5月30日。
 校内では朝から、『行方不明の2年E組の生徒が朝になって校門の前に倒れていた』という怪事件の話題で持ちきりだった。

「シャドウの仕業で間違いない」

 学園の理事長室のソファにふんぞり返ってカツサンドを食べるミコト。
 もう授業は始まっていたがはなから二限をサボるつもりでここに来た。仮にも理事長の姪の立場にあるというのに図太いものである。

「やはり、か。いやはや、困ったものだよ。いきなり呼び出されたと思えば生徒が事件に巻き込まれているものだから。こりゃ対応が大変だ」
「なにか対策取らないと被害者増えると思うけど」
「その必要はない。僕たちはしばらく様子を伺おう。彼らがあの大型シャドウと接触しないことには始まらないからね。……とはいえ、確証もこれといってないんだけど」
「つまり何も手出しをするなってこと。わかった」

 今回も蚊帳の外。知らないフリをするのも一苦労だと宙を見つめる。

「ところでミコト」
「何」
「そのカツサンド、美味しいのかな」

 幾月の物欲しげな目。それはミコトの手元のカツサンドへと向いていた。
 購買のカツサンド。人気商品の一つである。匂いが室内に充満していたものだから、幾月は食欲を触発されたわけだ。

「…………あげればいいんでしょ」

 困った人だと思う。しばらく迷った後、まだ口を付けていない方からいくらか千切って渡した。


 日が変わって6月1日。
 衣替えの季節となり街は一気に雰囲気を変える。そんな中ほぼ変わらないものがここに一人。ゆかりは眉を顰めてミコトを見る。

「去年も聞こうと思ってたけど。暑くないの? ソレ。ていうか見てるこっちが暑い」

 ミコトのトレードマークである紫のジャケットは夏服になっても健在だった。と言っても昨日までとは造形が異なるし、多少生地が薄くなっていることは近くで見ればわかるのだが。

「一見暑いように見えて実は快適。特殊な素材を使っております。なんとセットでこの価格」
「なにとセットよ……」

 滅多に見ないミコトのボケ。ミコトとゆかりは良い友人関係を築けている。影時間を共有できる同学年の女子はゆかりにとって貴重な存在だ。
 だからこそ。山岸風花を仲間に引き入れられそうにないのが残念だった。
 ミコトは影時間の適性があるがそこまで。ペルソナ能力を持つことの悩みまでは共有できない。

「でもホント、なんかヤだよね、この空気」

 不安と薄気味悪さと熱狂。それらを混ぜ合わせたような異様な雰囲気が学校を包む。
 せっかく夏服に変わったと言うのに心機一転どころではなかった。
 昨日に続いて被害者もまた出たという。今回もやはり被害者は月光館学園の生徒。次は自分かもしれないと誰もが不安にさらされる。終いには怪談話まで流布され始める始末だった。

「怖い話は苦手?」
「苦手っていうか、まあ……。なんだろう、イヤな予感はするなあって思うけど」
「ゆかりの勘は当たるし、何か起こるかもね」
「ちょっとやめてよ、そういうこというの!」


20190621
20200829 修正


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