『お願い〜! これから空き部屋の掃除をやるんだけどミコトも来て〜!』
ゆかりからのSOSメール。受け取ったミコトは幾月へ寮で泊まる旨をメールで送り、荷物をまとめて家を出る。
「お、ミコトッチ。お疲れさん」
寮でミコトを出迎えたのは順平だった。他に有里と真田。つまるところ男子組がラウンジで寛いでいる。
「掃除手伝いに来た。ついでだから今日は泊まる」
「へ? 泊まる?」
「ミコトさん、一応部屋があるらしいよ」
ここ巌戸台文寮は二階は男子、三階は女子と決められている。異性のフロアに立ち入りの禁止などの決まった規則はないが、やはり年頃の男女。暗黙としてそういう風潮はある。
そういうわけで、風花が入ることになる空き部屋の掃除は女子の美鶴とゆかりが行うことになった。男子が呼ばれるのは黒光るアレが現れたときくらいか。ミコトは美鶴と二人きりが気まずいゆかりにより召喚された。
ミコトが三階へ向かうと、二人がちょうど掃除に取り掛かるところだった。ミコトの姿を確認したゆかりと美鶴は、なにやらどんよりとした表情でミコトを迎えた。
「突然だったのに来てくれてありがと。この部屋を二人は大変だからほんと助かる……」
「ああ。思った以上に部屋が汚くてな……」
美鶴の視線に促されて部屋全体を見て、二人の表情の重さに納得がいった。
三人はテキパキと作業に取り掛かる。美鶴の指示は的確だった。ゆかりもミコトも指示通りに動かしていく。
「あの、さ。風花のこと、ちょっと強引だと思わない?」
ゆかりは声を抑えてミコトに聞く。ゆかりの視線の先には美鶴。今日ミコトを呼んだのは美鶴と二人きりになりたくなかったのが主な理由だった。
「そう?」
「風花、ホントは流されて入ったんじゃないかって不安でさ」
ミコトの目には、風花自身が仲間に加わることに乗り気に見えた。しかし、おそらくゆかりが言いたいのはそういうことではない。美鶴とゆかりの間には溝がある。それは明らかだった。
「美鶴さんが苦手?」
「……ちょっとね」
取り繕わずにはっきりと物を言うゆかり。ゆかりのこういうところは好感が持てる。
「──おつかれ」
掃除は難なく終わりそして風呂上がり、ラウンジでテレビを見ていたミコトの頬にひんやりと冷たいものが当てられる。
「ん、有里」
「頑張ったミコトにご褒美」
「ありがと」
キンキンに冷えた瓶ジュースをミコトは受け取る。モロナミンG。ミコトの好きな飲み物の一つである。
「……ん?」
感じた違和感。ミコトは首を傾げる。
「名前。そういえばミコトだけさん付けだったなと思って」
有里は基本女子を名字で呼ぶが、ミコトの場合、名字で呼ぶとどうしても幾月と紛らわしくなってしまう。四月、偶然遭遇したはがくれでミコトは名前で呼んでいいと言った。その流れで“ミコトさん”と呼ぶことになったがここに来て疑問が生じたのである。
ゆかりは岳羽、順平は順平、風花は山岸。同級生で有里がさん付けをしているのもミコトくらいだった。些細なことかもしれないが一度気になり出したらしばらく気になり続ける。
「ミコトとは仲良くなりたいから」
始業式で目が合ったあの日から。有里は幾月ミコトという少女に興味を感じていた。それが何故なのかはわからない。恋、とも違うような気がする。
「そう。似た者同士よろしくね、湊」
似た者同士。パズルのピースがハマるようにしっくりと来た。
20190623
20200829 修正