※シリーズ主


敵国とは言え、名家の家の出であるにも関わらずレイチェルはそれを驕らない女性だった。それは彼女の美徳であり、評価できる点である。しかし上の立つ者としての自覚はあまりないのやもしれない…窓から見える光景にガイアスは無意識の内に眉間にしわを刻んだ。そんな主君の様子にウィンガルは小さくため息をつき、ガイアス同様窓の外へ視線を向ける。ああ、なるほど。そう言う事か。


「ずいぶんと兵達と仲良くなったようですね」


長い黒髪を高く結い上げ、レイチェルは演習用の刀を手に持ち数人の兵達と会話していた。
ここカン・バルクは豪雪地帯だと言うのに、レイチェルの服装は所々肌を露出した軽装である。あれでは風邪をひいてもおかしくない。王妃であるレイチェルが床に伏す事をウィンガルは危惧したが、ガイアスは違う。
ならばその眉間に刻まれたしわは一体何から来たのか。長年そばにいたウィンガルはすぐに王の感情を読み取った。しかしカン・バルクに来て半年くらいしか経たないレイチェルにはきっと読み取る事は出来ないだろう。
これから起こるであろう事を予想し、ウィンガルは吐き捨てる。


「自業自得だな」





水分を含み重たくなった服を引きずり帰ってきたレイチェルを出迎えたのは暖かな毛布だった。語弊はない、出迎えたのは確かに毛布だった。しかし毛布が彼女の冷えた身体を温める事はなかった。レイチェルの身体を温めたのは人の形をした炎だった。


「は…っぁ…」


火の精霊、イフリートを象った刺繍の施された毛布に広がるレイチェルの黒髪には形がついている。腹立たしい。頭部の上で一つにまとめあげたレイチェルの手首に力を込め、ガイアスの赤い瞳に剣呑な色が混じる。身を駆ける衝動に任せて顎をつかみ唇を合わせればレイチェルはギュッと目を閉じた。
本日二度目の口づけは先ほどよりも熱を帯びていた。
逃げようとしてもその度口づけは深みを増し、全てを飲み込まれる。冷え切っていた身体は嫌でも熱くなって行った。

浅い息継ぎの後、もう一度唇を合わせられる。
そうして漸く解放された。


「……は、…ん…」


と言っても手首は掴まれたままである。しかも赤い双眼はこちらを見下ろし続け、満足に身動き一つも取れやしない。
いい加減に理由くらい話して欲しい。無理やり押し倒し、強引に唇を合わせたその理由を。
切なる願いが通じたのか、ガイアスはそっとレイチェルの額にかかる髪をかき上げ、静かに問いかけた。


「…お前は誰のものだ?」


普段より色を帯びた声にレイチェルの中に眠る女の部分が疼く。
熱い吐息をこぼし、レイチェルは困ったように口にした。


「そうね…きっと私の全ては貴方のものなのね…」


レイチェルの口調は子供をあやす母親に似ている。常より子供達と接してきた結果だろう。
強い力で引き寄せられ、鼻先が硬質な髪に埋まる。対称的にレイチェルの柔らかな髪にはガイアスが顔をうずめていた。
それはまるで母に甘える子供のようで…レイチェルはそっと目を閉じ、触れる指先を受けいれた。


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