長雨






・山は『女来山』と呼ばれている。
・山は、足・胴・顔と3つのポイントに別れており、胴には小さな祠と3体の地蔵菩薩がある。顔には小さなお社(摂社)が置かれている。
・胴と顔の中間にて、3級程度の呪霊を発見。しかし、取り込む前に消えてしまう。
・顔にある摂社にて、今回の祓除対象らしき呪霊の残穢を確認したが、本体は見当たらなかった。何らかの縛りを設けているのでは?
・呪霊は、土地神や鎮守神が呪いに転じた仮想怨霊の可能性あり。

「こんな感じかな?」

 三人は、旅館へ戻ったあと、悟と傑に与えられた『梅の間』にて、今回の登山で得た情報を纏めていた。傑が、補助監督から預かっていた被害報告書の裏に情報を書いたが、改めてこう見ると、顕現条件のヒントになりそうな事柄は発見出来ていない。
 一応、下山時になにか発見できないかと注意深く観察していたものの、行きで得たことと特に変わりはなかった。

「やはり一番気になるのはここだな」

 傑が人差し指で、『縛り』という単語を指す。悟と名前も頷いた。

「この呪霊は姿を隠せる或いは移動できる代わりに、なんらかの縛りを設けている可能性がある」
「その縛りが顕現条件だろうな。そしてそれを見つけない限り呪霊が出てくることない」
「顕現条件……」
「六眼でも感知できないとなると、方法としては聞き込みが無難だろうね」
「このド田舎でできることなんてたかが知れてるしな」

 厄介すぎるだろ! と、悟が髪を掻き混ぜた。傑も眉間に皺を寄せて、名前は何かを考え込む。
 条件が揃わない限り呪霊が顕現しない。すなわち、その条件を見つけなければいけない。
 同様の任務は時折あって、その場合は、近隣住民や被呪者の遺族、関係者に聞き込みを行う。また、過日の歌姫や冥冥のように、自身で条件を見つけたりする。今回もその通りだ。そんな中、名前はジッと資料を見詰め、「あの……」と小さく手を挙げた。

「どうかしたかい?」
「今回の被呪者って、顕現条件を満たした……ということになるんだよね?」
「……まあそうだろうな。そこに意図的なものがあったのかは分からねーけど、条件を満たしたから呪霊に襲われた可能性は高い」
「じゃあ被呪者のデータにヒントが隠されてたりしないかな……」
「有り得る」
「被呪者については、被害報告書に資料がくっついていたはずだ。それを見てみよう」

 名前の意見に、傑が、メモとなっていた被害報告書を表面に向けた。

 予め、補助監督や担任の夜蛾を通して渡される被害報告書には、被害が起きたとされる日にちや呪霊の特徴の他に、被呪者についても記載されている。生年月日、家族構成、人間関係、呪いの被害を受ける前に行っていたことなど、こと細かく書かれている。
 それらの情報を元に、近隣住民や遺族などの関係者に聞き込みを行うことは多い。

「まず第一前提として、被呪者全員の共通点は女来山に登っていること。ただし、それだけでは顕現条件にはならないだろうね」
「仮に登ったやつ全員を呪い殺すなら、この山はとっくに閉鎖されてるだろうし、村の住民は全滅してるだろうな」
「元々登山初心者が訪れていたり、地元民のお散歩コースだったんだもんね……」
「心霊スポットになったこと自体最近の話で、しかもそれは被害が出てからだからね」
「もし仮に登ったことだけが条件なら、俺たちだって該当する。なのに姿を現さなかった。ま、遅効性の呪いなら話は別だけどな」

 呪いの被害を受ける条件に『女来山を登る』が前提にあるのは間違いなさそうだ。しかし、それだけが顕現条件とは思えないというのが、三人の見解である。
 女来山は、元々地元民の散歩コースであったり、登山初心者に優しい山とされていた。仮令、上記だけが条件だった場合、登った者全員に被害が起きるはずである。更に言えば、登った三人の前に現れないのもおかしい。登った上になんらかの行動を取らないと顕現条件にはならないようだ。

「次の共通点を見つけてみようか」

 傑が資料を指差しながら言う。三人の顔は再度資料へと向けられた。

 今回の被呪者の数は四人だ。特徴を大まかに纏めてみると、

・関東地方某県在住、25歳女性。男女友人グループで女来山に登山後、翌日に家の近くで死亡。

・関東地方某県在住、25歳女性。上記グループの1人で、女来山に登山後、翌日に会社近くで死亡。この時点で、警察は、彼女達の知人による怨恨の可能性を視野に捜査している。また、どちらも鋭利な刃物のようなもので首を切られていることから、同一犯としている。

・連日ニュースで取り上げられて世間の注目が集まったことにより、某掲示板にて、昨年から密かに心霊スポットと言われてきた女来山がマニアの中で話題に上がる。

・東北地方某県在住、30歳女性。上記の事件の1ヶ月後に、首を切られて死亡。亡くなる3日前に上記掲示板にて『これから彼氏と例の心霊スポットに検証に行ってきます』と書いていたことが発覚している。警察の捜査によると、上記事件の被害者たちとは一切面識、関係はなく、出身や在住にも相違がある。そのため、同一犯と同時に、全くの別人による模倣犯としても視野に入れて捜査している。

・近畿地方某県在住、32歳女性。上記事件から2か月後に、首を切られて死亡。女来山に登っている。高専術師により、残穢を確認。

 傑が、ペンを置いたタイミングで、ほか2人も顔を上げた。

「傑くんまとめてくれてありがとう。手疲れてない?」
「大丈夫だよ」
「共通点なんだけど、全員女じゃね?」
「……そうだな、私もまとめながら思ったよ」
「あと全員この地域の人じゃないんだね」
「たしかに」

 在住、年齢はバラバラであるが、被呪者は全員女性だ。更に、一連の被呪者は、地方から訪れた者ばかりだった。一人は東北地方在住だが、所在県は別の地域である。

「外部から来た女が対象っつーこと?」
「それも条件のひとつの可能性はあるが、仮にこれだけならばもっと被害者は多いはずだ」
「たしかに登山客はいっぱいいるだろうしね……」

 再三言うが、女来山は、地元民の散歩コースであると同時に、登山初心者に優しい山である。心霊スポットとして面白可笑しく訪れている者の他にも、登っている人間は多く存在する。その中に、女性だっている。
 もし顕現条件が『外部から来た女性』の場合、該当する人間はもっと多いはずだ。ここで答えを出すのは、時期尚早である。

「まだ情報を集める必要があるな」
「は? まさか」
「ああ、近隣住民に聞き込みに行こう」
「そうだね」
「うわ、めんどくせー」

 傑からの提案に名前は頷き、悟はゲッと顔を顰めた。


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