「……ラーメン」

 幾月命、放課後最初の一声。
 どうしてだか五限目を過ぎたあたりから、はがくれのラーメンが食べたくてしょうがなかった。一度ラーメンの口になってしまったからには食べるしかない。食べるまでこの欲求は収まらない。
 財布を開いて持ち金を確認する。そうと決まればとバッグを掴んで教室から駆け出した。


 ドンと出されたはがくれラーメン。定位置となったカウンター席の角でミコトの目はきらきらと輝く。
 湯気と共に昇る魚介ダシの効いたスープの香りがミコトの食欲をそそる。脂の乗ったトロ肉チャーシューは照明の光を反射して。

「あれ。もしかして隣、幾月さん?」

 一口啜ったときに入ってきた二人の男子高校生。
 ミコトは口の中の麺をよく咀嚼して呑み込んでから口を開く。

「……誰?」
「出たよ。本日二回目だよ。流行りなの? それ。友近だよ、友近! 一緒のクラスだろ」
「あ、有里」
「幾月さんは一人?」
「ミコトでいい。紛らわしいでしょ」
「そう? じゃあ今度からそう呼ぶことにする」
「二人の世界か!」

 友近健二、渾身のツッコミ。
 有里と友近がそれぞれ注文をしている横でミコトは無心にラーメンを啜っていく。

「しかしよく食うよなー、ミコトさんも」
「たしかに。寮でもよく食べてる」
「寮!? なに、お前の寮ってミコトさんもいんの?」
「寮生じゃないけど理事長と一緒によく顔出しには」

 寮には一応ミコトの部屋もあるらしい。幾度か泊まったこともあると有里はなんとなく聞いていたが、有里が来てから一度も泊まるそぶりはなかった。
 ゆかり曰く、先月は泊まることが多かったらしい。春休みの間だけいたというアルバイトの寮母にすっかり餌付けされていたためだった。

「替え玉ください」

有里と友近の席にラーメンが置かれると同時にミコトは口を開く。

「ミコトさん、よく食べるね」
「うん。すぐお腹空くから」
「ここにはよく来るの?」
「うん」

 右に有里、左にミコト。挟まれた友近。ミコトは友近の好みの範疇ではないからそういう羨ましさはないが、それでも若干の疎外感はある。普段表情の乏しいクラスメイトたちが見せる自然な表情。気付いた友近はフッと口角を上げた。

「おいおい俺も話に入れてくれよ。だいたい有里、誘ったの俺だろ?」
「ごめん。あんまりにも彼女が食べるものだから気になって、つい」
「まあ確かにミコトさんの食べっぷりすごいよな。それはわかる。こないだも教室で順平無視して平然と煎餅食べてたし?」
「真田さん程じゃない。流石に私でも牛丼三杯は無理」
「マジ? あの人もあの人ですげえな……」

 真田がいつもそれだけの量を食べているかと言えば否だが、それでもあの光景はインパクトが強い。
 感心する友近の右でラーメンを啜る有里こそ強靭な胃袋の持ち主であると後に判明するが、現時点ではこの場の誰も知らないことである。

20190617
20200829 修正


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -