寮のラウンジ、テーブルにどさりと置かれた山。箱に詰められた薄い長方形サイズのものたち。
それらを見た有里は持ち込んだ張本人である幾月をうんざりとした瞳で見つめる。

「どしたんスかそれ……」
「これかい? いや、懐かしいよねウエハース。僕も子供の頃少ないお小遣いをなんとかやりくりして買ったものだ」
順平の問いに幾月はしみじみと昔を語ってみせるがこの場にいる人間が知りたいのはそういうことではない。このままでは埒が明かないと有里は口を開く。
「それで、どうしてそれを理事長が?」
「ミコトが、ね……カードをコンプリートするとか言って聞かなくてさ。でも僕ら二人暮らしだろう? ちょっと捌くには難しすぎかったものだから君らにもおすそ分けというわけだ」
ミコト。その名を聞いた面々はこの事態に納得がついた。が、それにしてもあのミコトが食べきれないとは珍しい。いったいどれだけ買ったのか……想像はつきそうでつかない。

「なるほど。つまり残飯処理でありますね」
「アイギス……もうちょっと言葉選んでよ……」
「すみませんゆかりさん。ですがわたしはものを食べることができません。よって作戦への貢献は期待できないかと」

作戦。処理。アイギスの飾らない言葉が有里たちにのしかかる。それくらい本当にたくさんあるのだ、ウエハースが。テーブルの上の箱、箱、箱。ミコトは何を思ってこんなに買おうとしたのか。そしてそれだけ買わないとコンプリートできないものだというのか。有里とゆかりの脳内に消費者庁の単語がぐるぐると回り始めたところで、上の階から誰かが降りてくる音がして皆の注意はそちらへ向かった。

「あ、幾月さん。いらしてたんですね、こんにちは。……ってあれ、それなんですか?」
降りてきたのは天田だった。戦力が増えたことに有里とゆかりと順平の三人は心の中でガッツポーズをする。
「こんにちは天田くん。君もよければどうだい? ウエハース、ご覧の通りたくさんなんだよ」
「……もしかしてこれ、ミコトさんが?」
「天田少年大正解。いやオレもちょっとこれには引くわ……」
「まあ……。あ、けどこれミコトさんが好きなロボットアニメのですよね。コンプリートしたい気持ちは僕もわかります。でもこんなに買ったならけっこうお金掛かるんじゃないですか?」
確かひとつ百円とちょっとで……と天田は指を折り計算を始める。六本目の指に差し掛かったところで計算を諦めた。これは考えない方が利口と判断したためだった。
「そうだね、それなりにしたね」
「もしかしてこれ全部理事長が?」
「ミコトに頼まれちゃったからね、あはは」
「てか、いくらなんでもちょっと甘すぎません……?」
「これが親バカならぬ叔父バカ……なるほどなー」
テスト期間になると厳しいのはミコト本人から聞かされてはいたが、それにしたって。
ゆかりの隣の順平もうんうんと頷き同意を示していた。
幾月はミコトの親代わりなのだ。こういうふうに甘やかしてくれる大人がいることに羨ましいとゆかりは少しだけ思う。

「まあ、いろいろとね。ミコトの保護者をやってるけど、僕たちは本当の親子なわけでもないし」
「ミコトに嫌われたくないんですか?」
有里の問いに幾月はいいやと首を振って、微笑む。
「というよりも逃げられたくなくて、ついね」
やっぱり甘やかしがすぎるよねと幾月は付け加える。
が、果たしてそれは姪に対する感情として適切なのだろうか?四人は幾月の言葉に不安を覚え、ここにいないミコトの将来を心配した。

依然としてテーブルには箱が積まれている。

20200125


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