この多忙な中、別にわざわざ見ていた訳ではない。ただ世話しなく通路を行き来するあの女が目についただけだ。
手に山ほどの書類を持ち、人波を縫うように走って行く。小柄は身体はあまり人に気づかれずぶつかる度自分からごめんなさい、と謝る姿が何だか滑稽だ。良く見れば周りの者も皆あの女が気になるようで、背中が見えなくなるまで落ち着かない面持ちで見守っている。俺が気にする事ではなかったのだ。手に持つ書類へ意識を戻せば、軽やかな足音が近づいて来る。何やら嫌な予感を覚え気づかないふりをすれば、耳に届いた小さな悲鳴に思わず腕が伸びる。


「…気をつけろ。先ほどから危なっかしい」

「ウィ、ウィンガル様」


女は腕を伸ばしきった不格好な姿勢で書類を死守していた。こうして並ぶと女が本当に小柄なのだと分かる。俺より頭二つ分以上下にある顔を見下ろす。大きな目は零れんばかりに見開かれ、顔は熱があるように真っ赤だ。


「あの、ウィンガル様に書類のお届けに…」

「ご苦労。だがいい加減離れたらどうだ」

「え?あ、失礼しました!」


弾かれたように俺から離れ、女は姿勢を正し書類の束を差し出す。垂直に曲げられた腰と、これでもかと伸ばされた腕に若干の気味悪さを感じつつ受け取る。すると女は安心して息をついた。


「良かった…受け取ってもらえて」

「は?」

「ウィンガル様は厳しい方だと聞いていたので。あんな失敗をした手前、目の前で書類を破かれるかもって」


わざわざビリビリと書類を破るふりをしている所悪いが、俺に取っては全く良くない。一体俺を何だと思っているんだこの女。睨みつけるが、勝手に人を極悪人認定して、また勝手に良い人認定した女は全く動じない。いや、どうやら気づいていないようだ。小首を傾げ顔を覗いて来る。


「用が済んだならさっさと立ち去れ。執務の邪魔だ」

「いや、それがもう一つ用があるのです、はい」


先ほどの赤面はどこへ行ったのやら、近づいた顔に浮かぶのは満面の笑みだ。


「初めてあなたを見たのはこの城に来てすぐの事でした。陛下の横で的確に指示を出すその綺麗な横顔に酷く心臓が高鳴ったのを覚えてます。それからはあなたを見つめる日々でした。色んな情報をかき集める内、あなたが厳しい人だと知って少し怖くなりました。でも今日、見ず知らずの私を心配してくれる優しい人なのだと知りました」

「…何が言いたい?」

「結構せっかちですね」


わざとらしく照れて女は一歩後ろに下がる。


「私ナマエはあなたがずっと好きでした。宜しかったら付き合って下さい」


腰は垂直に曲げ、腕はピンと真っ直ぐ伸ばして声は必死に絞り出す。誰が見ても精一杯な告白シーンだ。だが俺はどうにも上手く答えを見つけられなかった。断るのは簡単なはずなのに、それすら出来ない。そもそもだ。


「まずは名前を名乗れ」

「あ、」


横顔は見飽きたので/111223