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 ──その日、世界は震撼した。

 各地に降り注ぐ岩の雨。それは無慈悲に、大地を、生命を根こそぎ奪い去っていく。街を、文明を破壊していく。穿たれる大地、舞い上がる砂塵。建物は崩れていき、波は全てを飲み込んでいく。泣き叫ぶ子供の声。愛する人、愛する故郷の姿を求め、彷徨う人々。無秩序な世界。ああ、人間とはかくも無力なものだろうか。


 C.E.七十三年十月三日。
 『血のバレンタイン』事件により崩壊し、デブリ帯を漂っていたコロニー『ユニウスセブン』。突如軌道を変えたユニウスセブンの残骸は、地球へ吸い込まれるように落ちていく。
 後に『ブレイク・ザ・ワールド』と名付けられるこの事件――誰もが最悪の光景を思う中、ユニウスセブンの異変にはやく気付いたザフトの最新鋭艦ミネルバのクルーたちは食い止めようと尽力する。二十四万の魂を乗せたユニウスセブン。ザフトの若きパイロットたちの活躍により、辛うじて最悪のケースだけは免れたが、青い空の下、広がるのは見るも無残な地獄だった。
 人々の心に消えることのない爪痕を残したこの事件。かつて娘を喪った男の怨嗟の叫びは、新たな怨嗟を呼ぶ。連鎖する憎しみは止まることを知らない。


「ローマに上海、ゴビ砂漠にケベック。フィラデルフィア、大西洋北部……。北京は地図上から消失して、サウスカロライナ州からメイン州一帯は水没。フォルタレザやスリランカは大津波で……」
 コックピット内でエリン・ヒースは聞かされた被害状況を挙げていく。エリンの故郷も無事で済まなかった。
 ユニウスセブン落下事件。それは人為的に引き起こされたものである。一連の事態を引き起こしたのがプラントのコーディネーターだと、第81独立機動群ファントムペインは確かな証拠を掴み、その映像はすぐさま全世界へ発信された。高まる反コーディネーター感情。当たり前だ、史上最悪の未曽有の災害を宇宙の悪魔たちが引き起こしてきたのだから。
「ナチュラルを殺せ!」「ブルーコスモスに死を!」
 畳みかけるように起きた、フォルタレザ市のテロ事件。映像の向こうのコーディネーターの少年少女は「仕返しをする」と宣う。
「お前らがいるからいけないんだ、何が野蛮なナチュラルなんだ! 人間の姿をした悪魔が被害者ぶって!」
 毎日数度はニュースで流れされるこの映像は日々明らかになったコーディネーターの非人間性を広めている。
 追い打ちをかけるように世界各地で起こされるテロ行為。別の作戦に向かったというミューディーたちの顔を思い浮かべる。ファントムペインが動くことで、やつらを根絶やしにできればいいが。

 繰り返し流れる映像にいい加減うんざりし、エリンは溜息をひとつ吐いて録画映像をを閉じる。そのままルートを確認し、MA形態のGAT―X370Lリーラレイダーを飛ばしていく。機体の縁を藤色に塗られたこの機体。アクタイオン・プロジェクトで再生されたこの機体は、かつて後期GAT―Xシリーズのテストパイロットに加わっていたエリン・ヒースの専用機として与えられたものだった。
 ファントムペインは非正規特殊部隊。その存在を表に知られることなく、かつ迅速に動かなくてはならない。エリンに与えられた任務は、ハバロフスク地方にあるユーラシア連邦所有の地下施設の破壊だ。つまりは証拠隠滅。ユニウスセブン落下の衝撃で、地表に現れてしまったその施設を見つかる前に消し去れと、エリンは一人この任に就いた。
 極東ロシアの地。そこはエリンの故郷であった。家族とかけがえのない時を過ごした想い出の地であり、今は亡きムルタ・アズラエルと出会った聖域でもあった。コーディネーターはエリンから家族や仲間、あるいは神とも呼べる人を奪うだけに飽き足らず、想い出までも奪っていった。怒りが込みあがり、コックピットの壁に拳をたたきつける。エリンの目じりには涙が溜まっていた。できることなら今すぐでも叩き潰しにいきたいのに。だが、地球連合の戦力もだいぶ削がれてしまっている。生きている兵やMSたちも、大方災害の救援へと回されていた。
「けれどコーディネーターたちはあの砂時計の中でのうのうと生きている。日常を送って……たくさんのナチュラルは日常どころか命まで奪われたのに……」
 結局、エリンは目の前の任務をこなすしかない。あの雨の日、力が欲しくてアズラエルの手を取ったはずなのに。力を認めてもらっても、ファントムペインの一員として力を奮っても。結局一人ではなにもできない。ナチュラルであるこの身が、時折どうしようもなく恨めしくなる。
 セットしていたアラームが鳴り、エリンは袖口で涙を拭う。目的の施設はすぐそこだった。

20200224

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