青天の霹靂





 先程までお淑やかな笑みを浮かべていた老嫗の表情は一変、鬼の形相となってギリギリと睨んでいる。辺りに響く怒声に、悟は、無下限を発動して名前をさりげなく背中に隠した。
 六眼から視神経を使って脳へと送られてくる情報によれば、老嫗は正真正銘の非術師だ。しかし、警戒をするに越したことはない。
 老嫗と会話していた傑は、一変した姿に警戒こそするものの、それらを顔の奥に隠し、冷静な出で立ちは崩さないようにしていた。

 明らかに事件の何らかを知っている様子だ。停滞していた聞きこみ調査の突破口になる可能性が高い。ここは慎重にことを進めたいところである。

「誤解をさせてしまってすみません。我々は東京の大学で犯罪社会学を学んでいます。今回は警察の指示の元、一連の事件の被害者が取った行動を調査しておりまして」

 もちろん嘘である。だがこれは、呪術高専の生徒や補助監督がよく使う手であり、例えば大学で民俗学を専攻しているとか、レポートで使用するためと理由をつけて、聞きこみを行うのだ。三人が、制服ではなく私服に着替えたのもこのためである。
 老嫗はまだ警戒しているようだが、出てきた『警察』という単語に眉間の皺を少し緩めた。果たして警察が大学生に捜査協力を要請するのかは怪しいところではあるものの、あまりにも傑が堂々としているものだから、半分信じたというところだろうか。
 うさんくせえ――とは、後ろで聞いていた悟の心情である。

「何か知っている情報はありませんか? 例えば女来山で罰当たりな行為とか……」

 傑にとっては、一か八かの賭けである。先程老嫗が『荒らしにきたのか』と叫んでいたので、一連の被呪者は、女来山に入った後に何らかの行動を取り、呪われたと推測していた。

 老嫗は暫し口を噤み、ホッと肩を撫で下ろすようにすると「疑ってしまってごめんなさいね」と謝った。穏やかな声色と表情に戻っている。

「女来山でなにをしたかまでは分からないの。ただ、村長がそのようなことをしたと言っていてね。一時期、女来様の祟りじゃないかという話になったのよ」
「その村長はどちらに?」
「今はちょうど地方へ行っているとか」
「マジかよ」

 最大のヒントとなり得そうな村長の不在に、静観していた悟が顔を顰めた。

「そうですか……色々とありがとうございました。こちらでも今一度調べてみようと思います」
「お役に立てずにごめんなさいね」
「いえ、ありがとうございました」

 そうして、老嫗は腰を押し車を押しながら去っていった。それを見送り、傑は、浮かべていた笑みを消して眉根を寄せる。

「傑くんありがとう」
「どういたしまして。とりあえず被呪者がなにかをしたことによって呪われたことは確定だな」
「でもそのなにか≠ェ分からなきゃ意味ねーだろ」
「それもそうだが……」
「女来山登って殺された奴らって日本全国にいるんだよな? で、そいつらは別に知り合いとかじゃない。なのに同じ行動を取るってどういうこと?」
「誰かの指示があったとか?」
「ね、あのおばあさん肝試しって言ってたけど、その肝試しの内容が顕現条件だったりしないかな……」

 悟と傑が意見を出し合っている合間を縫って、今まで静かに聞いていた名前が口を挟んだ。二人の視線が名前に降りかかる。

「肝試しの内容?」
「まあたしかに言われてみれば、肝試しって主催が参加者ミッションを言い渡す時があるよね。例えば奥の墓に置いてある蝋燭を取ってこいとか、御札を見つけろとか」
「そうそう、さすが傑くん」

 悟が首を傾げ、傑が顎に手を当てながら思案する。傑が指摘する通り、墓場や学校を使った肝試しでは、主催側から、何らかのミッションを課せられる時がある。墓地で言えば、『一番奥にある墓から御札を持ってくる』とか、学校で言えば、『四階の音楽室のピアノを鳴らしてくる』など。それらの行為が、顕現条件になっているのではないかと、名前は言った。

「有り得るな」
「問題はそのミッションがどういうルートで周知されたかだが……知り合い同士なら共有し合うことが出来たとしても、今回の被呪者は出身がバラバラ。唯一共通しているのは女性という点だけ」
「その女性たちが情報を共有できるのって……」
「例の掲示板じゃね?」
「それだ!」

