邸宅、ジェスは今回の経緯を包み隠さず伝える。
 ある少女と遭遇し、保護したこと。その少女に世界のありのままの姿を伝えると約束をしたこと。そして取材前に爆破され、肝心の取材を行えなかったこと。
 失敗してしまったことにも関わらず、マティアスは満足そうに「ホホホ」とジェスを見つめる。
「それでこそ、アタシの見込んだジェスよ」
 彼の依頼の真意はいったいどこにあったのか。予想はつくが、彼が語らない以上、その真意はジェスにはわからない。
「だが、取材に失敗してしまったのは事実だ」
「なら、彼女にインタビューしてみるというのはどうかしら?」
 ジェスがロシア極東の山脈で保護した少女、エリン・ヒース。
 道中、バックホームで目を覚ましたエリンは暴れに暴れた。コーディネーターであり、腕に覚えのあるマディガンが相手だったから事なきを得たが、マディガン曰く彼女の力もMS操縦の腕も(ナチュラルとしての)並ではないらしい。
 コーディネーターに対し、異様な憎しみを見せる少女、エリン。地球連合軍に引き渡すわけにもいかず、結局マティアス邸へと来るまでは鎮静剤で眠ってもらっていた。
 今は、マティアスの召使いたちがしっかりとした設備でエリンの傷を見ている。最初は暴れていたエリンも、今はどうにもならないと諦めたのか、その獰猛さは鳴りを潜めている。
「……エリンにか?」
「まずは信頼を得ることが先決よ。それに彼女に言った言葉の責任も取らないとね」
 信頼。マティアスの言う通りだ。取材には『信頼』が必要になる。
 ジェスは頬をひと掻きして覚悟を決める。あの時、ジェスの言葉はエリンに届いた。なら、きっとそれに込められたジェスの想いも伝わるはずだ。殴られるかもしれないが、仕方なかったとはいえ本人の意思を無視してここまで連れてきてしまったのは事実だ。パンチの一つや二つくらいは受け入れてやるぞとジェスは意気込みマティアスの前から去る。
「あなたなら彼女の歪みをなくせるわ、ジェス」
 一人だけの空間。サー・マティアスは誰に言うでもなく、そう呟いた。


「帰して」
 丁寧に拘束され椅子に収まるエリンの視線がジェスを刺す。
「君が望むなら、オレは君を解放しよう」
 エリンをバックホームへ運び込んだあと、マディガンは大破したエリンの機体のコックピットをビームライフルで破壊した。グチャグチャに溶け合ったコックピット。おそらく連合はエリンをMIAとしてではなく、戦死者として扱うだろう。だとしても、本人が帰ってくればまた別だ。目撃者であるジェスとマディガンの首を持って帰れば、処罰も軽くなろう。
 やりたいならやればいいと、ジェスは告げる。仲間もいただろう。帰りたければ帰ればいいと。拘束こそされているが、今ここにエリンの生き方を縛るものは存在しない。正真正銘の自由だ。
「だが、エリンは本当にそれでいいのか?」
 どこまでもまっすぐなジェスの目。エリンはその問いに答えられなかった。
「……ひとつ、問いたい」
「ああ、なんでも訊いてくれ。オレはウソを絶対につかないからな」
「あの言葉は正気で言ったの? 世界の真実を私が知らないと? 会ってばかりの私に世界の真実を見せたいと?」
「正気だ。……エリン、真実ってなんだと思う?」
「…………本当に起こったこと」
「そうだ、オレもそう思う。もっと言えば、自分が目にしたもの、それがオレの思う真実だ」
 ジェスがエリンを放っておけなかったのは、目の前の少女が歪められた『真実』を聞かされて育ってきたからだと感じたからだった。他者を嫌うことは自由だ。その逆もまた同様に。だが憎しみを、向けるべきではない人にまで向けることは間違っているとジェスは思う。それはまた新たな憎しみを生むだけだ。できることなら、それは止めたい。
「オレは君に世界を見せてやりたいと思ってる。見たあとで、何を感じて何を思うかはエリンの自由だ。だが今のままじゃきっとよくない。真実を伝えるのがジャーナリストだ。これはオレの自己満でもある。嫌なら断ってくれればいい」
 ジェスの真摯な態度に、思うところがあったのか、エリンは語りだす。
「……私の家族はコーディネーターに殺された。拾ってくれた神様のようなひとも、仲間も、みんなコーディネーターとの戦いで死んだ」
「……そうか」
 エリンにはコーディネーターを憎む理由があった。ただ真実を歪められて教育されていただけではない。ジェスは眉を下げて、彼女の言葉を深く受け止める。
 だとしても、憎むべきは家族や仲間を殺した相手で、コーディネーターすべてではないはずだ。どうかそれに気付いてほしい。
「私はコーディネーターを許さない。滅ぼさないと気が済まない。けれどたしかに、ジェスの言う通り、私は世界を知らないのかもしれない」
「エリン……」
「だって、こんな馬鹿がいるなんて知らなかった」
 エリンの容赦ない言葉。エリンの雰囲気は先ほどまでと打って変わり、そこには柔らかさがあった。
 馬鹿上等。それで一人の人間を解き放つことができるなら、馬鹿でいいとジェスは思う。


「……ジェス・リブル。そこまで言うなら私に世界の真実を見せて」
 しばらく考え込んだのち、エリンはジェスの目を見据えて、責任を取れと告げた。
 エリンとしても、現ブルーコスモス盟主のロード・ジブリールに従い続けることは癪だったし(あの男ではアズラエルの代わりは務まらない)、それにジェスの言うことに興味を惹かれたからだった。そんなに言うなら『真実』とやらを見てみようじゃないか。つまらなかったら文句をつければいいし、面白いものが見れるのならそれはそれでいい。
 ジェスはナチュラルだ。エリンが彼を嫌悪する理由はない。
「いいぜ、オレと一緒に見に行こう。よろしくな、エリン」
「よろしく、ジェス」
 抵抗の意思がないとわかるとすぐに拘束は外され、ジェスに求められるがままに握手に応じる。
 エリン・ヒース、三度目の生。親にもらったいのち、アズラエルに救われたいのち。今度は世界のありのままを見ることを求めて。エリンは羽ばたく。

20200224

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