「復讐代行サイトって知ってる?」

 夏期講習の帰り、寄った長鳴神社でミコトは率直に天田にそう投げかけた。怪訝な顔。天田のモノ言いたげな目がミコトに向いた。

「──なんですか、いきなり。ミコトさんまでそんな怪しいサイトを信じちゃって」
「私まで?」

 天田の座っていたベンチにミコトも腰掛ける。鞄からあらかじめ買っておいたペットボトルのジュースを天田に渡すことも忘れない。

「数日前にもそういう人がいました。ミコトさんの知らない人でしょうけど」

 天田は黒いトレーニングウェアの人物を思い浮かべる。
 数年前、天田の母は血だらけで倒れていた少年を助けた。名はイズミ。彼が家を出ていくまでの数日間、天田はイズミと過ごしたが、ろくに喋りもしなかったから記憶に薄い。
 しかし二週間ほど前にイズミと再会し、先週イズミが復讐代行サイトで天田の母の仇を討つことを依頼したのを知った。
 復讐代行なんてそんな胡散臭いサイト、信じられるわけがない。
 それに。イズミの好意は嬉しいが、母の仇は自分で取りたい。それが天田の思いだった。

「ミコトさんに復讐したい相手はいるんですか?」

 理事長の姪で、その関係でたまに寮にやってくるミコトとは、あまり顔を合わせる機会がない。たまに話しかけたりもしたが、すぐに会話は打ち切られるし、読めない人だと思っていた。けど、どこか自分と同類のように天田は思えた。

「いるよ。殺したい相手」

 ミコトが誰の顔を思い浮かべたのかは天田にはわからない。しかし、どこか安心している自分がいた。


 その夜の影時間、ミコトは家を抜け出してポートアイランド駅に来ていた。目的は荒垣だ。
 荒垣がこの辺りによくいることは知っている。先々月、ゆかりたちが不良に絡まれた話を思い出し、無用な争いを避けるために影時間にやってきた。様々な観点から、問題は起こしたくない。

「荒垣さん」

 目当ての人影を見つけミコトは駆け寄る。
 荒垣の手には一輪の花。事故現場の近くだから、そういうことなのだろうとミコトは察する。

「おまえ……今の時間わかってんのか? 何しにここに来た」
「二年前のあの事件を知りたがっている人がいるから、それを話すべきか迷って」
「……アイツか?」
「違う、彼は関係ないみたい」

 天田の口ぶりから察するに、天田と関わりのある誰かが復讐代行サイトにあの事件の復讐を依頼したらしい。天田も納得がいっていない様子だった。それどころか復讐代行サイトをインチキくらいに思っていた。

「そうか、あのことは──」

 荒垣が言いかけた瞬間、どこかで何か大きなものが倒れた音がした。続く、破裂音。
 今は影時間。この時間に活動できるものは、ミコトたちのように適性のあるものかシャドウしかいない。

 ミコトと荒垣は音の鳴った方向へ走る。走っている間にもまた音は鳴り響く。

「──ジン!」

 辿り着いた先にはジンの姿があった。さらにその先には人の形のような影の異形。人の二倍はあるだろうそのシャドウの前で、あろうことかジンは無防備に立ち尽くすのみだった。

「何やってんだ、あの馬鹿野郎!」

 駆け出す荒垣にミコトも続く。ジャケットの中に忍ばせておいた召喚器を取り出して。
 基本的にペルソナは使わないと決められていたし、荒垣にもペルソナは使えないと通していた。しかしそんなこと関係ない。今使わずして、いつ使う。
 荒垣がジンの襟首を掴んだと同時に、ミコトは己の頭に当てた召喚器の引き金を引く。

「──ペルソナ!」

 現れた冥界の女王はシャドウの周りを一掃するように、黄金の炎を放つ。
 左右で色も形も違う、身体とドレス。生と死を一人で体現したような女。名をペルセポネー。冥界の女王であり、同時に春の女神でもあるミコトのペルソナは攻撃が終わるとともに消えていく。

 攻撃に耐性のあるシャドウなのか、ダメージはさほど与えられなかったが、隙を突いて荒垣は走り出す。ミコトとジンも、彼の背を追うようにしてこの場から逃げ出した。

 ミコトとジンの息が切れ始めて少し経ってから荒垣はその足を止めた。

「……逃げ切れたらしいな」

 ミコトはその場にぺたりと座り込む。久々の召喚ともあって、とにかく疲れた。

「おまえ、ペルソナに目覚めたのか」
「違う。……昔から使える」
「じゃあなんで使えないフリしてんだ」
「……寮に戻って来る気はあるの」
「ねぇよ。今更戻ったって何になる」
「なら話す。隠せと言われたから隠してる。楽したいとか、そういうわけじゃない」
「隠せだぁ……? 一体誰にだ」
「それ以上は言えない」

 ミコトの言葉に荒垣はそれ以上追求するのも辞めた。荒垣にも詮索されたくないことはある。

「さっきの話、誰にも言うんじゃねえぞ」

 荒垣はそう言い残して去ろうとする。
 ジンが荒垣に礼くらい言わせろと引き留める横で、荒垣の言う“さっき”がジンを助ける前にしていた話のことだとミコトはひとり納得した。
 何はともあれ、ジンが無事でよかった。あのシャドウを討ちもらしたのが気になるが……。
 ミコトは服に付いた埃を払いながら立ち上がる。世界が緑色になってから体感で一時間弱。間もなく影時間が明けようとしていた。

20190704
20200830 修正


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