 さっそく三人は頷き合うと、夜蛾と補助監督に連絡をした。既に閉鎖されてしまっている件の掲示板を閲覧するために。










          ▲▽

 過日、件の掲示板を閉鎖するようにサイバー警察へと指示したのは呪術高専であった。さらに、一部の警察と呪術高専は連携を取っており、特に窓としても登録がある者は協力的だ。今回もその通りで、閉鎖された掲示板の閲覧許可が降りた。
 補助監督の携帯から傑の携帯に送られてきたURLをクリックし、三人は掲示板を覗いた。

「どれ見ればいいんだ?」
「ここの検索欄に女来山って入力すればいいんじゃないかな?」
「そうだね。やってみよう」
「名前詳しいじゃん」
「え、そうかな? この前の授業でやったしね」
「そうだっけ?」
「悟もやったろ」

 呪術高専では、定期的に、心霊スポットを扱うオカルト掲示板や、学校裏サイトと言った匿名掲示板の巡回を行う。度が過ぎているものはサイバー警察や管理人に閉鎖要請を出すことも出来る。
 呪霊は蓄積された負の感情が呪いに転じたものであり、こう言った掲示板への書き込みによって、該当の場所が負の感情の受け皿になってしまうことが多く、巡回はそれを阻止するためだ。大抵は補助監督の仕事だけれど、高専生が授業の一環として行うこともあった。

「まあそれはいいや。とりあえず……にょらい、やま……と」
「あ、出てきた」
「開こうぜ」
「ああ」

 傑が、『女来山』と掲示板内の検索に入力すると、女来山の話を専門的に行うスレッドに辿り着いた。それを開く。数多の書き込みを注視しながら下がっていくと、『女来山で幽霊に遭遇する方法』と題して幾つかの文章が箇条書きで記されていた項目を見つけた。

「……これじゃないか?」
「なんだこれ…」

・女来山で幽霊に遭遇する方法は女来山の腹にある地蔵に水をかける
・掛け方は前後左右、右左後前の順番で2回ずつ行う
・最後に「にょらいさま、お越しください」と3回唱える

 この書き込みは昨年のものだ。そのあとはチラホラと「やってみました」という書き込みがあった。

「このやってみましたって言っている人達は無事だったのかな?」

 名前が首を傾げる。

「この山を登った非術師が呪われるようになったのは今年からだからね……この人達は無事だと思いたいが」
「つーか呪殺が始まった期間と豊穀祭が始まった期間がほぼ同じなんだけど」
「関係ありそうだな」
「……肝試しの儀式がにょらい様の怒りを買ったってこと?」
「怒りを買ったのもあるけど、肝試しの儀式がにょらい様だかを形成したって感じ。都市伝説で語られる妖怪や土地神が仮想怨霊に転じるパターンがそれな。口頭伝承とか書籍で描かれる妖怪のイメージや概念ってあるだろ。それが実際に呪霊として形成されて仮想怨霊となる。土地神の場合は、過去から蓄積された自然災害への恐怖とか飢饉病への恐怖や負の感情が形作るんだよ」
「今回の場合は、元々心霊マニアの中で娯楽として語られた肝試しの儀式が豊穀祭と被り、にょらい様という呪霊を生み出したというわけか」
「そういうこと」

 実際掲示板にも、今回の呪殺されてしまった被呪者の書き込みらしきものを見つけた。書かれていた『検証してきます』は肝試しのことと推測できる。

「……じゃあ私達も同じ儀式をやれば良いのかな」
「まあ、原理的にはそういうことになるね。ただしもし呪いが発動するなら名前にだよ。大丈夫かい?」

 被呪者の共通点として、前提に『女性』がある。そのため、もし三人が掲示板の通りに動いて呪いを発動させた場合、矛先は名前に向かうことになるのだ。

「大丈夫!」

 傑からの問に、名前は力強く頷いた。

「まあ何があっても俺らが守るし大丈夫だろ」
「……それもそうだね。もし名前に傷一つでもつけて帰ったら硝子にも怒られそうだ」
「あいつも大概溺愛してるもんなあ」

 呪いを発動させるべく、三人は女来山へと向かう。


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