その夜、巌戸台分寮のテーブルいっぱいに特上の寿司が並んだ。寿司のために昨日の晩から何も食べていない順平はごくりと喉を鳴らす。
アイギスは細かい調子を見るとかでラボに出ている。付き添いの幾月とその姪であるミコトも、後からの合流の話だった。
──ミコトッチの分、残してやんねーとな! 一学期、回らない寿司を逃してしまったミコトのために順平は張り切っている。悔しがっていたのを側で見ていた順平は、今回一緒に寿司(それも特上!)を食べられることに、心の底から喜んでいた。

桐条グループ総帥であり、美鶴の父である桐条武治が到着し、祝勝会は始まる。
労いの言葉に特別課外活動部解散の報。十二のシャドウを倒し、影時間は消えたのだから当たり前といえば当たり前だが、解散することに実感が湧かなかった。ラボへ行った三人が不在のまま、祝勝会は進んでいく。寿司を食べ、記念写真を撮り。戦いも終わり、憂いも消えた。皆、わいわいと時を過ごした。

日付が変わる頃には皆、腹いっぱいでまだ食べ続けているのは順平のみだった。ミコトの分と、ついでに幾月の分は別途に分けられている。皆が手をつける前に順平主導でそれらは分けられた。

「そういえば、ミコトさん……」
天田は口を開いて、すぐに噤む。ミコトが前に言ったことを、思い出したためだった。
復讐に取り憑かれていたころの天田に、ミコトは復讐したい相手がいることを告白した。結局、あれはなんだったんだろう。しかし、天田が口を出すべき問題ではなかった。復讐の良し悪しをミコトに説くつもりもない。彼女の復讐を否定する権利もない。
「ミコトがどうかした?」
「いえ、やっぱりなんでもないです」
有里の問いに大したことじゃないと天田は首を横に振った。

「もうすぐ……もうすぐ、零時だな……」
順平のその一言で皆、静まり返る。影時間が本当に消えたのかどうか。声には出さないが、皆どこかでその可能性を疑っていた。
静かにその時を待つ。願わくば、零時零分一秒となることを。


学校へ向かいながら、ミコトは胸に手を当てては離し、また当ててを繰り返す。落ち着かないミコトは幾月とアイギスの数歩後ろを歩き、何度も何度もその行為を繰り返していた。
これで、終わる。ミコトの数年間はこの日のためにあった。あのとき、あの少年と約束してから、ミコトはこの日の為に生きた。終わったらどうしよう、そんな疑問が浮かぶ。終わったあとのことは何も考えていなかった。今考えようと試みたが、想像もつかないのでやめた。そうこう考えているうちに前を歩く二人の足は止まる。学校の正門前に着いてしまった。

もうすぐ、影時間がやってくる。後戻りは、もうできない。


訪れた影時間、夜空に穿つタルタロスは鐘の音を鳴らし、終わりの始まりを告げる。
タルタロス入り口前で、やってきた特別課外活動部の面々を、幾月とアイギス、ミコトは出迎えた。
何故、三人が此処に。戸惑いを見せるメンバーたち。幾月はゆっくりと語り出す。

影時間とタルタロスはシャドウの力が正しく現れた結果。飛び散った十二のシャドウは謂わば破片。それは“滅び”を呼ぶ者、“デス”を宿す有里と接触したことで、合わさり、一つとなる。デスが蘇るのも時間の問題だ。
十二のシャドウを倒せば全てが終わる。それはある意味で正しい。デスが復活し、デスが滅びを呼ぶことで全ての終わりがやってくる。全ての死。しかし、それは全ての始まりでもある。

「──人は世界を満たし尽くし、まっ平らな虚無の王国にしてしまった! もはや“滅び”によってしか救われない!」
幾月は両手を大きく広げ、狂気のまま語り出す。
「予言書に曰く……“滅び”は“皇子”の手により導かれる。そして“皇子”は、全てに救いを与えたのち、“皇”となって新世界に君臨する! 十年前に試みた男は確信を知らなかった。しかし時を経て、ついに僕が”皇子”となる!」
「く、狂ってる……マジで言ってんのか……?」
「ミコト、どうして君はそっちに……」
幾月の言葉は、自分たちが日々使っているものと同じ言語であるはずなのに、意味が理解できない。頭に入ってこない。狂気の前に、何もできず、代わりに有里は後ろに控えるミコトに問いかけた。
「ああ、彼女は“証”だよ。彼女の本当の姿は“死をもたらすものの欠片”。謂わば“滅びの欠片”。“皇子”である僕の元に証として遣わされた、ね」
「…………」
ミコトは言葉を発しない。能面のような無表情で、見下ろすのみだった。死をもたらすものの欠片。幾月を理解できるものは、この場に存在しなかった。

20191018


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