シリーズ番外編



遥か高い玉座から冷たく見下ろす兄さんに私は酷く、深く絶望した。嗚呼、兄さんは変わってしまったのだ…と。
それが私の中で、優しかったアースト兄さんがガラガラと音を立て崩れ去った瞬間だった。




十年前と同じ様に私は姉さんと謁見の間の中央に立っている。カーラ姉さんは慣れた様子でガイアス王と事務的な会話をこなしており、対して私はその横で俯くのみだ。


「でもその制度では―」


突然割り込んだ姉さんとは違う女性の声に肩がびくりと反応する。反射的に持ち上げた視線に映ったのは琥珀のついた簪を揺らす黒髪の女性…新しく迎えられたレイチェル王妃その人だ。
物怖じせずガイアス王に食いつき意見するその人に胸がざわめいた。強い真っ直ぐな瞳がガイアス王を、兄さんを見つめ、兄さんもまたその瞳を見つめている。凄く嫌な光景だった。


「――…兄さん、」


聞こえないくらいの音量で呟く私に誰も何も答えない。
何で私達家族を捨てたの?それなのに何でその人を家族に迎えたの?自分でもどうしようもない感情に目蓋が熱くなったその時だ。
頭上からあの女性の声が聞こえた。


「あなたはどう思う?」

「え…?」

「良かったら意見を聞かせて欲しいのだけど…」


どうしよう…意見なんて分からない。困惑する私に王妃は安心させるように優しく微笑みかけた。それにボンッと頬が熱くなる。良く見てみればガイアス王や姉さんも私を見つめているではないか。もし今口を開けば心臓がそのまま飛び出して来そうだ。
すると見るに見かねた姉さんが助け舟を出そうとしてくれる。けれど…それで良いのだろうか。考えてみれば私と王妃は年齢も変わらない。それなのにこの違いは一体何だ。途端に自分が情けなくなり、私はついに口を開いてしまった。


「わ、私は…!」


あまりの大声に驚き、息を飲んだのはきっと私だけではない。


「私は…その、賛成です…」


語尾は震え、肝心な所は届かなかったかもしれない。それでも私に取ってこれは大きな一歩だった。
現に姉さんは嬉しそうに微笑み、ガイアス王も…


「(あ、)」


優しく目を細めている。

それは私達家族を見つめる時の癖のような物で、私はようやく自分の過ちに気がついた。兄さんは何一つとして変わってはいなかったのだ。

それから滞りなく会話は進み、謁見の間を後にする瞬間。


「ガイアス王」


私は立ち上がるガイアス王を呼び止めていた。


「ご結婚おめでとうございます」


驚くほどすらっと言えた祝いの言葉に王妃も嬉しそうにあの優しい微笑みを浮かべている。ガイアス王は一瞬口元を緩めると何も言わずに王妃を引き連れて謁見の間を出て行った。

城からの帰り道、姉さんが誇らしげに笑う。


「大人になったわね」


立派だったわ。
続いた誉め言葉に私は頬を赤くした。でももう俯いたりはしない。
まったく不本意ながら私は兄さんを奪った女性に感化され、僅かながら私にとっての多大な一歩を歩めたのだ。
差し込んだ日差しを浴びた街道を私は軽い足取りで進む。


憧憬を抱く人/111202


珍しく晴れたカン・バルクの空を窓から見上げレイチェルはガイアスへ微笑みかけた。


「あなた、本当に妹達から愛されているのね」


その言葉にガイアスは先ほど同様何も言わずレイチェルの髪をくしゃりと撫でる。
優しい兄の表情にレイチェルは幸せそうに目を細めた。