「二年前に起こった事故、詳しいこと言ってくれないとわかるものもわからない」
一年間の間、港区でいったいどれだけの事故が起こっているというのか。
実際の数字はわからないが(調べることでもない)、交通事故は日頃そこかしこで起こっている。人が死んでるとなればまた別だが、だとしても一件や二件の話でもない。
「画像付けへんかったか?」
「付いてなかったよ」
「あー、すまん。…………これや」
ジンはパソコンをいじって、ミコトの前にモニターを向ける。
二年前、10月5日付の新聞記事。
まあそうだろうなとミコトは胸中で納得する。
「何か知っとるか」
「聞いたことはあるけどそれだけ。私より詳しそうな人を知っているから、一応当たってみる。……でも期待はしないで」
「期待はせん、どうせ簡単やない依頼や」
荒垣に訊いて、了承を得られなければジンには話さないつもりでいた。
ミコトにとってジンは恩人だ。だが、これは荒垣と天田の問題で、部外者がむやみやたらに介入していいようなものではない。
「依頼人聞いてもいい?」
「それは無理やな。守秘義務っちゅうモンがある」
「そうだよね、ごめん」
もともとダメ元の質問だったから、ミコトは天田に訊こうと考えをシフトさせ、話は完結する。
残るはもう一つの疑問。
これを口に出すことが少し怖かった。ジンたちと争う理由はないが、その根拠を出せない。出してしまえばミコトのそもそもの目的がやり辛くなってしまう。最悪の場合、隠していたい相手にバレる。
「こんばんは、あなたがミコトですね」
どう切り出したものかと考え込むミコトをよそに、部屋へと入ってきたのは不健康そうな半裸の男。隣のジンが彼を「タカヤ」と呼んで、その人物がタカヤであることがようやくわかった。
「施設以来……になるのかな」
ミコトとタカヤはそれほど面識があるわけではなかった。言葉を交わしたとしても一度か二度だろう。
「ええ、お久しぶりです。イズミに続き、あなたにこうしてまた会えたのは実に喜ばしいことだ。歓迎しますよ、ミコト」
「いいの……? 多分私、敵だけど」
居心地が悪そうにミコトは目線を逸らす。
「おや、では何故先日はいなかったのです? あなたも力を持つものなのでしょう」
「……ペルソナ、使えないことになってるから」
「何でそないなことを」
「復讐……なのかな。復讐したい相手がいて、同時に果たしたい約束がある。そのために都合がいいから私はあそこにいる。使えないふりしてるのは……保険かな。下手にいのちを消費して死なれても困るからって」
影時間を、タルタロスを消したいわけではない。
桐条の起こした事故の尻拭いをしたいわけでもない。
ミコトにあるのは復讐と果たしたい約束からくる使命感だった。
復讐、と言っても彼をそれほどまで憎めているのかミコトにはわからない。
憎むべきだとは思う。憎むだけの資格がミコトにはある。それだけのことをされた。
歪められた人生。今もそれは変わらない。
訪れるという滅びはどうでもいい。死は等しく訪れるのだ。それが少し早まっただけのことでしかない。
「ではあなたにあの滅びの塔を消すつもりはないと、そういうことですね」
「どの道、私には関係ないこと。あの塔を消したところで何にもならない。けど私に彼らを止める気はない。復讐は彼らがシャドウを倒し終えた、その先にあるから。止めたければ止めればいい。どうしようもないときは、タカヤやジンたちと戦うことになるかもしれないけど……」
「復讐の為に、ですね。ならば私もあなたを止める道理はない」
「そのときはしゃあない。わしらはわしらのやりたいようにやるし、おまえはおまえのやりたいことを通したらええ。ま、わしらに勝てればの話だけどな」
「そのときは容赦しない」
タカヤとジン、そしてミコトは頷きあう。
お互いのやりたいことを通すために、衝突してしまうなら全力を出すまで。
お互いがお互いをわかっているのなら、対峙することも怖くないとミコトには思えた。ミコトが怖かったのは、勘違いされたままジンたちと敵対してしまうことだった。
給湯室からイズミの声が聞こえる。出来上がったものを持っていこうにも、どこへ持って行ったらいいのかわからなかったらしい。ジンとミコトは立ち上がって給湯室へと向かった。
20190704
20200830 修正