あんなに幼く、毎日憎まれ口を叩き合っていたあいつが今ではあんな大人びた笑みを浮かべるようになった。
長い睫毛を震わせて、口を隠すように繊細な手を持って行って、憎むべき男の隣で笑っている。


“降伏か否か”


過去問われた言葉と、野性的な赤い瞳、それとくしゃくしゃに顔を歪めて泣くあいつの顔を思い出す。
いや、片膝をついたあの日の事を忘れた日は一日もない。
いつか殺してやる。
あいつの前で宣言した日も俺は忘れていない。

でもお前は――…


「――…」


男の手があいつの頬を撫でた瞬間、心臓が軋んだ。
何故振り払わない。何故逃げ出さない。何故、そんなに嬉しそうに笑っている。

視界から二人を消すため俺は背中を向ける。
飾り気もない質素な廊下を歩き、他の事へ思考を移すが駄目だ。頭の片隅であの笑みがずっとチラついていた。





「っ、…く……」


ザアザアと外では土砂降りの雨が降っている。
今にも崩れそうな洞窟で俺はあいつに馬乗りになっていた。だが、甘ったるい雰囲気なんてものはない。俺のやせ細った手は白い肌を愛撫する変わりに、細い首にあてがわれていた。

グッと力を入れるとあいつの瞳に涙の膜が出来ていく。
いつだってそうだった。お前は昔から泣き虫だった。


「……ィ…ン…」


蚊の鳴くよりか細い声だ。
真の名を紡ごうと必死に息を吸い込む姿にどう言う訳か俺の腕が震え出す。


「……りぃ、ん…」


思わずあいつの小さな身体を土壁に押し付けた。
あいつはポロポロと涙を流し俺を見つめている。

張り詰めていた糸が千切れる音がした。


「お前がいるから…、お前などがいるから…俺は……」


憎らしい記憶が蘇り、それに倣って頬を撫でるがあいつは泣き止まない。
決壊した涙腺を修復する方法など思いつくはずもなく。


「リィン…」


ただ今は、合わせた唇から伝う熱が涙を蒸発させてくれればと、そう強く願う。


君はあの日を覚えているだろうか/111215


意味が分からんPart2