驟雨





 旅館の部屋にて、地元の食材を使った昼食で腹拵えをすると、三人は、外に出て聞きこみ調査を開始した。傑のアドバイスにより、三人は持ってきていた私服に着替えている。事件の話をする際、制服のままだと何かと都合が悪いからだ。

 聞きこみ調査を始めてから約三十分。既に二人の村人から話を聞いたが、二人とも事件についてはよく分からないと答えていた。無理もない。そもそも、この村と一連の事件の関連性を見出しているのは、心霊掲示板で盛りあがっているマニアだけ。何より、被害者が亡くなった場所は全国各地であり、尚のこと、ニュースを見たところで、この地域とは関係ないと思うだろう。
 結果的に、それと言った情報を得ることは出来ず、聞きこみ調査は難航していた。

「仮に明日までに任務が終わらなかったら明日も泊まりだからね」
「は? まじ?」
「当たり前だろ。祓えてないんだから。それに駅までのバスは三時間に一度だけしか走っていない。タイムリミットは明日の十五時だよ」
「頑張ろう……」
「はあ〜〜?? まじでだる……」

 三人の予定では、現場に到着次第呪霊を祓い、元々予約していた旅館で一泊して、翌日帰ることになっていた。特級呪術師に最も近い悟と傑が揃っている時点で、祓えない呪霊なんていないようなものだし、仮に呪霊を探す範囲が広くても、名前と悟がいる限り見落とすことは無い。
 悟の言葉で言えば、「ちゃっちゃと祓って、飯食って寝て、さっさと帰ろうぜ」である。帰りの新幹線だって既に予約している。そういう算段だった。
 しかし、現時点で、祓えないどころか呪霊を見つけてすらいない。さすがに、このレベルの呪霊を放っておくこともできず、そうなると、宿泊日を延ばして任務に当たるしかなかった。

「とりあえず、もう少し聞きこみ調査を行ってもヒントが得られなかったら、一旦旅館に戻って補助監督や夜蛾先生から見解を得よう」
「そうだね」
「ほら、悟も」
「仕方ねーな」

 顔を顰めていた悟も不承不承頷き、さらに村の中へと入っていこうとしたところで、ふと名前が立ち止まった。

「……豊穀祭?」
「え? ああ、そういえばこのポスター旅館にも貼っていたね」
「祭りか? それにしては随分期間がなげーんだな」
「……言われてみればそうだな」

 名前が立ち止まった先には、木目の掲示板が立っていた。どうやらここは、公民館のようだ。
 掲示板に貼られているポスターには、『豊穀祭』と言う文字が、田んぼの写真と共にでかでかと書かれている。村主催の祭りだろうか。それにしては、悟が指摘した通り、祭りの期間が長いように思える。
 期間は『6月3日から11月3日』まで。ポスターによれば、5ヶ月間も祭りをしていることになるのだ。

「その祭りが気になるのかい?」
「え?」

 三人がポスターを眺めていると、ふと後ろから声が聞こえて、三人は振り向いた。そこには、腰を曲げて手押し車を押した老嫗がいた。白髪が美しく整えられた老嫗は、柔らかな顔をしている。
 傑はすぐさま笑顔を浮かべて、老嫗へと近づくと、腰を低くした。名前と悟は、その場で大人しく見守ることにする。

「ああ、すみません。私たちはとある調査をしに東京から来まして」
「あらまあ、遥々東京から。東京の御方の役に立てるようなものは、この村にはないと思うけどねえ」
「今聞きこみ調査を行っている最中なんですが、このポスターに惹かれまして。随分と期間が長い祭りなんですね」

 ニコニコと嫋やかに笑いながら話を進める傑である。人好きの笑みを浮かべることに於いて、彼の右に出る者はいないだろう。

「この祭りはね、豊穀祭と言って百年に一回行われるのよ」
「百年に一回!?」
「そう。主に農作物の収穫と安泰を願う祭りだね。穀物の祈祷は毎年やっているけど、豊穀祭は百年に一度。ちょうど今年がその年でね」
「では五ヶ月もの間、毎日屋台が出ていたり祭りが行われているんですか?」
「いえ、よくある祭りとかとは違うわ。豊穀祭は一ヶ月に一度女来山でお供えして祈祷をするの」
「なるほど……」

 時折、淑女のごとく穏やかに笑いながら説明してくれた老嫗によると、豊穀祭とは、穀物や農作物の豊穣を祈る祭りらしい。『祭り』とされているが、一般的な夏祭りやイベントとは違い、該当期間中、一ヶ月に一度女来山にて祈祷をするのだとか。
 たしかに、山にはその地域の神が宿ると言われており、神の怒り=自然災害や飢饉と捉えるものも多い。そのため、日本書紀や古事記と言った書物でも、山の神について書かれていることが多々あるのだ。
 大抵、山の神は女神とされていることが多く、木花咲耶姫の伝説は有名な例である。
 だからこそ、この村の人々が古くから伝わる信仰心に基づき、女来山に供物を持って行って、豊穣の祈祷を行う点についてはおかしなところは無かった。

「ただねえ、この祭りをあまり好いていない者もいるのよ」
「どうしてですか?」
「かつての豊穀祭で山の神様に捧げられていたのは身重の女性だったらしいの。だからこそ当時の風習を忌み嫌う人は多いのよ」
「……なるほど」

 老嫗の話を聞いていた三人の顔が渋いものとなった。
 人身御供。神々の生贄として、人間が捧げられることである。時代を考えれば、全くもって珍しいことではない。この村の人間は、過の時代の風習を忌み嫌っているというが、今でも排他的な地域では、名残があるところもある。
 それには、呪術界にも通ずるものがあった。

「胸糞悪いな」
「うん……」

 傑の後ろで悟が顰め、名前が頷く。

「ところで東京の御方は一体なにを調査に来たんです?」
「ああ、実はこの村にある女来山と日本各地で起きている殺人事件の関連性を調べてまして」
「……まさか貴方達も肝試しとやらで女来山を荒らしに来たのか!!」
「!?」

 それまでお淑やかに説明してくれていた老嫗の表情が一瞬で冷たいものとなり、三人を睨めつける。


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