8月7日。
 病院帰りのミコトは、はがくれでラーメンを啜る。いつものカウンターの角の席。
 最後に来たのは三週間ほど前だった。前髪の鬱陶しい店員がミコトの前にラーメンを置く。見覚えがないから、最近入ったのだろうか。しかしなんだか雰囲気が懐かしいように感じる。誰かに似ているのかもしれない。

 それにしても。ジンはミコトが特別課外活動部の一員であることを知っているのだろうか。
 ミコトは思案する。あの後地下施設から救出された美鶴たちによれば、ストレガと名乗る彼らは影時間やタルタロスを消す行為を辞めてもらいに来たと言ったという。
 それなら争う必要はない。特別課外活動部の面々は知らないだけで、むしろその逆、滅びを呼ぶ行為に加担している。知らないから衝突を生んだのだが。

 具と麺のなくなった器。スープを豪快に飲む。ミコトがジンたちと敵対する理由はない。彼らは被験体仲間であり、それにジンとはつい最近、調べ物を一緒にした仲でもある。どうにかわかってもらえればいいけれど。ミコトは口元を拭いて店員に一言告げる。

「替え玉ください」


 翌日、ジンからメールを受け取ったミコトは安堵の息を吐いた。
 “意外なヤツに会うた。お前も知っとる奴や。驚くで。”
 ジンの嬉しさが滲み出た文面。その再会がよほど嬉しかったらしい。
 ジンと共通の知り合いといえば、施設の仲間くらいしか思い当たらない。四人しか生き残らなかったと思っていたが、予想があっているなら喜ばしいことである。

 ミコトの携帯電話が再びメールを受信する。送り主はジン。先程のメールに書き忘れたことがあったらしい。

「二年前の交通事故……」

 二年前に起きた交通事故が実は殺人かもしれない。捜し出したいが何か知っていないかという旨のメールだった。
 二年前の交通事故。ミコトの頭を過るのは、夏休みの間だけ巌戸台分寮で過ごすことになった少年の姿。二年前のあの事件はミコトも知っている。あまり関わりこそなかったが、知っている人物が大きく関わった事故だった。

 犯人を知っているだけに、ジンにそれを告げるか迷った。
 復讐代行の依頼なのだろう。復讐代行が出しゃばらなくとも、彼は彼なりに責任を取ろうとしていることをミコトは知っている。依頼主が被害者女性の息子、天田乾であるのなら話は別だが。

 時間は夜の十一時を回っていたが、幾月がいないのをいいことにミコトは家を出る。
 あの事件を引き起こした当事者に、他人に事件のことを話してもいいか訊くために。
 荒垣がポートアイランド駅近くの溜まり場に居ることは知っていた。

「ミコト? おまえ、ミコトだろ!」
 巌戸台駅まであと少しというところで。痩せぎすの、黒いトレーニングウェアの男が駆け寄ってきて、ミコトを阻む。
 顔の上半分を覆う前髪。不審者の三文字が浮かんで、一歩後ずさる。

「俺だよ、俺。昨日ジンからおまえのことも聞いた。暑そうな格好をしているからすぐわかる、って。まさか、はがくれに来てたあの客がミコトだとは思わなかったけどな」

 新手のオレオレ詐欺だろうか、そう思ったところで、男は髪をかきあげ顔を見せる。
 額からまぶたの上までかかる傷跡。男の口から出たジンという名前。
 過去の記憶が一気に呼び起こされる。兄貴分のような存在だった、彼の名前は。

「イズミ……、イズミなの?」
「そうそう、そのイズミだ。久しぶりだな、ミコト」

 イズミはミコトの頭をポンポンと叩く。
 イズミはストレガ計画で集められた子供たちの一人だった。何度かタルタロス探索を共にした仲である。
 そんなイズミはある日、タルタロスで行方不明となった。タルタロスはシャドウの蔓延る塔。誰からもイズミは死んだものだと思われていたが。

「……また会えて嬉しい」

 ミコトの口元が思わず緩む。兄がいたらこんなものなのだろうと、昔思ったりしたものだった。

「俺も嬉しいぜ、ミコト。……そうだ、これからジンたちのところに行くんだが、おまえも行くか?」

 片手に持っていたスーパーのビニール袋をミコトに見せるように持ち上げてイズミは言う。

「……えっと、」

 ミコトは荒垣のところへ行こうとしていたところだった。しかしアポなど取っているわけでもない。それにジンの言う事件が荒垣に関わりがあるものとは限らない。ジンに詳しく訊く必要もある。それに昨夜のことについても訊かねばならない。

「行く。ちょうどジンにも用があった」
「よし、決まりだな」

20190703
20200829 修正
ここからはノベライズのシャドウクライ沿いです


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