※病み陛下



雪に覆われた堅牢な城の最奥部には暖かな温室があるのだと、噂していたのは一人の噂好きな兵士だったか。

誰一人として通らない薄暗い廊下を共もつけず一人歩き、木製の扉を開いた先にあった光景にガイアスはふっとほくそ笑む。
白を基調としたシンプルな部屋の中心では見た目十八、九くらいの少女が座り込んでいた。長い黒髪が柔らかな絨毯に歪でありながら美しい模様を描いている。
ガイアスは後ろから音も立てず少女を抱きしめた。すると少女はビクッと肩を震わせ、二人の視線が交わる。


「ガイアス…」

「いくら絨毯が敷いてあるとは言え床に座り込んでいては冷えるぞ」


言うが早いか、ガイアスは少女を軽々と抱き上げ天幕つきの寝台へ移す。微かなスプリング音を響かせ、寝台の上で自分を見上げる瞳にガイアスは優しく微笑んで見せた。その微笑みを受け、ナマエは眉を下げ困ったように苦笑を浮かべる。


「そんな表情、兵士達が見たら倒れるよ」

「問題ない。お前の前以外では笑わぬ」


寝台に乗り上げ、ガイアスはナマエへ頬を寄せた。慣れた手つきで受け止め、少女は硬質な髪を優しく撫でた。年齢からして本来ならばガイアスが少女を抱き止める側だろう。端から見れば異様な光景である。しかしここには二人しかおらず、それを指摘する者はいなかった。

しばらく少女の温もりを堪能しガイアスは吐息交じりに少女の名を呼んだ。


「ナマエ…ナマエ…」


確かめるように何度も。

しばらく返事を返し続ければガイアスがナマエの頬に手を添える。褐色の肌とナマエの白い肌がやけに対称的に見えた。


「ここでの生活は辛いか?」

「ううん、辛くないよ」

「…ならば、もう俺の前から消えないと誓えるか?」

「…うん。誓えるよ」


ナマエの言葉に嘘が見えないと知ると、ガイアスは安心したように頬を綻ばせ、ナマエの唇に己のそれを重ね合わせた。最初は優しく触れるだけだったそれが、段々と乱雑に深くなればナマエの四肢から力が抜けてしまう。ガイアスはその隙に、小さな身体をシーツへ沈めた。




まるで確かめるようだ。
生まれたままの姿で二人横になりナマエは切なげに眉を下げた。深く眠りに落ちた表情は出会った当初のあどけなさを残している。


『ナマエ!』


自分より小さな少年が必死に手を伸ばしてくる姿が脳裏を掠めた。


「ごめんね…」


ナマエは一度、姉と慕った少年や少女を置いてこの世界から消えた。目の前で慕った相手が消えたその時、少年がどれほど絶望した事かは計り知れない。元いた場所に戻り、罪悪感に苛まれながら生き続け数年が経ち、またこの世界に突然戻された。必然の如く再開を果たせば、少年は大人となり…王となっていた。

二十もの長い年月は王を一人の欲深い男へ成り下がらせた。再開もそこそこにガイアスはナマエを城の最奥部へ閉じ込め、暇さえあればその存在を確かめにやって来るようになった。
弟のように思っていた相手に全てを求められるのは、正直言って苦痛だった。けれどガイアスをこうしてしまったのは他でもなく自分なのだ。優しく、昔と同じように接する事がせめてもの罪滅ぼしである。

例え、一生自分の心を偽る事になろうとも――…


「ナマエ…?」


まどろみの中にある赤い瞳と、求められる腕。
ナマエは思考を断絶し、また優しく微笑みかけた。


嘘を抱く華/111123


主人公は他の誰かを好き。
全部一方通行で報われない。