──ゆかりと同じくらいの年頃だろうか。
それが岳羽詠一郎が既月命に対してはじめに抱いた感想だった。

桐条エルゴノミクス研究所、通称エルゴ研。シャドウと呼ばれる未知の存在の研究を行うこの場所に、十にも満たないような年の子供はとても不釣り合いだった。
少女の存在が気になった詠一郎は、白衣のポケットの中の飴玉の存在を確認してから壁に寄りかかる少女の側に向かう。

「こんにちは。お父さんを待っているのかい?」
少女は沈黙したままだった。一応詠一郎を視界に入れているから、存在は認知してくれているのだろうが。
目の前の少女を観察して、その表情や目が暗いものであることに詠一郎は気付く。明るい笑顔を振りまくゆかりとは対照的だった。
こんな表情を子供にさせてはいけない。そんな思いが浮かんでくるあたり詠一郎は根っからの善人だった。
てっきり誰かの子供で、親を待っているものだと思っていたが、どうやらその推測はハズレらしい。ならば何故こんなところに子供が?
そんな詠一郎の疑問に答えるかのように、やってきたのは研究員のひとりだった。直接の関わりはないし、名前も知らないが見覚えくらいはあった。

「すみません、岳羽主任。この子が迷惑をおかけしてしまったようで」
胸ポケットに留められた研究員証。この若い研究員は幾月と言うらしい。
「いや……話しかけたのは僕の方だ。しばらく家に帰れてなかったのもあってつい娘と重ねてしまってね。この子は君の?」
「先日桐条の起こした事故で親を亡くした子ですよ。親戚もいないので桐条で引き取ることになったらしいのですが急のことで手違いが起きたらしく……」
「そうか、なるほどそれで……」

暗い目をしているわけだと詠一郎は納得する。何故よりにもよってこんなところに預けられてしまったのかは少々疑問だが。
詠一郎は白衣から飴玉をひとつ出して少女に握らせてやった。オレンジ味なら子供にも食べられるだろう。
「これで少しは気晴らしになるといいんだが」
手のひらの飴玉を少女はじっと見つめている。まるで飴を初めて見たかのように、警戒しながらおそるおそる観察するものだから面白い。
そう、子供はこれでいいのだ。
「これは飴。こうやって開けて、舐めて楽しむんだ」
「……きれい」
少女は透き通ったみかん色の玉を照明にかざす。飴玉などありふれたものなのに、少女にとっては違うらしい。詠一郎にも覚えはあった。子供のころはなにもかも煌めいて見えたものだし、少し前のゆかりもそうだった。

「ミコト、部屋から出ては駄目だろう」
咎めるように幾月は少女に言う。ここで詠一郎は初めて少女の名前がミコトであることを知った。
「……蝶、いたから」
「蝶?」
「金色の蝶」
どうやら追いかけてきてここまで辿り着いたのだろうが、詠一郎も幾月も蝶を見ていない。ましてや金色など。黄色の蝶と見間違えた可能性もあるが、ここは人工島。蝶が生息するような環境もない。
ミコトが持っていた飴を一瞬躊躇ってから勢いよく口に放り込んで、蝶の話題は終わった。

「では、私たちは戻ります。貴重なお時間すみませんでした」
「いや、いい息抜きになったよ。ミコトちゃん、またね」

幾月に手を引かれ、別の研究棟の方へ戻るミコトに詠一郎は手を振る。ミコトは顔だけこちらに向けて、それから引かれていない方の手で詠一郎に控えめに振り返した。少女の髪に結ばれた赤のリボンが詠一朗の目に焼き付いた。

二人の背中が見えなくなるまで見送って、詠一郎は研究室へ戻ろうと歩き出す。
詠一郎のちょっとした行いが、親を失ったばかりの少女の気晴らしに少しでも繋がったのなら、それは嬉しいことだった。ゆかりならあの子のいい友達になれそうだと思うのはさすがに親馬鹿だろうか。

研究室に入る手前で当主との確執を思い出し、詠一郎は少し憂鬱な気分になる。ゆかりやミコト。これからがある子供たちのためにも、こんな忌々しい研究はなんとしても実験をやめなければならないと固く誓う。

詠一郎が既月命という少女に出会ったのはこれが最初で最後だった。


20191017




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