部下達に的確な指示を飛ばす形の良い唇を見つめ、私は自分の唇に指を這わせた。
キス、したいなあ。
脳内に浮かび上がったそれは私の欲望だ。後数刻もすれば触れられるのに我が儘だと本来なら自分を恥じるべきだろう。けれど悲しいかな、人間は欲に忠実な生き物である。


「何の用だ?」


気がつくと私はウィンガルの前に立っていた。
金色の瞳には微かな苛立ちが見え、さすがに後ろめたさを感じる。それでも先ほどより間近にある唇は嫌になるくらい私を魅了して離さない。


「おい――…」


ますます不機嫌になる瞳と声色。それもそのはずだ。私の手はウィンガルの頬に触れ、スルスルと唇に向かって動いている。まず上唇をなぞり、次いで下唇へ指が伸びる。


「……!」


思わず私は指を引っ込めた。
今までされるがままだったウィンガルが突然私の指先を噛んだのだ。軽い甘噛み程度だったが威力は高く、ほんのり赤くなった自分の指先に私はパクパクと口の開閉を繰り返す。
対してウィンガルは私の撫でていた唇を自分でなぞり呆れを孕んだ息を吐く。


「お前が何をしたいのかは良く分かった。だが、もう暫く我慢しろ」

「数刻も?」

「そうだ。仕事が終わった後ならお前が望むようにしてやる。だから、」


今はこれで我慢しろと。
自分の唇をなぞった白く長い指がこちらに伸びる。私の唇に押し当てるように触れたそれはあの唇と違い冷たかったけど、それでも私の欲望は満たされて行った。


欲を孕むもの/111228