「……もう長くないんでしょ」

 昼のポロニアンモール、ミコトは薬局から出てきたイズミを捕まえた。
 ミコトはイズミの連絡先を知らない。ここか商店街にいればどこかで会えると踏んで、イズミを待っていた。
 祭りの日から既に四日が経っている。

「冗談はよせって。俺は元気だ。まだやれる」
「私も残り少ないの。……少ない間でなにやろう。約束は果たすとして、思いつかないなあ」

 ミコトはイズミの横に並び、一緒に歩く。
 復讐と約束を果たした先になにがあるのだろう。滅びとやらはいったいいつ、どう訪れるというのか。

「……ミコトは死にたくないと思ったりしないのか?」

 イズミの問いにミコトは考え込む。
 ミコトにとって死はすぐ近くにあるもので、死にたいとか死にたくないとか、そういうものではなかった。

「──どうだろう、わからない。誰か大切な人がいたらイズミみたいに思うのかな」
「思うさ。……だけどな、知らない方がよかったと後悔するかもしれない」
「イズミは後悔してないくせに」
「まあな」

 おまえのために言ったんだよ。イズミはミコトの頭をくしゃくしゃと撫でる。

「紗耶ちゃんは?」
「今日は真希さん夜勤でさ、一緒に寝てるよ」
「そっか。今日はバイトは?」
「今日はないが……なんだ、食べにくるのか?」
「ううん、早く帰ってあげなよ」

 紗耶との時間を奪う気はない。祭りの日の別れ方が別れ方だったから、心配で少し顔を見たかっただけだ。

「ジンと仲直りしなよ」

 ミコトは予感していた。元気な姿のイズミに会えるのはきっとこれが最後だと。

「……わかったよ」

 イズミの答えに満足してミコトは笑顔を見せる。

「じゃあね」

 ミコトは人混みへ混じり消えていく。

 ──勝手にやってきて、勝手に満足して帰りやがった。
 残されたイズミは妹分の気遣いを感じて穏やかに笑う。今日は紗耶の好きなものを買って帰ろう。イズミも街の雑踏に溶けていく。


 深夜零時前、ミコトは何度目になるかわからない溜め息を吐く。
 胸騒ぎがしてしょうがないのだ。時間は刻々と進んでいく。時は待たない。もう五分もしないうちに影時間は訪れる。
 ──行こう。ミコトは立ち上がり、ジャケットに腕を通す。手にはナイフと召喚器。ジャケットの中のポケットへと突っ込み、それらを固定してからファスナーを上げる。

「こんな時間に、いったい何処へ行こうと言うのかな」

 靴を履こうとしゃがみこんだミコトの背に、温度を感じさせない穏やかな声が刺さる。
 ここ何週間か、ミコトがこそこそと何かやっていることは幾月も知っていた。ミコトは靴紐を固く結びながら、背中越しに答える。

「──シャドウを喰らう、シャドウ喰らい。あるペルソナ使いの成れの果て。多分、今夜決着がつく。終わったら話すから」
「……そう。じゃあ止めないよ。けど、君の命が最優先だ。危なくなったら退きなさい」

 シャドウ喰らいの正体。それはきっとイズミだった。
 それを知るためにミコトは行く。彼の終わりを見届けるために、ミコトは夜の街へ駆け出す。
 緑青色の街も今日はどこか暗い。ミコトは空を見上げる。今日は新月だった。


 巌戸台駅周辺に着くと、もう戦いは始まっていた。
 静かな影時間に火薬の音が鳴り響く。場所は巌戸台駅裏の駐車場からだった。走るスピードを速め、裏へと回る。
 三対一、相手はたった一人だというのに苦戦するストレガ。
 シャドウ喰らいは──イズミは。それほどまでに強力だった。

 ミコトは目を凝らす。イズミの左手首から先がないように見えた。
 イズミの見せる生への執着。イズミは変わった。ただ一人、変わってしまった。

「やめとけ」

 割って入ろうとジャケットの中に手を突っ込んだミコトを、止める者があった。
 目深に被ったニット帽にコートの男がミコトの腕を掴む。

「荒垣さん」

 認識したと同時に、目の前でトランクが爆発する。爆破させたのはジンだった。人を百人吹っ飛ばして余りあるほどの威力。ミコトは反射的に耳を押さえる。爆発で飛散する破片から守るように荒垣はミコトを抱く。

「ありがとう」
「礼はいい。それよりおまえ、アイツらの中に混じれんのか」

 荒垣の物言いに思わずムッとしたが、たしかにミコトはストレガの中には割って入れない。ああなってしまったイズミを止めたい気持ちはあるし、その権利もミコトにはある。

「そうだね、あの三人の中には割って入れないや」

 ジン、タカヤ、チドリ。互いを知り尽くした三人の連携は見事なものだった。
 互いが互いをわかっているからこその動き。
 同じ被験者同士でもその境遇は違う。元々孤児だった彼らと、そうじゃなかったミコト。今も目的のためとはいえ、保護者がいるし学校だって行っている。影時間にモノを盗まなくても、ミコトは生きていける。
 そして一番の違いは、ミコトはイズミの生き方を心配こそすれ、肯定していたことだった。

「あれはストレガとイズミの戦い。そして私はストレガじゃない。でも見届けなくちゃ」

 荒垣から離れ前を向く。イズミは自身のペルソナ“名無し”と同化して、シャドウ喰らいそのものの姿になっていた。
 目も鼻も口もない、影の化け物。おまえらのペルソナも喰う。ジンに言い放つイズミはもう人間ではない。


20190707
20200830 修正


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -